聖書 — 口語訳 (1955)

イザヤ書 45

概要

イザヤ書45章は、ペルシヤの王クロスに向けられた主のことばで、神は彼を受膏者と呼びます。神は彼の前に門を開き、すべての人が、主こそ神であり、ほかに神はないと知るようにされると宣言します。この章は万物を造られた主権者である神をたたえ、造り主と争ってはならないことを思い起こさせ、偶像の無力さを告げ、すべての人への招きを発します。わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。そして、すべてのひざが神の前にかがむという約束で結ばれます。

この章の5つの区分

  1. 1-7節主の受膏者クロスと、ただひとりの真の神
  2. 8-13節主権をもつ造り主:陶器師と粘土
  3. 14-17節身を隠される神が、イスラエルを救う
  4. 18-21節真実を語られる神と、偶像
  5. 22-25節諸国民への招き:わたしを仰ぎのぞめ、そして救われよ

1わたしはわが受膏者クロスの 右の手をとって、もろもろの国をその前に従わせ、もろもろの王の腰を解き、とびらをその前に開かせて、門を閉じさせない、と言われる主は その受膏者クロスにこう言われる、

2「わたしはあなたの前に行って、もろもろの山を平らにし、青銅のとびらをこわし、鉄の貫の木を断ち切り、

3あなたに、暗い所にある財宝と、ひそかな所に隠した宝物とを与えて、わたしは主、あなたの名を呼んだ イスラエルの神であることをあなたに知らせよう。

4わがしもべヤコブのために、わたしの選んだイスラエルのために、わたしはあなたの名を呼んだ。あなたがわたしを知らなくても、わたしはあなたに名を与えた。

5わたしは主である。わたしのほかに神はない、ひとりもない。あなたがわたしを知らなくても、わたしはあなたを強くする。

6これは日の出る方から、また西の方から、人々がわたしのほかに神のないことを 知るようになるためである。わたしは主である、わたしのほかに神はない。

7わたしは光をつくり、また暗きを創造し、繁栄をつくり、またわざわいを創造する。わたしは主である、すべてこれらの事をなす者である。

8天よ、上より水を注げ、雲は義を降らせよ。地は開けて救を生じ、また義をも、生えさせよ。主なるわたしはこれを創造した。

9陶器が陶器師と争うように、おのれを造った者と争う者はわざわいだ。粘土は陶器師にむかって 『あなたは何を造るか』と言い、あるいは『あなたの造った物には手がない』 と言うだろうか。

10父にむかって 『あなたは、なぜ子をもうけるのか』と言い、あるいは女にむかって 『あなたは、なぜ産みの苦しみをするのか』と 言う者はわざわいだ」。

11イスラエルの聖者、イスラエルを造られた主はこう言われる、「あなたがたは、わが子らについてわたしに問い、またわが手のわざについてわたしに命ずるのか。

12わたしは地を造って、その上に人を創造した。わたしは手をもって天をのべ、その万軍を指揮した。

13わたしは義をもってクロスを起した。わたしは彼のすべての道をまっすぐにしよう。彼はわが町を建て、わが捕囚を価のためでなく、また報いのためでもなく解き放つ」と 万軍の主は言われる。

14主はこう言われる、「エジプトの富と、エチオピヤの商品と、たけの高いセバびととは あなたに来て、あなたのものとなり、あなたに従い、彼らは鎖につながれて来て、あなたの前にひれ伏し、あなたに願って言う、『神はただあなたと共にいまし、このほかに神はなく、ひとりもない』」。

15イスラエルの神、救主よ、まことに、あなたは ご自分を隠しておられる神である。

16偶像を造る者は皆恥を負い、はずかしめを受け、ともに、あわてふためいて退く。

17しかし、イスラエルは主に救われて、とこしえの救を得る。あなたがたは世々かぎりなく、恥を負わず、はずかしめを受けない。

18天を創造された主、すなわち神であって また地をも造り成し、これを堅くし、いたずらにこれを創造されず、これを人のすみかに造られた主はこう言われる、「わたしは主である、わたしのほかに神はない。

19わたしは隠れたところ、地の暗い所で語らず、ヤコブの子孫に 『わたしを尋ねるのはむだだ』と言わなかった。主なるわたしは正しい事を語り、まっすぐな事を告げる。

20もろもろの国からのがれてきた者よ、集まってきて、共に近寄れ。木像をにない、救うことのできない神に祈る者は無知である。

21あなたがたの言い分を持ってきて述べよ。また共に相談せよ。この事をだれがいにしえから示したか。だれが昔から告げたか。わたし、すなわち主ではなかったか。わたしのほかに神はない。わたしは義なる神、救主であって、わたしのほかに神はない。

