聖書 — 口語訳 (1955)
申命記 17
概要
申命記17章は、モーセがカナンに入る前のイスラエルに思い起こさせる律法の一部です。礼拝の清さ、正しい裁き(死刑には二人か三人の証人が必要)、判断の難しい事件を中央の裁きにゆだねることが定められています。章の終わりは王の律法です。王は神が選び、同胞の中から立てられ、富を積まず、馬や妻を増やさず、律法を書き写して生涯毎日読みます。こうして権力は神のみことばの下に置かれます。
この章の4つの区分
1すべて傷があり、欠けた所のある牛または羊はあなたの神、主にささげてはならない。そのようなものはあなたの神、主の忌みきらわれるものだからである。
2あなたの神、主が賜わる町で、あなたがたのうちに、もし男子または女子があなたの神、主の前に悪事をおこなって、契約にそむき、
3行って他の神々に仕え、それを拝み、わたしの禁じる、日や月やその他の天の万象を拝むことがあり、
4その事を知らせる者があって、あなたがそれを聞くならば、あなたはそれをよく調べなければならない。そしてその事が真実であり、そのような憎むべき事が確かにイスラエルのうちに行われていたならば、
5あなたはその悪事をおこなった男子または女子を町の門にひき出し、その男子または女子を石で撃ち殺さなければならない。
6ふたりの証人または三人の証人の証言によって殺すべき者を殺さなければならない。ただひとりの証人の証言によって殺してはならない。
7そのような者を殺すには、証人がまず手を下し、それから民が皆、手を下さなければならない。こうしてあなたのうちから悪を除き去らなければならない。
8町の内に訴え事が起り、その事件がもし血を流す事、または権利を争う事、または人を撃った事などであって、あなたが、さばきかねるものである時は、立ってあなたの神、主が選ばれる場所にのぼり、
9レビびとである祭司と、その時の裁判人とに行って尋ねなければならない。彼らはあなたに判決の言葉を告げるであろう。
10あなたは、主が選ばれるその場所で、彼らが告げる言葉に従っておこない、すべて彼らが教えるように守り行わなければならない。
11すなわち彼らが教える律法と、彼らが告げる判決とに従って行わなければならない。彼らが告げる言葉にそむいて、右にも左にもかたよってはならない。
12もし人がほしいままにふるまい、あなたの神、主の前に立って仕える祭司または裁判人に聞き従わないならば、その人を殺して、イスラエルのうちから悪を除かなければならない。
13そうすれば民は皆、聞いて恐れ、重ねてほしいままにふるまうことをしないであろう。
14あなたの神、主が賜わる地に行き、それを獲てそこに住むようになる時、もしあなたが『わたしも周囲のすべての国びとのように、わたしの上に王を立てよう』と言うならば、
15必ずあなたの神、主が選ばれる者を、あなたの上に立てて王としなければならない。同胞のひとりを、あなたの上に立てて王としなければならない。同胞でない外国人をあなたの上に立ててはならない。
16王となる人は自分のために馬を多く獲ようとしてはならない。また馬を多く獲るために民をエジプトに帰らせてはならない。主はあなたがたにむかって、『この後かさねてこの道に帰ってはならない』と仰せられたからである。
17また妻を多く持って心を、迷わしてはならない。また自分のために金銀を多くたくわえてはならない。
18彼が国の王位につくようになったら、レビびとである祭司の保管する書物から、この律法の写しを一つの書物に書きしるさせ、
19世に生きながらえる日の間、常にそれを自分のもとに置いて読み、こうしてその神、主を恐れることを学び、この律法のすべての言葉と、これらの定めとを守って行わなければならない。
20そうすれば彼の心が同胞を見くだして、高ぶることなく、また戒めを離れて、右にも左にも曲ることなく、その子孫と共にイスラエルにおいて、長くその位にとどまることができるであろう。
鍵となる聖句
ふたりの証人または三人の証人の証言によって殺すべき者を殺さなければならない。ただひとりの証人の証言によって殺してはならない。
ただひとりの証言で死刑にしてはなりません。この定めは、軽率な告発や偽りの訴えから人を守ります。新約聖書も、二人か三人の証人について語るときにこの原則を受け継いでいます。
そのような者を殺すには、証人がまず手を下し、それから民が皆、手を下さなければならない。こうしてあなたのうちから悪を除き去らなければならない。
証人がまず手を下します。告発する者は自分自身の責任を負うのです。この原則は、姦淫の女の場面で、イエスが告発者たちをそれぞれの良心に向き直らせたことを理解する助けになります。
王となる人は自分のために馬を多く獲ようとしてはならない。また馬を多く獲るために民をエジプトに帰らせてはならない。主はあなたがたにむかって、『この後かさねてこの道に帰ってはならない』と仰せられたからである。 また妻を多く持って心を、迷わしてはならない。また自分のために金銀を多くたくわえてはならない。
王は軍事力(エジプトの馬)にも、結婚による同盟にも、富にも頼ってはなりません。この三つの誘惑は、権力を持つすべての人のそばに潜んでいます。
彼が国の王位につくようになったら、レビびとである祭司の保管する書物から、この律法の写しを一つの書物に書きしるさせ、 世に生きながらえる日の間、常にそれを自分のもとに置いて読み、こうしてその神、主を恐れることを学び、この律法のすべての言葉と、これらの定めとを守って行わなければならない。 そうすれば彼の心が同胞を見くだして、高ぶることなく、また戒めを離れて、右にも左にも曲ることなく、その子孫と共にイスラエルにおいて、長くその位にとどまることができるであろう。
王は律法を自分の手で書き写し、毎日読みます。それは心が同胞の上に高ぶらないためです。いちばん高い地位にある人も、まずみことばの弟子であり続けます。
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説教が語っていること
申命記17章についてよくある質問
申命記17章は、イスラエルの王について何と言っていますか
14節から20節で、王は主が選んだ者で、同胞の中から立てられなければなりません。馬も妻も金銀も増やしてはいけません。そして律法を書き写して身近に置き、毎日読んで、神を恐れ、仲間の上に高ぶらないようにします。
申命記17章6節で、なぜ二人か三人の証人が必要なのですか
この定めは、思い違いや悪意による一人だけの証言から、訴えられた人を守ります。重大な有罪判決には、慎重な調べのあとで、複数の人によって確かめられた事実が必要です(4節)。この原則は新約聖書でも、教会内の争いを扱うときに引用されています。
申命記17章の中心のメッセージは何ですか
神の民においては、礼拝も、裁きも、権力も、恣意にゆだねられません。礼拝は神をあがめるものであり、裁きは事実の真実に基づき、権力は神のみことばの下に置かれます。
申命記 17を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。