聖書 — 口語訳 (1955)

箴言 20

概要

箴言20章は、日々の生活の知恵に関する短い格言を、特に決まった構成なく集めています。酒の飲みすぎ、怒り、怠けを戒め、誠実さ、忠実さ、知恵ある言葉を尊びます。偽りのはかりや二種のますは、主に憎まれるものとして退けられます。また、主が人の歩みを定められること、人の心は測りがたいこと、人の魂は主のともしびであることも思い起こさせます。

この章の5つの区分

  1. 1-6節酒の飲みすぎ、争い、怠け、そして思いやりある言葉
  2. 7-12節正しい人の誠実さ、清い心、正直なはかり
  3. 13-19節怠け、商売、そして人を傷つける言葉
  4. 20-24節父母への敬い、忍耐、正しいはかり
  5. 25-30節思慮深い約束、良心、そして王の正義

1酒は人をあざける者とし、濃い酒は人をあばれ者とする、これに迷わされる者は無知である。

2王の怒りは、ししがほえるようだ、彼を怒らせる者は自分の命をそこなう。

3争いに関係しないことは人の誉である、すべて愚かな者は怒り争う。

4なまけ者は寒いときに耕さない、それゆえ刈入れのときになって、求めても何もない。

5人の心にある計りごとは深い井戸の水のようだ、しかし、さとき人はこれをくみ出す。

6自分は真実だという人が多い、しかし、だれが忠信な人に会うであろうか。

7欠けた所なく、正しく歩む人―― その後の子孫はさいわいである。

8さばきの座にすわる王は その目をもって、すべての悪をふるいわける。

9だれが「わたしは自分の心を清めた、わたしの罪は清められた」ということができようか。

10互に違った二種のはかり、二種のますは、ひとしく主に憎まれる。

11幼な子でさえも、その行いによって自らを示し、そのすることの清いか正しいかを現す。

12聞く耳と、見る目とは、ともに主が造られたものである。

13眠りを愛してはならない、そうすれば貧しくなる、目を開け、そうすればパンに飽くことができる。

14買う者は、「悪い、悪い」という、しかし去って後、彼は自ら誇る。

15金もあり、価の高い宝石も多くあるが、尊い器は知識のくちびるである。

16人のために保証する者からは、まずその着物を取れ、他人のために保証する者をば抵当に取れ。

17欺き取ったパンはおいしい、しかし後にはその口は砂利で満たされる。

18計りごとは共に議することによって成る、戦おうとするならば、まずよく議しなければならない。

19歩きまわって人のよしあしをいう者は秘密をもらす、くちびるを開いて歩く者と交わってはならない。

20自分の父母をののしる者は、そのともしびは暗やみの中に消える。

21初めに急いで得た資産は、その終りがさいわいでない。

22「わたしが悪に報いる」と言ってはならない、主を待ち望め、主はあなたを助けられる。

23互に違った二種のふんどうは主に憎まれる、偽りのはかりは良くない。

24人の歩みは主によって定められる、人はどうして自らその道を、明らかにすることができようか。

25軽々しく「これは聖なるささげ物だ」と言い、また誓いを立てて後に考えることは、その人のわなとなる。

26知恵ある王は、箕をもってあおぎ分けるように悪人を散らし、車をもって脱穀するように、これを罰する。

27人の魂は主のともしびであり、人の心の奥を探る。

28いつくしみと、まこととは王を守る、その位もまた正義によって保たれる。

29若い人の栄えはその力、老人の美しさはそのしらがである。

30傷つくまでに打てば悪い所は清くなり、むちで打てば心の底までも清まる。

鍵となる聖句

3節
争いに関係しないことは人の誉である、すべて愚かな者は怒り争う。

争いに関係しないことは人の誉れですが、愚かな者は怒って争います。この節は、自制心と平和を求める姿勢を高く評価しています。

9節
だれが「わたしは自分の心を清めた、わたしの罪は清められた」ということができようか。

だれが自分の心を清めた、罪から清められたと言えるでしょうか。この問いは、自己満足ではなく、神の前での謙遜へと私たちを招きます。

24節
人の歩みは主によって定められる、人はどうして自らその道を、明らかにすることができようか。

主が人の歩みを定められますが、人は自分の道をいつも理解できるわけではありません。人生の道のりがわからないときにも、主に信頼するようにとの招きです。

27節
人の魂は主のともしびであり、人の心の奥を探る。

人の魂は主のともしびであり、心の奥を探ると言われます。多くの人は、これを良心の姿として読み取ります。神は良心を通して、人の内側を照らされるのです。

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説教が語っていること

箴言20章についてよくある質問

箴言20章27節はどういう意味ですか

この節は、人の魂は主のともしびであり、心の奥を探ると語ります。しばしば、神が良心を通して人の内側を照らされるという意味に理解されます。心を探る力を強調する人もいれば、神が与えた霊を強調する人もいます。いずれにしても、神のまなざしから隠れられるものはありません。

箴言20章3節は争いについて何と言っていますか

この節は、争いに関係しないことは人の誉れであり、愚かな者はすべて怒り争うと述べます。知恵とは、すべての論争に勝つことではなく、争いをやめることを知っていることです。それには自制心と、平和を守りたいという願いが必要です。

箴言20章24節はどういう意味ですか

この節は、人の歩みは主によって定められ、人は自分の道のすべてを理解することはできないと語ります。人生の道のりが見えにくいときにも、神の主権を認めるよう促しています。人間の責任をなくすのではなく、信頼を励ます言葉です。

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