役割の前に召命:神の心にかなうリーダーシップ

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はじめに

DeepTalkの記念すべき第1回へようこそ。ここから、教会における奉仕、ミニストリー、そして特にリーダーシップに焦点を当てた新しいコーナーを始めます。願いはシンプルです。力強く、健全で、バランスの取れた教会を見たい。この最初の回で出発点とするのは、はっきりとした確信です。召命は役割よりも先にあるということです。

今の時代は、役割から始めるのがとても簡単な時代です。ポジションを求め、責任を求め、肩書きを求めることは簡単です。しかし聖書の中で、神様は決して役割から始められません。神様はいつも召命から始められます。役割は人間から与えられるものですが、召命は神様から来るものです。もしこの順番を逆にしてしまうなら、遅かれ早かれ、あなたはまだ支えきれない重荷を背負うことになります。

この回の構成

1. 遣わされる前に、共にいること

マルコ3章13〜14節にはこうあります。「それから、イエスは山に登り、ご自分が望む者たちを呼び寄せられた。すると、彼らはみもとにやって来た。イエスは十二人を任命し、彼らを使徒と名づけられた。それは彼らをご自分のそばに置くため、また彼らを遣わして宣教をさせ」。この順番に注目してください。まず共にいること、それから遣わされて宣教することです。イエス様は、弟子たちを形づくる前に説教者を育てられたのではありません。人を形づくる前に奉仕者を育てられたのではありません。召命はまず関係的なものであり、それから使命へとつながります。この順番がすべてを変えるのです。

多くの人が奉仕の中で燃え尽きてしまうのは、神様の臨在のうちで形づくられることなく遣わされてしまったからです。彼らは何かを「行う」ために出て行きましたが、「とどまる」ことを学んでいませんでした。召命とは、神様のために何かをすることではなく、神様と共にいることなのです。

2. モーセ、荒野から使命へ

モーセを見てみましょう。出エジプト記3章で、神様は燃える柴の中から彼を呼ばれます。しかし、その瞬間が訪れる前に、モーセは40年もの間、荒野で過ごしていました。40年です。宮殿で育ち、おそらく生まれ持ったリーダーシップと確かな能力を持っていたであろう人物が、沈黙の中へ、荒野へと導かれたのです。なぜでしょうか。使命が任される前に、人格が形づくられる必要があったからです。

彼がエジプト人を打ち殺したとき、彼は自分自身の力で神様のご計画を成し遂げようとしていました。それは、まだ熟していない召命による行動でした。プロセスを経ない熱心さです。神様は彼を荒野に連れ戻し、彼の内側で働かれました。真の召命は衝動から生まれるのではなく、神様との出会いから生まれるのです。

3. ダビデ、王となる前に油を注がれる

もう一つの印象深い例、ダビデです。サムエル記第一16章で、ダビデは油を注がれますが、すぐに王座に着くわけではありません。彼は羊の群れの世話に戻ります。驚くべきことに、すでに油を注がれているのに、彼は羊飼いとして生き続けるのです。油注ぎは、目に見える役割より先に来ます。そして油注ぎと王座の間には、ゴリアテとの戦い、サウルとの対立、洞窟、荒野、周囲の無理解が待っています。

多くの人は公に油を注がれることを望みますが、隠された過程を受け入れる人は多くありません。ダビデは決して王座を力ずくで手にしようとはしませんでした。サウルを殺すことができた時でさえ、彼はそうしませんでした。なぜなら召された者は、神様の時を自分の力で操る必要がないからです。召命は、神様の時に対する信頼を生み出します。

4. 召命によって仕えるのか、それとも承認を求めて仕えるのか

ここで、とても具体的な話をしましょう。時として私たちは、召命によってではなく、承認への渇望によって仕えてしまうことがあります。役に立ちたいという思いから仕える。目立たない存在になることを恐れて仕える。役割が自分にアイデンティティを与えてくれるから仕える。

しかし本当のアイデンティティは、奉仕から来るのではなく、神様との関係から来るものです。ルカ10章で、弟子たちが霊たちが自分たちに服従したことに興奮して戻って来たとき、イエス様は本質的にこう言われます。「そのことを喜ぶのではなく、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」。言い換えれば、あなたのアイデンティティを、自分がしていることの中にではなく、神様の前でのあなた自身の姿の中に見出しなさい、ということです。

