聖書 — 口語訳 (1955)

ゼカリヤ書 3

概要

ゼカリヤ書3章は幻です。大祭司ヨシュアは、汚れた衣をまとって主の使いの前に立ち、サタンが彼を訴えています。主はサタンを叱ります。ヨシュアは火から取り出した燃えさしだからです。使いは汚れた衣を脱がせるよう命じ、ヨシュアの咎を除いたと宣言して、祭りの衣を着せ、清い冠をかぶらせます。続いてヨシュアは、神の道を歩むようにとの呼びかけと、約束を受けます。神はご自分のしもべ、若枝を来たらせ、一日のうちにこの地の咎を取り除かれます。

この章の4つの区分

  1. 1-2節訴えられるヨシュアと、叱られるサタン
  2. 3-5節汚れた衣が祭りの衣に替えられる
  3. 6-7節神の道を歩むようにとの呼びかけ
  4. 8-10節若枝と石の約束

1時に主は大祭司ヨシュアが、主の使の前に立ち、サタンがその右に立って、これを訴えているのをわたしに示された。

2主はサタンに言われた、「サタンよ、主はあなたを責めるのだ。すなわちエルサレムを選んだ主はあなたを責めるのだ。これは火の中から取り出した燃えさしではないか」。

3ヨシュアは汚れた衣を着て、み使の前に立っていたが、

4み使は自分の前に立っている者どもに言った、「彼の汚れた衣を脱がせなさい」。またヨシュアに向かって言った、「見よ、わたしはあなたの罪を取り除いた。あなたに祭服を着せよう」。

5わたしは言った、「清い帽子を頭にかぶらせなさい」。そこで清い帽子を頭にかぶらせ、衣を彼に着せた。主の使はかたわらに立っていた。

6主の使は、ヨシュアを戒めて言った、

7「万軍の主は、こう仰せられる、あなたがもし、わたしの道に歩み、わたしの務を守るならば、わたしの家をつかさどり、わたしの庭を守ることができる。わたしはまた、ここに立っている者どもの中に行き来することを得させる。

8大祭司ヨシュアよ、あなたも、あなたの前にすわっている同僚たちも聞きなさい。彼らはよいしるしとなるべき人々だからである。見よ、わたしはわたしのしもべなる枝を生じさせよう。

9万軍の主は言われる、見よ、ヨシュアの前にわたしが置いた石の上に、すなわち七つの目をもっているこの一つの石の上に、わたしはみずから文字を彫刻する。そしてわたしはこの地の罪を、一日の内に取り除く。

10万軍の主は言われる、その日には、あなたがたはめいめいその隣り人を招いて、ぶどうの木の下、いちじくの木の下に座すのである」。

鍵となる聖句

2節
主はサタンに言われた、「サタンよ、主はあなたを責めるのだ。すなわちエルサレムを選んだ主はあなたを責めるのだ。これは火の中から取り出した燃えさしではないか」。

訴える者に対して、ヨシュアを弁護されるのは主ご自身です。火から取り出した燃えさしという言葉は、彼の救いが功績ではなく神の選びによることを語っています。

4節
み使は自分の前に立っている者どもに言った、「彼の汚れた衣を脱がせなさい」。またヨシュアに向かって言った、「見よ、わたしはあなたの罪を取り除いた。あなたに祭服を着せよう」。

奉仕の前に咎が除かれます。神は汚れを取り去り、ヨシュア自身に衣を着せてくださいます。多くの人は、ここに無償で与えられる赦しの姿を読み取ります。

7節
「万軍の主は、こう仰せられる、あなたがもし、わたしの道に歩み、わたしの務を守るならば、わたしの家をつかさどり、わたしの庭を守ることができる。わたしはまた、ここに立っている者どもの中に行き来することを得させる。

赦しのあとには責任が続きます。神の道を歩み、その戒めを守ることです。そこには、神のもとに自由に近づけるという約束が添えられています。

9節
万軍の主は言われる、見よ、ヨシュアの前にわたしが置いた石の上に、すなわち七つの目をもっているこの一つの石の上に、わたしはみずから文字を彫刻する。そしてわたしはこの地の罪を、一日の内に取り除く。

七つの目のある石と、一日で除かれる咎は、解釈が分かれるイメージです。多くのクリスチャンは、そこにキリストの働きの予告を見ています。

この章に登場する人物

説教が語っていること

ゼカリヤ書3章についてよくある質問

ゼカリヤ書3章のヨシュアの汚れた衣は何を意味しますか

それは、ヨシュアと、彼が代表する民が負っていた汚れと咎を表します。神はそれを取り除かせ、ヨシュアに祭りの衣を着せられます。この姿は、赦しが得られるものではなく神から与えられるものであることを語り、キリスト教の伝統は、そこにキリストにある救いの反映を見ています。

ゼカリヤ書3章の中心メッセージは何ですか

神は、サタンの訴えにもかかわらず、赦して回復してくださいます。ヨシュアは火から取り出された燃えさしであり、神の選びによって救われました。この章は続いて、神の道を歩むよう呼びかけ、若枝の到来を告げます。多くのクリスチャンは、その若枝をメシアと考えています。

8節で告げられる若枝とは誰ですか

本文は、わがしもべ、若枝と語ります。ほかの預言者も触れているメシアの姿です。クリスチャンはそこにイエス・キリストを見ますが、伝統的なユダヤ教の読み方では、まだ来られていないと考えるか、別の仕方で当てはめます。9節はさらに、この地の咎が一日のうちに除かれると付け加えています。

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