はじめに
ジャン・マルク・ボトロンは、この証をシンプルな告白から始めます。あの朝、彼は本来そこに、会衆の前に立っているはずではなかった、というのです。彼を牧師にするために明け渡させたのは、主ご自身でした。それは彼自身の計画でも、彼自身のビジョンでもありませんでした。回心したとき、彼は広告のイラストレーターになって、漫画を描く仕事をしたいと考えていたのです。すべて決めていました。主のために絵を描き、絵を通して神様の御言葉を伝えていこう、と。けれども神様には別のご計画がありました。そして神様は、彼が自分の計画を手放すまで、彼を追いかけ続けられたのです。
メッセージの流れ
1. 聞きたくなかった、最初の聖句
- ある夏のキャンプで、彼は青少年担当の指導者をしていました。そのとき、一人の女性指導者が「主から」と言って一枚の紙を持ってきました。
- 彼女はこう言いました。「あなたのために聖句をいただいたの。」
- 正直に告白しますが、彼の最初の反応はこうでした。「この子、ちょっと変わっているな」と、その人を判断してしまったのです。
- その聖句はサムエル記第一からのもので、神様がまだ若かったダビデを王として選ばれる場面でした。「主が見るところは人と異なり、人はうわべを見るが、主は心を見る」というものです。彼はそのメッセージを脇に置いてしまいました。
2. だんだん重みを増していく、二つ目の聖句
- その二、三日後、牧師がキャンプの指導者とスタッフ全員を集め、一人ひとりに聖句を渡していきました。
- ジャン・マルクに渡されたのはゼカリヤ書からの聖句でした。「もしあなたがわたしの道を歩み、わたしの務めを守るなら、あなたはわたしの家を治め、わたしの庭を守る者となる」というものです。
- 隣に座っていた女性が彼にこう言いました。「これは牧師になれという召しよ。」
- しかし彼は、絶対に牧師になりたくありませんでした。曾祖父も牧師、祖父も牧師、父も牧師だったからです。彼はその考えを退け、その聖句も脇に置いてしまいました。
3. もう逃げられなくなった、ある礼拝
- その二日後、礼拝の中で、ある兄弟が霊的な賜物を通してこう語りました。「なぜ抵抗しているのですか。神様はあなたをご自分の奉仕に召しておられます。今日、立ち上がりなさい。」
- その瞬間、脇に置いていた二つの聖句が一気に彼の心によみがえってきました。
- 彼は確信を持って礼拝から出てきました。そして明け渡したのです。自分の計画をあきらめ、こう言いました。「あなたの御心がなりますように。もしあなたが私を召してくださるなら、あなたにお仕えする準備ができています。」
- そこから、神様の家に対して、神様に関わることに対して、御言葉を学び分かち合うことに対して、新しい熱心さが生まれていきました。
覚えておきたいポイント
- 神様はご自分の召しを確認してくださいます。二つの聖句、集会での預言的な言葉、そして明け渡したときに訪れる平安として。
- 神様に抵抗しても、神様は止まりません。あなたが明け渡すまで、忍耐強く追いかけてこられます。
- 最初の反応として、語ってくれた人を判断してしまうことがあります。ジャン・マルクもそうでした。そして彼は、それが間違いだったと認めています。
- あなたの計画が、たとえ誠実で「主のために」と思えるものであっても、それが必ずしも神様があなたに用意された計画とは限りません。
- 明け渡すことは、失うことではありません。神様のご計画は、あなた自身の計画よりも、あなたにとって良いものだからです。
あなた自身への問いかけ
- 今、あなたが神様に抵抗している領域はありますか。それはどんなことですか。
- 最近、誰かから「ちょっと変わっている」と感じるような言葉を受け取ったとき、それを神様の前でじっくり吟味しましたか。
- あなたが神様に仕えるために立てている計画は、神様があなたの人生に置かれた召しに沿ったものですか。それとも、あなた自身の好みに沿ったものですか。
- 「あなたの御心がなりますように」と言うために、今日あなたが明け渡せるものは何ですか。
- もし神様が、具体的な役割であなたにお仕えするよう召しておられるとしたら、あなたは今日、先延ばしにせずに立ち上がる準備ができていますか。
引用されている聖句
よくある質問
神様がある奉仕に召してくださっているかどうかは、どう分かりますか。
ジャン・マルク・ボトロンの証では、召命はいくつものしるしが重なって確認されました。指導者の一人から渡された聖句、牧師から受け取った聖句、そして礼拝の中で語られた預言的な言葉です。神様が召してくださるとき、神様はあなたを納得させるための時間をちゃんと取ってくださいます。耳を傾け続けて、御言葉とキリストのからだを通して神様に確認していただきましょう。
神様の召しに抵抗してしまうとき、どうすればいいですか。
ジャン・マルク・ボトロンははっきりとこう言っています。「神様に抵抗すると、神様は追いかけてこられるのです」。抵抗しても自分が疲れるだけで、神様のご計画が変わるわけではありません。一番良いのは明け渡すことです。自分の計画をあきらめて、主にこう祈ってみましょう。「あなたの御心がなりますように。もしあなたが私を召してくださるなら、あなたにお仕えする準備ができています。」
神様に仕えるためには、すべてを手放さなければならないのでしょうか。
必ずしも何もかもを空っぽにする、という意味ではありません。でも、自分自身の計画を手放すという意味では、その通りです。ジャン・マルク・ボトロンは広告のイラストレーターになって、漫画を描く仕事をしたいと思っていました。その道はあきらめましたが、後悔はしていません。主が彼の中に、御言葉を学び分かち合う喜びを与えてくださったからです。神様のご計画は、私たちの計画よりもずっと良いものなのです。
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