はじめに
テトスへの手紙2章を開くと、すぐにその重みを感じるのではないでしょうか。パウロは教会の中で求められる振る舞いを次々と挙げていきます。年老いた男性は自制心があり信仰に堅く立つこと、年老いた女性は神に仕える者にふさわしくあること、若い女性は家庭を大切にすること、若い男性は分別があること、そして僕は主人に忠実であること。まるで試験のようで、あなたはこう思うかもしれません。「本当にこんなふうに生きられるだろうか」と。
マット・グロックは2025年9月21日、モーメンタムでこの箇所を、パウロのテトスへの手紙シリーズの中で語りました。彼が強調したのはただ一つ、この箇所をチェックリストのように読んでしまうと、あなたはその重みに押しつぶされてしまう、ということです。しかしパウロはリストで終わりません。この章の中心には福音が据えられています。「実に、すべての人に救いをもたらす神の恵みが現れました。この恵みは、私たちを教え、不敬虔とこの世の欲を捨てさせ…」(テトス 2:11-12)。恵みはただあなたを赦すだけではありません。恵みはあなたを教えます。あなたを形づくります。あなたの内にキリストから生まれる新しい命を生み出すのです。この視点の転換こそ、このメッセージがあなたの心に届けようとしているものです。
メッセージの構成
1. テトスへの手紙の背景:クレタの教会を整える
- パウロは、クレタに残して「残された問題を整え」、町ごとに長老を任命させるために遣わした若き同労者テトスに手紙を書いています(テトス 1:5)。
- この手紙の鍵となる言葉は「健全な教え」です。教会全体の生き方を形づくる、教えるべき内容、構造となる真理です。
- パウロはこう言います。「これらのことを語り、勧め、あらゆる権威をもって責めなさい。だれにもあなたを軽んじさせてはいけません」(テトス 2:15)。教えることは、毅然とした態度と優しさの両方を求める挑戦です。
- 長老たち(テトス1章)と、従わない者たちについて語った後、パウロは教会に集うすべての人の生活(テトス 2:1-10)、そして権威者や外部の人々への態度(テトス 3:1-2)へと話を進めます。
2. あなたを押しつぶしかねない、長い振る舞いのリスト
- 年老いた男性(この文脈ではおおよそ50代):自制心があり、品位があり、思慮深く、信仰と愛と忍耐において健全であること。
- 年老いた女性:神に仕える者にふさわしくあり、人をそしらず、大酒に支配されず、若い女性たちに良いことを教えられること。
- 若い女性:夫と子どもを愛し、思慮深く純真であり、家庭を大切にし、善意に満ちていること。
- 若い男性:思慮深く、節度があり、良い行いの模範となること。
- 僕たち(現代で言えば上司に対する従業員):好感を持たれ、信頼でき、盗みをせず、逆らわないこと。
- このリストを毎年の試験のように見てしまうと、あなたはパニックに陥るでしょう。パウロはむしろ、あなたを自分の力の限界まで導き、別のものへと開かせようとしているのです。
3. 箇所の核心:恵みが現れ、あなたを教える
- この箇所はサンドイッチのように構成されています。振る舞い(2-10節)、恵みの福音(11-14節)、そして再び実践的な生活(15節と3:1-2)。
- 「すべての人に救いをもたらす神の恵みが現れました」――だれも遠すぎることはなく、だれも失格にはなりません。
- この恵みは、不敬虔とこの世の欲を捨て、イエス・キリストの現れを待ち望みながら、知恵と義と敬虔をもって生きるようあなたを教えます。
- キリストは「私たちのためにご自分をお与えになりました。それは、私たちをすべての不法から贖い出して、良い行いに熱心な、ご自分の民として、きよめるためです」。あなたは自分自身をきよめるのではありません。キリストによってきよめられるのです。
4. 木はその実によって知られる:キリストがあなたの内でご自分の命を生きる
- あんずの木は、朝起きてりんごを実らせようと決意するわけではありません。実はその木の本性から出てきます。弟子もまた、その実によって知られます(マタイ 7:16-20を参照)。
