はじめに
心が重く、一週間の疲れがまだ体にまとわりついたまま教会にたどり着く朝があります。「今日も何も変わらない」という小さな声が聞こえてくるような朝です。けれども、そこに主が通り過ぎてくださいます。聖書の中でいつもそうであったように、思いがけない形で、民が「今日もいつも通りの一日だ」と思っているまさにその瞬間に。マルセイユのCCMVで語られたこのメッセージは、主の日とはまずカレンダーの上の日付ではなく、あなたの人生、家族、生活、夢の中に主の力が押し寄せる瞬間なのだ、と教えてくれます。主はあなたを目覚めさせ、御霊で満たし、ご自分と和解させ、力を着せてくださいます。そして、触れられた者として、あなたを一週間の中へと再び送り出してくださるのです。
メッセージの構成
1. 主が触れてくださる日:その刷新を受け取る
- 説教者は礼拝の初めに、会衆に聖霊が愛と平和、喜びと希望で満たしてくださるよう祈るよう招きます。「今朝、主にあなたの力を新しくしていただきたいですか」。
- 主の憐れみは朝ごとに新しいのです。主の日は、あなたが両手を挙げて「あなたで私を満たしてください」と言うところから始まります。
- 聖霊は、あなたの調子が整うのを待ってから来られるのではありません。呼ばれたから来てくださるのです。「呼べば、来てくださる。」
- あなたが自分の力では生み出せないものを、主はご自身の臨在によって働かせてくださいます。刷新、回復、癒やし、解放です。
2. 神のすべての満ち満ちた力はキリストのうちに宿る
- この礼拝の中心の聖句は、コロサイ 1:19-20です。「神は、御子のうちにすべての満ち満ちたものを宿らせ、彼によってすべてのものをご自分と和解させることをよしとされたのです。」
- キリストのうちには、復活があり、あなたの問題の解決があり、平安、刷新、慰め、癒やしがあります。すべてが主のうちにあるのです。
- 主はすでにすべてを和解させてくださいました。あなたに残されているのは、心の中で、思いの中で、主と和解することだけです。
- 説教者は、何人かの預言者がそうしたように、神に対して怒りを覚える権利があなたにもあると語ります。神は対話を避けたりはなさいません。ただ、その関係の中にとどまってください。主は必ず応えてくださいます。
3. 証:イエスは今もよみがえらせてくださる
- 説教者は実際にあった証を分かち合います。ある少女が病院で脳の機能停止状態にあり、教育者である姉妹が集中治療室の前にとどまって祈り、叫び求めたところ、その少女が目を覚まし、食べ物を求めたというのです。
- ちょうど同じ日曜日、ある牧師が、目を覚ましたイエスがよみがえらせた少女が「お腹が空いた」と言う場面を語っていました。主はご自分の言葉を、実際の御業によって確かなものとしてくださるのです。
- 使徒の働き1:1で、ルカはイエスが行うこと、教えることを「始められた」と書いています。イエスはまだ終えておられません。今日も、信じる者たちを通して働き続けておられるのです。
- ヨハネ 14:12。「わたしを信じる者は、わたしが行っている業を行い、それよりも大きな業を行うようになります。」これは誰か他の人のための言葉ではありません。あなたのための言葉なのです。
- 説明のつかない状況になったとき、すべてはイエスの御手の中にあります。
4. 目を覚ましなさい:その日は近づいている
- ローマ 13:11-12。「あなたがたが眠りから覚めるべき時刻が今やすでに来ています……夜はふけて、昼は近づきました。」
- 黙示録 3:7。フィラデルフィアの教会に対して、ダビデの鍵を持つ方が、誰にも閉じることのできない門を開かれます。あなたの行いを主は知っておられ、あなたには少しばかりの力しかなくても、御言葉を守り、御名を否まなかったことを知っておられます。
- 主の日とは、あなたが傍観者として生きることをやめ、主が教会の中で今なそうとしていることの中に自分の場所を取る瞬間です。
- 今こそ眠りから覚める時です。主に、あなたの知性、記憶、識別力、霊的な視力、霊的な世界への理解を回復してくださるよう求めましょう。
- テサロニケ人への第二の手紙 2:16-17。「私たちの主イエス・キリストご自身が……あなたがたを慰め、強めてくださいますように。」神の慰めは永遠のものです。今日、それを受け取ってください。
5. 自分のアイデンティティを恥じないでください
- 説教者は、ヴェールを身につけていても自分のアイデンティティを恥じることのない女性たちと出会った経験を語ります。そして問いかけます。「私たちは、自分たちのアイデンティティを恥じてはいないでしょうか。」
- 政教分離は信仰の自由を守るためのものです。キリストがあなたにとって何であるかを隠すことを求めているわけではありません。
- 友人が相談してきたとき、その人のために祈っていることを隠さないでください。相手が本当に必要としているのは、まさにその証なのです。
