信仰によって、永遠のいのちを日々生きる(ヨハネ14章)

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はじめに

ヨハネ14章は一つの対話です。イエス様と弟子たちは、最後の晩餐の食卓を囲みながら、問いと答えを交わし合います。ペテロは師のために死ぬと約束しましたが、イエス様は、鶏が鳴く前に彼がイエス様を知らないと言うだろうと告げられます。弟子たちの心は騒いでいました。彼らはすでにイエス様を信じていました。三年間、イエス様に従ってきたのです。それでもなお、この章の中でイエス様は彼らにこう繰り返されます。「神を信じなさい。また、わたしを信じなさい。」

これが、この扉を開く逆説です。イエス様を信じることは、旅の終わりではなく、登録のセレモニーのようなものなのです。永遠のいのちは、あなたが死ぬときに始まるのではありません。あなたが信じるときに始まるのです。そして毎日、それは聖霊があなたの内に生き生きと保ってくださる、神様との関係の中で生きられるものなのです。

この箇所は、あなたに毎日、この永遠のいのちを信仰によって生きるようにと招いています。過去の決断に寄りかかるのではなく、今日、道であり、真理であり、いのちであるお方に頼ることによってです。

説教の流れ

1. あなたの心を騒がせてはならない:さらに信じる

「あなたがたは、心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい」(ヨハネ14:1)。弟子たちはすでに信じていました。それなのに、なぜイエス様は改めて信じるようにと言われるのでしょうか。それは、信仰が過去に片づけられる一度きりの出来事ではないからです。波は何度も押し寄せてきます。毎日、それぞれの不安、重圧、恐れがやって来るのです。

イエス様を信じることは、嵐のない人生を約束してくれるわけではありません。それが約束してくれるのは、嵐に流されない心です。この違いは非常に大きなものです。あなたの騒ぎを鎮めるのは、あなたの才能でも、お金でも、経験でもありません。神様への信頼を新たにすることなのです。

2. わたしの父の家には:永遠のいのちは今日から始まる

「わたしの父の家には住まいがたくさんあります。わたしがあなたがたのために場所を用意しに行くのです」(ヨハネ14:2)。天国とは、まず第一に五部屋もあるような豪華な家のことではありません。それは出会いの場所です。イエス様と、顔と顔を合わせて、永遠に。

そしてこの関係は、死の向こう側であなたを待っているのではありません。それはすでにあなたに与えられているのです。永遠のいのちとは、神様を知ることです(ヨハネ17:3)。あなたは今、祈りの中で、御言葉の中で、兄弟姉妹との交わりの中で、それを味わうことができます。問いは「私はどこへ行くのか」ではなく、「私はすでに与えられているこの関係を、今日、どれほど味わっているだろうか」ということなのです。

3. わたしが道であり、真理であり、いのちである

トマスは尋ねます。「主よ。どこに行かれるのか、私たちにはわかりません。どうしてその道がわかるでしょうか。」イエス様は答えられます。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」(ヨハネ14:5〜6)。

この言葉は今日でも人々に衝撃を与えます。狭い教えだと感じる人もいます。しかしイエス様は、中途半端な立場を残しておられません。もしイエス様が真理であるなら、その方が語ることは真実です。すべてか、無か。心地よい教えだけを受け入れ、気に障る教えを退けることはできません。イエス様を信じるとは、その方がご自分を示された通りに受け入れることです。唯一の道、真実な言葉、与えられたいのちとして。

4. ピリポと父:言葉を信じる

ピリポは言います。「主よ、私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」イエス様は答えられます。「ピリポ、こんなに長い間あなたがたといっしょにいたのに、あなたはわたしを知らないのですか。わたしを見た人は父を見たのです」(ヨハネ14:8〜9)。

ピリポは、見てから信じたいと願っています。イエス様はあなたに、まず言葉を信じ、そしてそれから見るようにと招いておられます。これは、紅海を前にしたモーセの歩みと同じです。水が分かれる前に、杖を上げるのです(出エジプト記14章)。信仰は、見ることに先立ちます。そしてそのように歩むとき、神様のみわざが日々、あなたが求めていた証拠となっていくのです。

5. さらに大きなわざ:御名によって求める

「わたしを信じる者は、わたしが行うわざを彼も行い、またこれよりもさらに大きなわざを行います。……あなたがたが、わたしの名によって求めることは何でも、わたしがそれをしましょう」(ヨハネ14:12〜13)。

