出エジプト記21章に隠された恵みの4つのしるし

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はじめに

旧約聖書に出てくる、ヘブライ人の奴隷についての一見不穏な箇所が、実はあなたの心を揺さぶるほどの、神様の恵みの姿を隠しています。出エジプト記21章で、モーセは6年間の年季奉公の後に自由の身になる規定を定めています。単なる社会的なルールのように見えるこの箇所も、キリストの光のもとで読み直すと、神様があなたの人生の中で行っておられることの象徴になります。聖書はキリスト中心です。すべての箇所は、イエス・キリストにおいて現された神様の愛について語ることを目的としています。この箇所も例外ではありません。ここには、あなたに対する神様の無条件の愛が語られているのです。人生の不慮の出来事によって奴隷となったこの一人の男性を通して、オリヴィエ・コンテス氏は恵みの4つのしるしを浮かび上がらせます。今朝、あなたが神様の前にどう立つかを変えてくれるかもしれない、4つの手がかりです。

メッセージの概要

1. 神様は人生の不慮の出来事を修復してくださる

  • この箇所に出てくるヘブライ人の奴隷は、他の民族に捕らえられたのではなく、人生の不慮の出来事によって負った借金のために奴隷になりました。
  • 今日に置き換えるなら、返済不可能な消費者ローン、アルコールや薬物、麻薬への依存、うつ、子どもを失った悲しみ、機能不全の家族、有害な人間関係などです。
  • 不慮の出来事の中には自分の悪い選択から来るものもあれば、そうでないものもあります。世界は罪によって不公平なものになっているのです。
  • 神様は私たちの不慮の出来事を引き受けてくださいますが、そこには責任という側面もあります。地上では、私たちの行いには結果が伴い、私たちはそれを引き受けるように召されています。もっとも、天においてはイエス様にあって完全に赦されているのですが。
  • その責任には期限があります。6年、そして7年目には、借金の額がどれほどであっても奴隷は自由に出て行きます。神様のみこころは、あなたの苦しみに常に終わりがあり、常に希望の地平線があることなのです。

2. 恵みはあなたを自由にする

  • 7年目の終わりに、その奴隷には選択肢があります。出て行くか、留まるかです。神様はあなたをロボットにはなさいません。
  • あなたは聖霊にリモコン操作されているのではありません。あなたは聖霊の宮であり、従うか従わないか、御霊の実を育てるか肉の実を育てるかを選ぶことができます。
  • あなたの食洗機は「あなたを愛しています」とは言いません。それには選択肢がないからです。あなたは、ノーと言える自由があるからこそ、愛することができるのです。
  • 恵みには自由という当然の帰結があります。自由がなければ、愛は成り立たないのです。
  • 後戻りすることも可能ですが、そこには明確な結果が伴います。入ってきた時と同じ姿でその家を出ることになり、得ていた祝福を失い、古い性質が再び影響力を取り戻し、あなたが嫌っていたあの人にまた戻ってしまうのです。

3. 信仰は魔法ではなく、選択である

  • 信仰とは、ある日突然降ってくる神秘的なものではありません。それはひとつのプロセスであり、道であり、決断へと至る経験なのです。
  • この奴隷は6年間、自分の主人を知る経験をしてきました。その優しさ、守り、安心、愛を実際に味わってきたのです。彼はもはやしもべではなく、友となりました。
  • その家に留まるという決断は、逆戻りすることへの恐れだけによるものではありません。それは愛に基づく決断なのです。
  • 神様との関係を深めるためには、あなたは神様に愛されていることを受け入れる必要があります。それこそ、パウロが祈りの中で求めていることです。キリストの愛の広さ、長さ、深さ、高さを理解することです(エペソ3章)。
  • この奴隷の優先順位ははっきりしています。「私は私の主人と、妻と、子どもたちを愛している」。彼が留まるのは、受けた祝福のためだけではなく、自分の主人が誰であるかのためです。なぜなら、祝福は一時的に止まることがあるからです。