- コリント人への第二の手紙 5:17。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」イエスにあなたの中で場所を占めていただきましょう。あなたは造り変えられるための力をすでに持っているのです。
6. 天の窓を開かせる従順
- マラキ 3:10。「十分の一の物をみな、蔵に持って来て、わたしの家に食物のあるようにせよ。そうすれば、これによってわたしを試してみよ、と万軍の主は言われる。わたしはあなたがたのために天の窓を開き……。」
- 十分の一献金は宗教的な重荷ではなく、従順の一歩です。「あなたは従順な男性、女性でありたいと思いますか。」
- 神にささげたものが、あなたに欠けとなることはありません。主はあなたの計画、あなたの生活、あなたの家族のために備えてくださいます。
- 主は、あなたの仕事、あなたの生活、あなたの夢の中でご自分の栄光を現したいと願っておられます。信頼して、喜びと自由をもってささげましょう。
心に留めておきたいポイント
- 主の日は、あなたがもう期待していない時にやって来ます。傍観者として礼拝に来るのではなく、主の臨在を呼び求める者として来てください。
- 神のすべての満ち満ちた力はキリストのうちに宿っています。主と和解し、あなたの心と思いの中で壊れているものを、主に和解させていただきましょう。
- イエスは「始められた」ことを、今日も続けておられます。そして、信じる者たちを通してそれを行うことを選ばれます。それはもしかすると、あなたを通してかもしれません。
- 眠りから目を覚ます時です。主に、あなたの識別力と霊的な視力を回復してくださるよう求めましょう。
- キリストにあるあなたのアイデンティティを恥じないでください。それはあなたの新しい創造です。それを外に、一週間の生活の中に、会話の中に、携えて出て行きましょう。
- 十分の一献金と献金における従順は、天の窓を開きます。神にささげたものが、あなたに欠けとなることはありません。
個人的な適用
- あなたの人生のどの部分で「何も起こらない」と思い込んでいますか。今週、主の日がどこで訪れてほしいと願いますか。
- 神に対して、まだ抱えている怒りや割り切れない思いがあり、それを一度も率直に打ち明けたことがない、ということはありませんか。
- あなた自身の人生、あるいは愛する人の人生の中に、「説明のつかない」状況があり、今朝それをキリストに委ねたいと思うことはありますか。
- 今日、神はあなたにどの点で目を覚ますようにと求めておられますか。祈りにおいてでしょうか、言葉においてでしょうか、証の仕方においてでしょうか、それともお金との向き合い方においてでしょうか。
- 今週、誰に対して、遠慮のために信仰を隠すのではなく、その人のために祈っていると伝える勇気を持ちますか。
引用された聖句
- 使徒の働き 1:1
- ヨハネ 14:12-14
- コロサイ 1:19-20
- ローマ 13:11-12
- 黙示録 3:7-13
- テサロニケ人への第二の手紙 2:16-17
- マラキ 3:10
- コリント人への第二の手紙 5:17
- 詩篇 37篇
よくある質問
「主の日」とは終末のことですか、それとも今日のことですか。
聖書の中でこの表現は、キリストの最終的な再臨と、歴史や私たちの人生の中で主の力が突入してくるひとつひとつの出来事の、その両方を指しています。この説教が強調しているのは後者です。主は、思いがけない仕方で、今日、ごく普通の礼拝の中で、病院の一室の中で、従順の決断の中で行動することを選ばれます。主の再臨という展望は、私たちを眠らせるのではなく、むしろ目を覚まさせます。それは、主がいつでも現れうる日として、日々を生きるようあなたを招いているのです。
疲れていたり、気乗りしないまま礼拝に来たときはどうすればよいでしょうか。
説教者はシンプルな答えを示しています。今いる場所で両手を挙げ、聖霊に満たしてくださるよう求めることです。信仰は、あなたが感じていることから始まるのではなく、あなたが何を呼び求めると決めるかから始まります。主の憐れみは朝ごとに新しくされます。あなたが空っぽの状態で来た朝でさえもです。あなたが近づけば、主もあなたに近づいてくださいます。
この説教はどこで、誰によって語られたのですか。
このメッセージは、マルセイユのCCMV(センター・クレティアン・マルセイユ・ヴィ)での礼拝の中で分かち合われたもので、朝の集会に立った教役者たちによって語られました。この礼拝では、賛美、解放の祈り、コロサイ1章、使徒の働き1章、ヨハネ14章、黙示録3章、マラキ3章をめぐる教え、献金と十分の一献金における従順のひととき、そして兄弟姉妹と教会のための長い執り成しの祈りの時間が織り交ぜられています。この動画は、2026年2月15日に教会の公式YouTubeチャンネルで公開されました。
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