- それらは意志の力で作り出す実ではありません。あなたの内にあるキリストの命が生み出すものです。
- あなたを神から引き離すのは罪だけではありません。あなたの「良い行い」が神の前で何かに値すると思い込むときも、あなたは神から引き離されます。
- 本当の姿勢はこうです。「私にはできません。でもキリストにはおできになります。キリストの命が私の命となり、キリストの義が私の義となり、キリストの言葉が私の言葉となりますように。」
覚えておきたいポイント
- テトス2章はチェックリストではありません。あなたを恵みへと導く鏡です。
- 健全な教えは、教会の中でも世の中でも、あなたのすべての振る舞いを支える土台です。
- 恵みは赦しだけではありません。恵みは教えるものです。不敬虔に「否」と言い、キリストに「はい」と言うことを教えてくれます。
- キリストはあなたを贖い、きよめ、良い行いに熱心な者としてくださいます。その行いは、受け取ったものへの応答であって、証明すべきものではありません。
- もしそれが何か値するものだと考えるなら、良い行いも罪と同じように、あなたを神から引き離しかねません。両手を空にしてイエスのもとに来てください。
- 教会の中で、年長者は若い人たちに対して責任を担っています。教会の美しさとは、受け取り、そして手渡していくことにあります。
個人へのアプリケーション
- あなたの人生のどの領域で、自分の力で聖書の基準に「達しよう」としていますか。今日、その重荷をキリストの前に降ろすとしたら、何が起こるでしょうか。
- テトス2章に描かれた振る舞いの中で、あなた自身に特に響くものを一つ見つけてください(自制心、優しさ、仕事への忠実さ、家庭への配慮など)。単なる訓練としてではなく、恵みがその根っことなるとしたら、どうなるでしょうか。
- あなたは自分の「良い行い」が神により受け入れられやすくすると信じたい誘惑にかられていませんか。あなたの動機を、感謝からのものへと、それとも功績からのものへと言い直しているでしょうか。
- もしあなたが信仰の歩みにおいて年長者であるなら、あなたが歩みの中で神から教えられたことを、あなたの周りのだれが必要としているでしょうか。今週、具体的な一歩を踏み出しましょう。
- 最後にこの祈りで締めくくりましょう。「主イエスよ、私にはできません。でもあなたにはおできになります。あなたの命が私の命となり、あなたの義が私の義となり、あなたの言葉が私の言葉となりますように。」
引用された聖句
よくある質問
テトス 2:11-12の「恵みが私たちを教える」とはどういう意味ですか。
これは、恵みが単にあなたの罪の赦しにとどまらないことを意味します。恵みは人を形づくる原理となります。不敬虔を捨て、この世の欲を脇に置き、イエスの再臨を待ち望みながら、知恵と義と敬虔をもって今の時代を生きることを教えてくれるのです。恵みはあなたを救うと同時に、あなたを内側から形づくります。
テトス2章の長い振る舞いのリストを、押しつぶされずに読むにはどうすればよいですか。
試験としてではなく、鏡として読むことができます。それは、キリストに属する人生の中でキリストが生み出すものを映し出しています。この箇所は恵みの宣言(11-14節)に挟まれています。これらの振る舞いは、イエスに接ぎ木された命の実であって、神に受け入れられるための実績ではありません。
マット・グロックはなぜ、私たちの良い行いが神から私たちを引き離しうると言うのですか。
もしあなたが、自分の良い行いが救い、聖化、神の好意といった何かに値すると信じるなら、あなたは恵みを離れ、功績主義に逆戻りしてしまうからです。そうなるとあなたは自分自身の救い主になってしまいます。解決策は良い行いを減らすことではなく、それをキリストにあってすでに受け取った救いへの喜びの応答として生きることです。
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