4. あなたの選択は公に確認され、そして更新される

  • 主人はその奴隷を、神様の前、そして証人たちの前で戸口に連れて行きます。この約束は記録され、ほぼ取り消しのきかないものとなります。これは公の誓いであるバプテスマを思い起こさせます。
  • その約束は目に見える形で示されます。錐で耳に穴を開けるのです。結婚指輪と同じように、このしるしは約束そのものだけでなく、その約束が結ばれた理由をも思い出させてくれます。
  • 記憶することは強力な武器です。だからこそ族長たちは祭壇を築き、神様は祭りを定め、イエス様は聖餐を制定され、私たちはバプテスマを受けるのです。
  • その約束は更新される必要があります。そうしないと、もう身につけなくなったピアスの穴のように塞がってしまいます。そうなると、信仰は宗教になってしまいます。
  • あなたが再び「穴を開け直す」ように招かれる時があります。もう一度戸口に来て、神様に「私はあなたの子どもであり続けることを選びます」と改めて告げ、契約を結び直す時です。

覚えておきたいポイント

  • あなたの神様は、どのような不慮の出来事であっても修復してくださる神様です。その恵み以上に強いものはありません。
  • 神様のもとでは、すべてに限りがあります。あなたの試練も、あなたの過ち、失敗も、あなたが受けている不当な扱いも。必ず7年目が訪れます。
  • 恵みはあなたをロボットに変えることはありません。あなたを自由にします。自由がなければ、真の愛はあり得ないからです。
  • 信仰は神秘的な感覚ではなく、ある道のり、あなたの主人の善良さと愛を経験することに基づく決断です。
  • クリスチャンの誓いは公に(バプテスマによって)結ばれ、定期的に更新される必要があります。そうでなければ、生き生きとした関係は単なる宗教へと滑り落ちてしまいます。

個人への適用

  1. 今日、どのような人生の不慮の出来事があなたを囚われの身にしているでしょうか。あなた自身が負うべき責任の部分と、7年目の解放への希望とを、神様の前に差し出すことができますか。
  2. 神様に対するあなたの自由は今どうなっていますか。愛する子どもとして神様に従っていますか、それとも、もう自分では選びたくないことを神様に「強制してもらう」のを待っていますか。
  3. 今、あなたの信仰は何の上に立っていますか。一時的な感情の上でしょうか、それともあなたの主人が善良な方であるという具体的な経験の上でしょうか。
  4. あなたが神様につながっているのは、神様が与えてくださるもののためですか、それとも神様がどなたであるかのためですか。もし祝福が一時的に止まったら、どうなるでしょうか。
  5. あなたのバプテスマの誓いは、更新される必要がありますか。あなたの人生の中で、「ピアスの穴」が塞がってしまい、生き生きとした関係から日常的な宗教へと変わってしまった場所はありませんか。

引用された聖句

よくある質問

奴隷制についての箇所が、なぜ神様の恵みを語ることができるのですか。

出エジプト記21章は、私たちが今日想像するような奴隷制を認めているわけではありません。この箇所が扱っているのは、借金を抱えたヘブライ人が、別のヘブライ人のもとで一時的に奴隷となる状況です。モーセの律法は年季奉公を6年に限定し、7年目には借金の額に関わらず自動的に解放されると定めています。この構造は、神様が私たちのためにしてくださることの象徴となります。神様は私たちの不慮の出来事を引き受け、私たちの試練に限りを設け、私たちを自由にし、神様の家に留まることを選ぶ人々と公に契約を結んでくださるのです。

神様が私を赦してくださるのなら、なぜ私は自分の過ちの結果をなお引き受けなければならないのですか。

このメッセージは二つの次元を区別しています。天においては、悔い改める者は完全に赦されます。イエス様の血で覆われ、その義をまとい、神様はもはやその人の過ちではなく、キリストの御業をご覧になるのです。しかし地上においては、私たちの行いには結果が伴い、私たちはそれを引き受けるように召されています。挙げられている例として、罪を犯した人は神様から赦されつつも、人間の裁きの前で答えなければならないことがあります。この責任は恵みと矛盾するものではなく、恵みのパートナーなのです。

神様との約束を更新するとはどういう意味ですか。

これは二度目の回心という意味ではありません。一度受けたバプテスマは、変わらぬ現実として残ります。しかし、心の約束は、もう身につけなくなったピアスの穴のように、年月や傷や日常の中で塞がってしまうことがあります。約束を更新するとは、定期的に戸口に立ち返り、自分の主人に「はい」と改めて告げ、聖霊によって再び穴を開けていただき、単なる宗教へと滑り落ちていた場所で、生き生きとした契約を結び直すことです。

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