従順の祝福、天を開く鍵

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はじめに

あなたはこれまで、神のことばについて、信仰について、祝福について、何十もの説教を聞いてきたかもしれません。しかし、ひとつ胸に突き刺さる問いがあります。あなたはそれを実践していますか、それともただ聞くだけで満足していますか。レオボテ教会でのシリーズ「グラウンデッド、御ことばに根ざして」の第三回となるこのメッセージで、説教者はテーブルの上にとても単純なものを置きます。ひとつの鍵です。大きな鍵です。なぜなら今日、大切なのはもはや何かを持っていることではなく、それを使うことだからです。そして、あなたの人生に天の水門を開く、この鍵の名は、従順です。

このメッセージの構成

1. パン、スポンジ、鍵:シリーズを貫く糸

「グラウンデッド」シリーズの最初の二回の日曜日に、あなたは二つのものを見てきました。まずはパンです。パンは毎日新鮮でなければなりません。分かち合い、裂き、人に与えるためです。硬くなったパンを配ろうとすれば、人を傷つけてしまいます。次にスポンジです。スポンジを押すと、そこに染み込んでいたものしか出てきません。もし人生があなたを押しつぶすときに、神のことばがあなたの内から出てくることを願うなら、まずそれをしっかり染み込ませておかなければなりません。

今日は三つ目の象徴、鍵です。鍵はポケットに入れておくこともできますし、眺めることも、うっとりと眺めることさえできます。しかし、それを鍵穴に差し込み、回さない限り、どんな扉も開きません。持っているだけでは足りません。使わなければなりません。そして今日、この鍵とは従順のことです。

2. ヤコブの手紙1:22:聞くだけの者になってはいけません

このメッセージを開く聖句は、ヤコブの手紙1:22です。「みことばを行う人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者になってはいけません。」ことばだけでは足りません。聞くだけでも足りません。「実行する者」、すなわち実践する人にならなければなりません。

その日曜日、レオボテ教会ではバプテスマ式が行われました。もはや聞くだけの者ではなく、実践する者となった人々です。彼らは御ことばが語ることを聞き、従うことを決意していました。バプテスマとはまさにそれです。従順の具体的な行為であり、聞くことから行動することへ移ることなのです。

3. 信仰の行為としての従順

第一のポイントです。従順は信仰の真実な証拠です。典型的な例はアブラハムです。神はある日、彼にこう言われました。「すべてを携えて、あなたの国を出て、行きなさい。」どこへ行くべきかを具体的に告げないままにです。ヘブル人への手紙11:8が語ることをご覧ください。「信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け継ぐべき地に出て行くようにと召されたとき、それに従いました。彼は行き先も知らずに出て行ったのです。」

このことばを心に留めてください。従順は信仰の真実な証拠です。アブラハムは従い、それによって自分が本当に神を信じていることを示しました。なぜアブラハムは信頼したのでしょうか。理由は単純です。神が彼にとって最善を望んでおられることを知っていたからです。そして神は、あなたにとっても最善を望んでおられます。

従順は、目に見えるものから生まれるのではありません。すべてを理解する前に神に信頼を置くことから生まれます。私たちはしばしば、説明や確証を待ち、動く前に確信を持ちたいと願います。さらに悪いことに、状況が悪くなり、周りのすべてが崩れ落ちるときにしか動きません。しかし神は、多くの場合、その前にすでにしるしを与えておられます。危機に背中を押されてからではなく、神が語られたときに動くことを学ばなければなりません。

自分に問いかけてください。今日、神はどこであなたに、まだ答えを持たないままご自分に信頼するよう求めておられますか。信じることは従うことです。従うことは信じることです。この二つは直接結びついています。

4. 愛の行為としての従順

第二のポイントです。従順はまず義務ではなく、愛への応答です。この世を去る前に、イエスはヨハネ14:15でこう言われました。「あなたがたがわたしを愛するなら、わたしの戒めを守るはずです。」従順は愛と直接つながっているのです。

もうひとつのことばを心に留めてください。従順は義務ではなく、神の愛への応答です。私たちはあまりにも多くの場合、従わなければならないから従うのだと思い込んでいます。しかし私たちが神に従うのは、神を愛しているからであり、何よりも神が先に私たちを愛してくださったからです。

