はじめに
神様がご自分の子どもたちにだけ委ねてくださる秘密があります。誰にでも打ち明けられるものではありません。それは隠されたパスワードでも、一部の選ばれた人だけに与えられる預言的な鍵でもありません。この秘密とは、私たちが生きているこの時代についての意識、神様が語られたことを必ず守ってくださるという静かな確信、神様の約束は「然り、アーメン」であるということ、そして日がまさに近づいているという事実です。
語り手はローマ13章からメッセージを始めます。会衆は「偉大で、力強く、強い」神様、「私たちが求める以上のことをはるかに超えて行ってくださる」神様をたたえたばかりでした。語り手は、これらの約束は単なるスローガンではなく、今もなお、それを宣言し、信じる人々の人生の中で成し遂げられていくのだと語ります。そしてすぐにパウロの呼びかけへとつなげます。「あなたがたは今がどんな時であるかを知っているのですから」。
この箇所は短く、数節に収まっています。しかし、そこには私たちがつい切り離してしまいがちな二つの現実が結びついています。神様があなたと分かち合われる親密な秘密と、神様が私たちの世界の中で成し遂げつつある公然たる約束です。この二つを一緒に理解するなら、あなたはもう、教会も、一週間も、社会の中でのあなたの立場も、眠ったままの人として過ごすことはないでしょう。
メッセージの構成
1. これらの約束は「然り、アーメン」:何よりもまず土台
- ローマ13章を開く前から、会衆は主のみことばが「揺るがない」こと、主が御自分の民を「決して見捨てられない」ことを歌っていました。語り手はこの流れを受け継ぎます。神様の約束は「かもしれない」ものではありません。確かであり、成就しており、私たちの人生の中に続いていきます。
- 神様は「私たちが求めることも思うことも、はるかに超えて行うことができる」お方です(エペソ3:20)。神様は決して間違われません。神様の思いは私たちの思いよりも高く、その道は私たちの道よりも高いのです(イザヤ55:8-9)。これは信心深いだけの言葉ではありません。傷ついた心、不可能に見えること、そして敵があなたの人生に投げかける断罪に対して、「これらの約束はいつも成就する」と宣言できる土台なのです。
- 神様があなたと分かち合われる秘密は、そこから始まります。時を見分けることや、武具、戦いについて語る前に、神様があなたについて語られたみことばが確かに立っていることを知らなければなりません。この後に語られることは、あなたがこの土台を疑っているなら何も機能しません。
2. 「あなたがたは今がどんな時であるかを知っている」(ローマ13:11)
- パウロの問いかけは、語り手から会衆への問いかけとなります。あなたがたは今がどんな時であるかを知っていますか。私たちは今日、今がどんな時であるかを知っているでしょうか。今という時と、それが神様のご計画の中でどんな位置を占めているかを理解することは、興味本位の人のための霊的なおまけではありません。生きて使命を果たすために欠かせないことです。
- ローマ13:11にはこうあります。「今はもう眠りから覚めるべき時である。私たちが信じた時よりも、救いは今や私たちにずっと近づいているのだから。」時を見分けるための最初の動詞は、目を覚ますことです。多くのクリスチャンは半分眠ったまま神様を待っています。眠っている間に何かが起こることを期待しているのです。パウロはそれとは別のことを呼びかけています。
- これは恐れでも、破局を煽るものでもありません。希望に満ちた明晰さです。日が近づいています。主の再臨は昨日より遠くなったのではなく、近くなったのです。過ぎていく一週間ごとに、神様が約束されたすべてのことの成就が近づいています。
3. 夜はふけて、日が近づいている(ローマ13:12)
- 「夜はふけて、日が近づいている」(ローマ13:12)。語り手はこのイメージに立ち止まります。夜が明ける直前は、最も暗いものです。何も見えません。まさにそのときにこそ、ともし火が、神様のみことばが、神様の光が最も必要になるのです。
- パウロは「目を覚ませ」とだけ言っているのではありません。「闇のわざを脱ぎ捨て、光の武具を身に着けよう」と言っています。二つの動作であって、一つではないのです。
- 語り手が語る「闇」とは、とても具体的なものです。あなたを麻痺させる恐れ、無力感、眠り込んでしまうこと、神様が語られたことをすること、教会の中で自分の場所を占めること、外に出て伝道すること、証しすること、職場や学校に向かう前に落胆を追い払うことを妨げるあらゆる言い訳です。あなたの平安、喜び、時間、そして神様があなたの前に置かれたことを成し遂げる力を奪うもの、それが脱ぎ捨てるべき闇です。
