聖書 — 口語訳 (1955)
イザヤ書 45
概要
イザヤ書45章は、ペルシヤの王クロスに向けられた主のことばで、神は彼を受膏者と呼びます。神は彼の前に門を開き、すべての人が、主こそ神であり、ほかに神はないと知るようにされると宣言します。この章は万物を造られた主権者である神をたたえ、造り主と争ってはならないことを思い起こさせ、偶像の無力さを告げ、すべての人への招きを発します。わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。そして、すべてのひざが神の前にかがむという約束で結ばれます。
この章の5つの区分
1わたしはわが受膏者クロスの 右の手をとって、もろもろの国をその前に従わせ、もろもろの王の腰を解き、とびらをその前に開かせて、門を閉じさせない、と言われる主は その受膏者クロスにこう言われる、
2「わたしはあなたの前に行って、もろもろの山を平らにし、青銅のとびらをこわし、鉄の貫の木を断ち切り、
3あなたに、暗い所にある財宝と、ひそかな所に隠した宝物とを与えて、わたしは主、あなたの名を呼んだ イスラエルの神であることをあなたに知らせよう。
4わがしもべヤコブのために、わたしの選んだイスラエルのために、わたしはあなたの名を呼んだ。あなたがわたしを知らなくても、わたしはあなたに名を与えた。
5わたしは主である。わたしのほかに神はない、ひとりもない。あなたがわたしを知らなくても、わたしはあなたを強くする。
6これは日の出る方から、また西の方から、人々がわたしのほかに神のないことを 知るようになるためである。わたしは主である、わたしのほかに神はない。
7わたしは光をつくり、また暗きを創造し、繁栄をつくり、またわざわいを創造する。わたしは主である、すべてこれらの事をなす者である。
8天よ、上より水を注げ、雲は義を降らせよ。地は開けて救を生じ、また義をも、生えさせよ。主なるわたしはこれを創造した。
9陶器が陶器師と争うように、おのれを造った者と争う者はわざわいだ。粘土は陶器師にむかって 『あなたは何を造るか』と言い、あるいは『あなたの造った物には手がない』 と言うだろうか。
10父にむかって 『あなたは、なぜ子をもうけるのか』と言い、あるいは女にむかって 『あなたは、なぜ産みの苦しみをするのか』と 言う者はわざわいだ」。
11イスラエルの聖者、イスラエルを造られた主はこう言われる、「あなたがたは、わが子らについてわたしに問い、またわが手のわざについてわたしに命ずるのか。
12わたしは地を造って、その上に人を創造した。わたしは手をもって天をのべ、その万軍を指揮した。
13わたしは義をもってクロスを起した。わたしは彼のすべての道をまっすぐにしよう。彼はわが町を建て、わが捕囚を価のためでなく、また報いのためでもなく解き放つ」と 万軍の主は言われる。
14主はこう言われる、「エジプトの富と、エチオピヤの商品と、たけの高いセバびととは あなたに来て、あなたのものとなり、あなたに従い、彼らは鎖につながれて来て、あなたの前にひれ伏し、あなたに願って言う、『神はただあなたと共にいまし、このほかに神はなく、ひとりもない』」。
15イスラエルの神、救主よ、まことに、あなたは ご自分を隠しておられる神である。
16偶像を造る者は皆恥を負い、はずかしめを受け、ともに、あわてふためいて退く。
17しかし、イスラエルは主に救われて、とこしえの救を得る。あなたがたは世々かぎりなく、恥を負わず、はずかしめを受けない。
18天を創造された主、すなわち神であって また地をも造り成し、これを堅くし、いたずらにこれを創造されず、これを人のすみかに造られた主はこう言われる、「わたしは主である、わたしのほかに神はない。
19わたしは隠れたところ、地の暗い所で語らず、ヤコブの子孫に 『わたしを尋ねるのはむだだ』と言わなかった。主なるわたしは正しい事を語り、まっすぐな事を告げる。
20もろもろの国からのがれてきた者よ、集まってきて、共に近寄れ。木像をにない、救うことのできない神に祈る者は無知である。
21あなたがたの言い分を持ってきて述べよ。また共に相談せよ。この事をだれがいにしえから示したか。だれが昔から告げたか。わたし、すなわち主ではなかったか。わたしのほかに神はない。わたしは義なる神、救主であって、わたしのほかに神はない。
22地の果なるもろもろの人よ、わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。わたしは神であって、ほかに神はないからだ。
23わたしは自分をさして誓った、わたしの口から出た正しい言葉は帰ることがない、『すべてのひざはわが前にかがみ、すべての舌は誓いをたてる』。
24人はわたしについて言う、『正義と力とは主にのみある』と。人々は主にきたり、主にむかって怒る者は皆恥を受ける。
25しかしイスラエルの子孫は皆 主によって勝ち誇ることができる」。
鍵となる聖句
わたしはわが受膏者クロスの 右の手をとって、もろもろの国をその前に従わせ、もろもろの王の腰を解き、とびらをその前に開かせて、門を閉じさせない、と言われる主は その受膏者クロスにこう言われる、
神は、自分を知らない異教の王クロスを、わが受膏者と呼びます。このことばは、神が思いがけない器を用いてでも、諸国民の歴史を導いておられることを示しています。
陶器が陶器師と争うように、おのれを造った者と争う者はわざわいだ。粘土は陶器師にむかって 『あなたは何を造るか』と言い、あるいは『あなたの造った物には手がない』 と言うだろうか。
陶器師と粘土のたとえです。造られた者は、造り主に説明を求める立場にありません。この聖句は、神の道の前での信頼と謙遜へと招きます。ただし、神に問いを携えることを禁じてはいません。
地の果なるもろもろの人よ、わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。わたしは神であって、ほかに神はないからだ。
招きはすべての民、地の果てまで向けられています。救いは神に向くことによって来ます。神こそ、ほかにない唯一の神だからです。
わたしは自分をさして誓った、わたしの口から出た正しい言葉は帰ることがない、『すべてのひざはわが前にかがみ、すべての舌は誓いをたてる』。
神は自分をさして、すべてのひざが前にかがむと誓われます。新約聖書は、この約束をイエス・キリストについて取り上げており、とくにピリピ人への手紙2章に見られます。
この章に登場する人物
説教が語っていること
イザヤ書45章についてよくある質問
イザヤ書45章で、なぜクロスは主の受膏者と呼ばれているのですか。
クロスは主を知らないペルシヤの王です。それでも神は彼を受膏者、すなわち使命のために選ばれた人と呼びます。その使命とは、捕囚の民の帰還とエルサレムの再建を可能にすることです。この称号は、クロスが神を礼拝しているという意味ではなく、神が彼を用いてご自身の計画を成し遂げられるという意味です。
イザヤ書45章9節の粘土と陶器師とはどういう意味ですか。
この聖句は、神を陶器師に、人間を粘土にたとえ、形づくる者はその作品に対して権威をもつことを示しています。造り主と争う者の高ぶりを戒めるものです。陶器師は行き当たりばったりに働くのではないので、信頼へと招いてもいます。パウロもローマ人への手紙9章でこの像を取り上げており、キリスト教の諸伝統はさまざまな強調点でこれを解釈しています。
イザヤ書45章22節から23節のメッセージは何ですか。
神はすべての国々に、救われるために自分に向くよう呼びかけます。「わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる」。ほかに神はいないからです。神は、「すべてのひざはわが前にかがみ」、すべての舌が誓いをたてると誓われます。新約聖書は、この約束をイエス・キリストに当てはめており、ピリピ人への手紙2章によれば、キリストの前ですべてのひざがかがみます。
イザヤ書 45を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。