あなたもきっと経験したことがあるでしょう。愛していない人に従うのは重荷です。気に入らない上司、神経を逆なでする人に従うと、ひとつひとつの命令が一トンの重さに感じられます。しかし、心から愛している人に従うことは、軽く、単純で、ほとんど自然なことになります。これはまさに、イエスが「天の御国に入るには小さな子どものようにならなければならない」と言われたときに描写しておられることです。子どもは千もの質問を並べたりしません。父親が「行こう」と言えば、子どもはついて行きます。なぜなら知っているからです。お父さんは自分を愛していて、自分にとって良い場所へ連れて行ってくれると。

あなたの心が造り変えられ、あなたの知性が新しくされるとき、従順は愛の行為になります。あなたはもはや、愛されるために従うのではなく、すでに愛されているからこそ従うのです。愛することは従うことです。従うことは愛することです。

5. 祝福への扉としての従順

第三のポイント、そしてこのメッセージの核心です。従順は祝福へとつながる鍵です。申命記28:1-14で、神は主の御声に従うことに続く印象的な祝福のリストを展開しておられます。

この明確な事実を心に留めてください。祝福は才能に従うのではなく、従順に従うのです。私たちはしばしば、才能があれば、優れていれば祝福されると思い込みます。しかし神の国はそのようには機能しません。祝福は才能に従うのではなく、従順に従うのです。

この箇所で約束されている17の祝福を、言い換えてご紹介します。

  • 主はあなたの上に祝福を臨ませてくださいます。
  • 主は都でも田舎でもあなたを祝福してくださいます。
  • 主はあなたの家族と子孫を祝福してくださいます。
  • 主はあなたの仕事と生産性を祝福してくださいます。
  • 主はあなたの資源と生活の手立てを祝福してくださいます。
  • 主はあなたの出入りを祝福してくださいます。
  • 主はあなたの敵をあなたの前で打ち破ってくださいます。
  • 主は祝福があなたの人生にとどまるよう命じてくださいます。
  • 主はあなたが置かれた場所であなたを祝福してくださいます。
  • あなたは主の聖なる民の一員となります。
  • 主の御名があなたの上にあることを、すべての人に示してくださいます。
  • 主はあなたを良いもので満たしてくださいます。
  • 主はご自分の良い蔵、すなわち天を開いてくださいます。
  • 主はあなたを気前のよい者にしてくださいます。
  • 主はあなたを自立した者にしてくださいます。
  • 主はあなたを頭とし、尾とはなさいません。
  • 主はあなたの道を揺るぎないものとしてくださいます。

そしてもうひとつのことばを心に留めてください。あなたが主の御声に従うとき、祝福はもはや一度きりの出来事ではなく、あなたの人生の恒常的な状態になります。祝福は追い求めるべきものではありません。あなたが従順の道を歩むとき、祝福のほうがあなたに追いついてくるのです。

とてもよくある誤解に注意してください。神はあなたの計画を祝福するのではありません。神は主ご自身の計画、すなわち主があなたに成し遂げるようにと与えられた計画を祝福されます。私たちはこの二つをしばしば混同します。まずプロジェクトを始めてから、それを祝福してくださいと神に願うのです。しかし時には、間違ったことを始めてしまっていることもあります。神は、ご自分が命じられたことをいつも尊重してくださいます。神はあなたの人生における従順を尊重してくださるのです。

祝福とは従うことです。従うこととは祝福です。

6. 岩の上に建てる:一つひとつのレンガを積み重ねて

マタイ7:24で、イエスはこう言われます。「ですから、わたしのこれらのことばを聞いて行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人にたとえることができます。」あなたが神との歩みのどの段階にいようと構いません。始めたばかりであっても、二十年、あるいはそれ以上歩んできていても構いません。大切なのは、あなたがこれまでに理解したことに従いながら、毎日ひとつずつ小さなレンガを積み重ねていくことです。

その日のバプテスマは、まさにそういうことでした。「もう自分のやり方で生きたくありません。イエスが私の人生のために備えてくださったことを生きたいのです」と言う人々です。それが、神が彼らの上に注ごうとしておられる祝福の始まりです。

7. 天の水門を開く鍵

説教者は、前の日曜日に語られたことばに立ち返ります。天の水門、天の堰です。ヘブル語のこの語は、開かれる窓を思い起こさせますが、その意味ははるかに広いものです。今日的に言えば、むしろダムが決壊するようなイメージに近いでしょう。そして神は、あなたの人生の上でそのダムを決壊させることがおできになります。水ではなく、祝福によってです。この水門を開く鍵、それが従順です。