4. あなたのともし火の油:賢い乙女たちの秘密(マタイ25章)
- ローマ13章と並べて、語り手は十人の乙女のたとえ(マタイ25:1-13)を取り上げます。賢い乙女たちは自分のともし火に油を用意していました。土壇場で借りたのではありません。花婿がいつ来るのか正確には分からないまま、秘密の場所で油を準備していたのです。
- 「今朝、あなたはともし火に油を持ちたいと思いますか。」この問いは会場で繰り返され、このメッセージの個人的な呼びかけとなっています。油とは、日曜日だけの感情ではありません。それは神様が秘密の場所でともしてくださるもの、思いめぐらされたみことば、膝をついての祈り、聖霊への聴き従い、誰も見ていないときに育まれる親密さです。
- 語り手は美しい表現でこうまとめます。「油注ぎは、主ご自身から来るものです。そして主がともし火の中にいてくださるとき、主が燃えて、光を放ってくださるのです。」あなたのともし火が光を作り出すのではありません。ともし火は光そのものであるお方を運ぶものです。あなたの務めは、油を蓄え続けることです。
5. 光の武具を身に着ける(エペソ6章)
- 目を覚ますだけでは十分ではありません。パウロは「光の武具を身に着けよう」と言います。語り手はエペソ6:14-17のリストを取り上げます。救いのかぶと、義の胸当て、信仰の盾、真理の帯、福音を宣べ伝える熱心の靴です。
- 「主はすべての武具を私たちのために用意してくださいました。あとは私たちがそれを取るだけです。」恵みは決断に取って代わるものではありません。毎朝、あなたは神様があなたについて語られたことを信じると選びます(かぶと)。キリストにあって与えられた義の中に立つと選びます(胸当て)。燃える矢に対して信仰を掲げます(盾)。真理の中を歩みます(帯)。イエス様について語る用意ができた足で歩みます(靴)。
- 主は私たちを、前線で犠牲にされる小さな兵士のように、武器も持たせずに送り出されるのではありません。「イエス・キリストの御名の神的な力」とともに送り出してくださいます。戦いを作り出すのは私たちではありません。私たちを整えてくださるのは主ご自身です。私たちに求められているのは、差し出されたものを受け取ることです。
6. 愛と信仰と奇跡の共同体:完璧ではなくても、目覚めた共同体
- 語り手は「勇敢な人々」をたたえます。一時間かけてでもここに来る人々、他の場所でも暮らせたはずなのに、キリストの近くにいるためにあえて向かいに引っ越してきた人々です。そして、この一週間を支えてくれた祈りのグループ(GP)に感謝を捧げます。
- 「それは一つの選択でした。」あなたがどこに身を置くか、どの教会に加わるか、どの祈りのグループを担うか、それは決して無関係なことではありません。あなたは、暗闇があるところを照らすために、油があるところに自分を置くと選ぶのです。ともし火を隠すのではなく、あなたが持っているもの、あなたの歌、あなたの時間、あなたの証しを携えて出て行くのです。
- 語り手は昨年12月にマルティニークから戻ったときの驚きを語ります。そこでは高齢者たちが喜びにあふれ、互いに敬意を持って言葉を交わしていました。自分の地域に戻ると、「不機嫌な」高齢者たち、苦々しさに満ちた雰囲気に再び出会いました。語り手の問いは、どうすればこの人たちに届くことができるかということです。会衆にこのことを思い巡らし、祈り、神様に示しを求めるようにと語りかけます。
- 語り手はまた、既婚の学生としてキャンパスにいた頃、集まって祈り、伝道するための部屋を大学に求めたところ、それが与えられたことも思い起こします。心が目覚めるとき、主は扉を開いてくださいます。
7. ダニエルのような心:祈りへの召し
- 語り手が捧げる祈りの中で、主に「悔い改めの心、ダニエルのような心、信仰による執り成しの心」を求めます(ダニエル9章参照)。これは秘密の場所での姿勢です。従い、聞き、神様の御前に膝をついて祈り、どの魂の中にも神様が変革のみわざをなしてくださると信じる心です。
- ダニエルが「時」の人であったのは、まず彼が「秘密」の人であったからです。誰もがやめてしまった中で、彼は一日に三度、エルサレムに向けて窓を開けて祈っていました。神様が分かち合われる秘密は、今日も同じ単純さの中で育まれます。
- メッセージの祈りはこう続きます。「主よ、私たちを目覚めさせてください。眠りから、病んだ状態から、あらゆるあきらめから、あらゆる落胆から、イエス・キリストの力ある御名によって私たちを引き出してください。」目覚めは神様のみわざであり、祈りは私たちがその御手の下に自分を置く場所です。
8. 結び:親密な秘密、公然たる約束