この約束は、あなたの願い事のための白紙委任状ではありません。それは、従順というまさにその領域における保証です。愛すること、赦すこと、親切であること、福音を告げ知らせることです。その領域において、あなたがイエス様の御名によって求めることを、イエス様は行ってくださいます。百パーセント確実に。試してみましょう。愛せない人を愛せるようにと祈ってみましょう。赦せるようにと祈ってみましょう。あなたの弱さの中で神様が立ち上がられるのを見ることになるでしょう。

6. もう一人の助け主:とどまり続ける聖霊

「わたしは父にお願いします。そうすれば、父は別の助け主をあなたがたに与えて、いつまでもあなたがたとともにおらせてくださいます。その方は真理の御霊です」(ヨハネ14:16〜17)。

ギリシア語ではパラクレートス、そばに呼ばれた者という意味です。御霊はエネルギーではなく、一人の人格です。御霊はあなたに未来を見せてくれるのではなく、あなたを従順にしてくださいます。御霊の働きは、あなたの自我を膨らませたり、あなたのわがままをかなえたりすることではありません。あなたを神様との関係の中にとどめ、イエス様の御言葉を思い起こさせ、あなたには不可能だと思えたことを可能にしてくださることなのです。

7. わたしの平安をあなたがたに与える

「わたしは、平安をあなたがたに残します。わたしの平安をあなたがたに与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのと同じようにではありません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。またおびえてはなりません」(ヨハネ14:27)。

イエス様の平安とは、試練から免除されることではありません。試練のただ中にある、その方の臨在です。あなたには二つの贈り物が与えられています。聖霊と、この平安です。それは、あなたの人生を楽なものにするためではなく、必ずしも楽ではないその人生の中で、あなたが立ち続けることができるためなのです。

覚えておきたいポイント

  • イエス様を信じることは出発点であり、終着点ではありません。あなたの信仰は、毎日、新たに確認される必要があります。
  • 心の騒ぎはまた戻ってきます。信仰は、その波を止めるのではなく、波の中であなたを立たせてくれるのです。
  • 天国は今日から始まっています。永遠のいのちとは、すでに神様を知ることなのです。
  • 聖霊は、あなたが従い、愛し、赦すことを助けてくださいます。あなたの自我を大きくするためではありません。
  • イエス様の平安とは、試練のただ中にあるその方の臨在であり、試練がないことではありません。

個人的な適用

  • 今、あなたの心を揺さぶっている波は何ですか。まず誰にそれを打ち明けますか。
  • 兄弟姉妹があなたに自分の問題について話すとき、あなたは連絡先や助言を提案しますか、それともまずその人と一緒に祈りますか。
  • あなたが愛せない人、あるいは赦せない人はいますか。もしあなたが「主よ、この人を愛せるようにしてください。赦せるようにしてください」と祈ったら、何が起こるでしょうか。
  • 今週、あなた自身の力からではない、神様のみわざがあなたを通して現れたのはいつでしたか。ある言葉、ある忍耐、ある行動として。
  • 日々の生活の中で、神様との関係をどのように味わっていますか。それは本物ですか、それとも日曜日だけの考えにとどまっていますか。

引用された聖句

よくある質問

「あなたがたのために場所を用意しに行く」とはどういう意味ですか。

イエス様は、五部屋もある天国の別荘のことを語っておられるのではありません。天国では、もはや結婚することもなく、眠ることもなく、誰も自分だけの家を必要としません。「場所を用意する」とは、交わりを用意することです。あなたがイエス様と、そしてイエス様を愛するすべての人々と、顔と顔を合わせて出会う場所と時間です。天国の宝とは、そのお方ご自身なのです。

なぜイエス様は唯一の道として示されているのですか。

それは、イエス様ご自身がそう言われたからです。もしイエス様が真理であるなら、その方が断言することは真実です。あの気に障る言葉も含めてです。「わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」もしこの点で嘘をついているなら、すべてについて嘘をついていることになり、何一つ成り立ちません。罪のないご自分のいのちを、罪人の身代わりとして与えられたのは、このお方ただひとりです。他のどの宗教も、このようなことを提供してはいません。

自分の人生の中で、聖霊の働きをどのように見分けることができますか。

それはめったに劇的な形では現れません。むしろ内面的で、持続的なものです。ちょうど良いときに思い浮かぶ考え、衝撃のただ中での思いがけない平安、もう望んでいなかったはずなのに愛したり赦したりできる力、あなたを傷つける人々に対する新しい反応などです。日々神様とともに歩み、御言葉を読み、祈りましょう。そうすれば、こうした小さなしるしが増えていくのを見ることになるでしょう。

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