22地の果なるもろもろの人よ、わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。わたしは神であって、ほかに神はないからだ。

23わたしは自分をさして誓った、わたしの口から出た正しい言葉は帰ることがない、『すべてのひざはわが前にかがみ、すべての舌は誓いをたてる』。

24人はわたしについて言う、『正義と力とは主にのみある』と。人々は主にきたり、主にむかって怒る者は皆恥を受ける。

25しかしイスラエルの子孫は皆 主によって勝ち誇ることができる」。

鍵となる聖句

1節
わたしはわが受膏者クロスの 右の手をとって、もろもろの国をその前に従わせ、もろもろの王の腰を解き、とびらをその前に開かせて、門を閉じさせない、と言われる主は その受膏者クロスにこう言われる、

神は、自分を知らない異教の王クロスを、わが受膏者と呼びます。このことばは、神が思いがけない器を用いてでも、諸国民の歴史を導いておられることを示しています。

9節
陶器が陶器師と争うように、おのれを造った者と争う者はわざわいだ。粘土は陶器師にむかって 『あなたは何を造るか』と言い、あるいは『あなたの造った物には手がない』 と言うだろうか。

陶器師と粘土のたとえです。造られた者は、造り主に説明を求める立場にありません。この聖句は、神の道の前での信頼と謙遜へと招きます。ただし、神に問いを携えることを禁じてはいません。

22節
地の果なるもろもろの人よ、わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。わたしは神であって、ほかに神はないからだ。

招きはすべての民、地の果てまで向けられています。救いは神に向くことによって来ます。神こそ、ほかにない唯一の神だからです。

23節
わたしは自分をさして誓った、わたしの口から出た正しい言葉は帰ることがない、『すべてのひざはわが前にかがみ、すべての舌は誓いをたてる』。

神は自分をさして、すべてのひざが前にかがむと誓われます。新約聖書は、この約束をイエス・キリストについて取り上げており、とくにピリピ人への手紙2章に見られます。

この章に登場する人物

説教が語っていること

受け入れがたいことを受け入れる:神が何も説明してくださらないときサミュエル・マボーは9節を引き、ヨブのように神の前にへりくだるよう勧めます。粘土は陶器師に、何を造るのかと尋ねたりしません。要約を読む →あなたのアイデンティティが、あなたの運命:神が覆いを引き裂かれるときジャニック・クリステンは9節をアイデンティティに結びつけます。神が自分をどのように造られたかを争うことは、自分自身に触れることであり、神が造られたままの自分を受け入れることには恵みがあると語ります。要約を読む →真の弟子の繁栄:あなたの油を空の器に注ぐ牧師リリアンヌ・サノゴは9節を読み、永遠の陶器師が一人ひとりを価値ある器として造られたこと、そして神は理由なく能力や賜物を与えられたのではないことを思い起こさせます。要約を読む →見よ、あなたの神を:荒野に叫ぶ声、慰めの羊飼いこの説教は1節を引きます。主に手を取られたクロスは、解放を与える主のしるしとして示され、主のことばは変わることなく立ち続けます。要約を読む →携挙のあと:患難、ハルマゲドン、そして千年王国ジャン・クロード・ヴィラは、23節を、すべてのひざがかがむと告げる聖句の一つとして挙げます。それはキリストが地上で治められる時のことだとしています。要約を読む →

イザヤ書45章についてよくある質問

イザヤ書45章で、なぜクロスは主の受膏者と呼ばれているのですか。

クロスは主を知らないペルシヤの王です。それでも神は彼を受膏者、すなわち使命のために選ばれた人と呼びます。その使命とは、捕囚の民の帰還とエルサレムの再建を可能にすることです。この称号は、クロスが神を礼拝しているという意味ではなく、神が彼を用いてご自身の計画を成し遂げられるという意味です。

イザヤ書45章9節の粘土と陶器師とはどういう意味ですか。

この聖句は、神を陶器師に、人間を粘土にたとえ、形づくる者はその作品に対して権威をもつことを示しています。造り主と争う者の高ぶりを戒めるものです。陶器師は行き当たりばったりに働くのではないので、信頼へと招いてもいます。パウロもローマ人への手紙9章でこの像を取り上げており、キリスト教の諸伝統はさまざまな強調点でこれを解釈しています。

イザヤ書45章22節から23節のメッセージは何ですか。

神はすべての国々に、救われるために自分に向くよう呼びかけます。「わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる」。ほかに神はいないからです。神は、「すべてのひざはわが前にかがみ」、すべての舌が誓いをたてると誓われます。新約聖書は、この約束をイエス・キリストに当てはめており、ピリピ人への手紙2章によれば、キリストの前ですべてのひざがかがみます。

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