これは、あらゆるリーダーにとって根本的なことです。もしあなたのアイデンティティが役割に依存しているなら、どんな批判もあなたを打ちのめし、どんな困難な季節もあなたに疑いを抱かせ、どんな変化もあなたを揺さぶるでしょう。しかし、あなたのアイデンティティが召命の中にあるなら、役割が変わってもあなたが砕かれることはありません。

5. エレミヤ、準備ができたと感じる前に召された

もう一つの例、エレミヤです。神様は彼にこう言われます。「わたしは、母の胎内であなたを形づくる前からあなたを知っていた。あなたが胎から出る前に、あなたを聖別し」(エレミヤ1章5節)。エレミヤは自分を若く、準備不足で、力不足だと感じています。しかし神様の召命は、あなたが自分の能力をどう感じているかに依存するのではなく、神様ご自身の決定に依存しているのです。

多くの場合、召命は先に来ます。準備ができたと感じてから生まれるものではありません。ですから、完璧だと感じられるようになるまで応答を待つ必要はありません。神様が道の途中であなたを形づくってくださることを、あなたのほうから受け入れてください。

6. 役割から始めることの危険性

召命が熟す前に役割が先に来てしまうと、人は深さではなく、目に見える存在感を追い求めるようになります。訂正を受けても素直に受け止められず、防御的になり、すべてを結果だけで測るようになります。反対に召命は、安定、謙遜、隠れたところでの忠実さ、過程における忍耐を生み出します。役割はすぐに与えられることがあります。しかし召命は、時間をかけて確かめられていくものです。

7. 自分の召命を見極める、三つの手がかり

あなたの召命をどう見極めればよいのでしょうか。聖書は三つのしるしを教えてくれます。

  • 神様の御前にある平安。 召命とは、絶え間ない焦りではなく、内側にある確信です。
  • 共同体による確認。 使徒の働き13章では、教会がパウロとバルナバの召命を認めています。個人的な召命は、キリストのからだの中で確認されるのです。
  • 試練の中での忍耐。 もし一つひとつの困難があなたをすっかり疑わせてしまうなら、それは単なる熱意だったのかもしれません。召命は、圧力の下でも持ちこたえるものです。

心に留めたいポイント

  • 役割は人間から来ますが、召命は神様から来ます。この順番を逆にしてはいけません。
  • 召命はまず関係的なもの(神様と共にいること)であり、それから使命的なもの(遣わされること)へとつながります。
  • モーセ、ダビデ、エレミヤ、そして十二人の弟子たち。神様は使命を任せる前に、まず心を形づくられます。
  • 承認への渇望からではなく、召命によって仕えましょう。あなたのアイデンティティはキリストの中にあり、役割の中にあるのではありません。
  • 真の召命は、平安と、教会による確認と、試練の中での忍耐を生み出します。

個人的な適用

  • もし今日、マイクも責任もあなたから取り上げられ、誰もあなたに何も求めなくなったとしたら、それでもあなたは神様を求め続けるでしょうか。
  • あなたのアイデンティティは、あなたの役割の上に築かれていますか、それとも、父なる神様の息子・娘としての関係の上に築かれていますか。
  • あなたの今の奉仕は、熟した召命から生まれていますか、それとも見られたい、認められたいという思いから生まれていますか。
  • あなたは、油注ぎと目に見える役割との間にある「隠された過程」を受け入れていますか、それとも神様の時を無理に急かそうとしていますか。
  • 少し時間を取って、神様の臨在に立ち返り、あなたの召命を新たにしてください。長く続くリーダーシップは、いつも源にとどまり続ける心から生まれます。

引用聖句

よくある質問

召命と役割の違いは何ですか。

役割とは、機能、ポジション、人間から任される責任のことです。一方で召命は神様から来るものです。それは、神様があなたを選び、ある働きのために形づくるという、神様ご自身の決定です。役割はすぐに与えられることがありますが、召命は時間をかけて確かめられていきます。

自分の奉仕が本当の召命から来ているのか、それとも承認への渇望から来ているのか、どう見分ければよいですか。

自分にこう問いかけてください。「もし明日この役割が取り上げられたとしても、神様との関係は変わらずにあり続けるだろうか」。召命に根ざした奉仕は、平安、安定、謙遜を生み出します。見られたいという思いに根ざした奉仕は、ちょっとした批判ですぐに崩れてしまいます。

エレミヤのように、召されている気がするけれど準備ができていないと感じるとき、どうすればよいですか。

それでも神様に応答してください。召命は、あなた自身が感じる能力の有無に依存するのではなく、神様の決定に依存しています。モーセが荒野で、ダビデが羊の群れの中で形づくられたように、神様は道の途中であなたを形づくってくださいます。

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