今日の招きはシンプルです。あなたの心を開いてください。象徴的にバプテスマの水槽に浸り、イエスがあなたの人生にこれらの祝福を注いでくださるままにしてください。イエスはあなたを待つ準備ができています。今日、あなたは自分の人生にイエス・キリストをお迎えすると選ぶことができます。

覚えておきたいポイント

  • 鍵を持っているだけでは意味がありません。それを使わなければなりません。御ことばを聞くだけでは足りません。それを実践する必要があります(ヤコブの手紙1:22)。
  • 信じることは従うことです。従順は信仰の真実な証拠です。アブラハムは行き先も知らずに出て行きました。それこそが本物の信仰です(ヘブル人への手紙11:8)。
  • 愛することは従うことです。私たちは愛されるために神に従うのではなく、すでに愛されているからこそ従うのです(ヨハネ14:15)。
  • 祝福は才能にではなく、従順に従います。それは追い求める必要はありません。あなたが神のみこころの中を歩むとき、祝福のほうがあなたに追いついてきます(申命記28章)。
  • 神はあなたの計画ではなく、ご自分の計画を祝福されます。祝福を願うその事柄が、本当に神から出たものかどうかを確かめましょう。
  • 一つひとつのレンガを積み重ねて。あなたの段階がどこであろうと構いません。毎日、あなたの霊的な家に、具体的な小さな従順をひとつ積み加えましょう(マタイ7:24)。

個人への適用

この記事を閉じる前に、少し時間を取って、これらの問いに正直に向き合ってみてください。

  1. 今日、神はどこであなたに、まだすべての答えを持たないままご自分に信頼するよう求めておられますか。今週の具体的な「アブラハムのように出て行く」とは、どのようなことでしょうか。
  2. あなたが神に従うのは、愛されるためですか、それともすでに愛されていると知っているからですか。それは、あなたが信仰をどう生きるかに、どんな違いをもたらしますか。
  3. あなたが今抱えているプロジェクトや決断は何ですか。それは、あなたが神に祝福してくださいと願っているあなた自身の計画ですか、それともあなたが実行している神の計画ですか。
  4. 今週、神があなたに置くよう求めておられる、次の小さなレンガ、次の具体的な従順のひとつは何ですか。
  5. 長い間先延ばしにしている、目に見える従順の一歩はありませんか。バプテスマ、赦し、教会での奉仕、和解、人生の決断。今日、その鍵を回すことを妨げているものは何ですか。

黙想したい聖句

  • ヤコブの手紙1:22・「みことばを行う人になりなさい。ただ聞くだけの者になってはいけません。」
  • ヘブル人への手紙11:8・アブラハムは行き先も知らずに従い、出て行きました。
  • ヨハネ14:15・「あなたがたがわたしを愛するなら、わたしの戒めを守るはずです。」
  • 申命記28:1-14・主の御声に従うことに続く祝福。
  • マタイ7:24・イエスのことばを実践して、岩の上に家を建てる。

よくある質問

神への従順とは、ただの宗教的な義務ではないのですか。

いいえ、違います。このメッセージはこの点を強調しています。従順はまず義務ではなく、愛への応答です。イエスは言われます。「あなたがたがわたしを愛するなら、わたしの戒めを守るはずです。」あなたは愛されるために従うのではなく、すでに愛されているからこそ従うのです。そして本当に愛するとき、従順は軽く、単純で、ほとんど自然なことになります。

それについて祈っているのに、なぜ神は私の計画をいつも祝福してくださらないのですか。

それは、神があなたの計画ではなく、ご自分の計画を祝福されるからです。私たちはこの二つを混同することがあります。まず何かを始めてから、そこに神の承認の印を押してもらおうとするのです。しかし聖書はそのようには機能しません。神は、ご自分が命じられたことを尊重してくださいます。あなたが自分に問うべきなのは「なぜ神は私のしていることを祝福してくださらないのか」ではなく、「私がしていることは、本当に神から出たものだろうか」ということです。

具体的にどこから従順を始めればよいか、どうすればわかりますか。

一つひとつのレンガを積み重ねていくのです。あなたが神との歩みのどこにいようと関係ありません。今日すでに理解している御ことばを取り上げ、今週それを実践してください。もし目に見える岐路に立っているなら、先延ばしにしているバプテスマ、与えるべき赦し、求めるべき和解、神があなたを招いておられる奉仕があるなら、そこから始めてください。鍵はすでにあなたの手の中にあります。あとはそれを回すだけです。

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