- 秘密とは、神様があなたに時代への意識を委ねてくださることです。救いは昨日よりも私たちに近づいています。日が昇りつつあります。今こそ目を覚ましましょう。
- 約束とは、神様が語られたことは必ず成し遂げられるということです。「これらの約束は然り、アーメンです。」あなたのともし火自体が光を作るのではありませんが、油を蓄え続けるなら、主があなたの内で燃え、あなたが自分の地域を照らすようになります。
- 恐れや落胆の陰にともし火を隠さないでください。夜を脱ぎ捨てましょう。光を身に着けましょう。武具を取りましょう。あなたの場所に立ちましょう。
覚えておきたいポイント
- 神様の約束は「然り、アーメン」です。それは恐れずに時を見分けるための土台です。
- ローマ13:11は目を覚ませという呼びかけです。救いは昨日よりも近づいており、日が近づいています。
- 夜はふけています。今はともし火を持つべき時であり、眠っている時ではありません。マタイ25章が示す通り、賢い乙女たちは秘密の場所で油を用意していました。
- パウロは二つの動作を求めています。闇のわざ(恐れ、眠り、あなたを妨げる言い訳)を脱ぎ捨てることと、光の武具(エペソ6章)を身に着けることです。
- 祈り、愛し、奇跡を信じる共同体に自分を置くことは、あなたが戦いの中での自分の場所を備える一つの選択です。
- 秘密は使命に先立ちます。ダニエルのような、祈り、執り成す心こそ、神様があなたのともし火を輝かせる油をともしてくださる場所です。
個人的な適用
- 今、あなたの信仰はどの神様の約束に基づいていますか。夜が最も暗いとき、それを名指しし、口に出し、自分自身に語りかけることができますか。
- 正直に言って、あなたはどの点でまだ霊的に「眠って」いますか。半分目覚めた状態で生きることをどこで学んでしまいましたか。
- 今週、あなたが脱ぎ捨てるべき「闇のわざ」は何でしょうか。恐れ、落胆、従うことを妨げる言い訳、職場や学校で自分の信仰について沈黙することでしょうか。
- 今週、あなたはどのように具体的にともし火の油を用意しますか。どんな祈りの時間、みことばの時間、神様との静けさの時間を予定に入れることができますか。
- あなたは自分をどこに「置いて」いますか。ともし火を隠さないために、どの祈りのグループ、どの教会、どの関係を選びますか。
- あなたの地域や家族の中に、神様があなたに光を運ぶようにと求めておられる人がいますか。裁くことなく、力ずくで働きかけることなく、ダニエルのように敬意と祈りをもって。
引用された聖句
- ローマ 13:11-14:目を覚ますべき時、夜はふけている、光の武具を身に着けよ
- マタイ 25:1-13:十人の乙女のたとえと、ともし火の油
- エペソ 6:10-18:かぶと、胸当て、盾、帯、靴
- エペソ 3:20:私たちが求める以上のことをはるかに超えて行うことができるお方
- イザヤ 55:8-9:私の思いはあなたがたの思いとは異なり、私の道はあなたがたの道とは異なる
- コリント人への第二の手紙 1:20:神様の約束はすべてキリストにあって然りである
- ダニエル 9:1-19:ダニエルの執り成しと悔い改めの祈り
よくある質問
ローマ13:11の「時を知る」とはどういう意味ですか。
ローマ13:11は、私たちが信じた時よりも、救いは今や私たちにずっと近づいていると教えています。今こそ眠りから覚めるべき時です。時を見分けるとは、世の出来事を解読することではなく、夜がふけて、日が近づいていることを認め、それにふさわしく生きることです。霊的な眠りから抜け出し、闇のわざを脱ぎ捨て、光の武具を身に着けることです。
私のともし火の油とは何ですか。
十人の乙女のたとえ(マタイ25:1-13)において、油とは土壇場で借りることができないものを表しています。それは秘密の場所で育まれる神様との歩み、聖霊の臨在、思いめぐらすみことば、祈りです。賢い乙女たちは花婿を真剣に待っていたからこそ、この油を用意していました。あなたのともし火に油を蓄えるとは、夜が最も暗くなるときにあなたを支える親密な関係を、今日から育んでいくことです。
日々の生活の中で光の武具をどう身に着けますか。
メッセージではエペソ6章のリストが取り上げられています。救いのかぶと、義の胸当て、信仰の盾、真理の帯、そして福音を宣べ伝える熱心の靴です。この武具を身に着けるとは、毎朝、神様があなたについて語られたことを信じると決めること、恐れと欺きを退けること、そして神様が置いてくださった場所、職場や学校、地域、祈りのグループで光を運べるように整えて家を出ることです。
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