要約
ヨタムの子アハズは、エルサレムで十六年間ユダを治めた王です。聖書は彼を不信仰な王と記し、自分の子に火の中を通らせ、ほかの神々を拝み、ついには神殿の戸を閉ざしたと伝えます。アラムとイスラエルの王に脅かされると、イザヤを通して主が示したしるしを拒み、アッシリアの助けを買い取りました。それでも、インマヌエル誕生の約束はこの王に告げられました(イザヤ書7章14節)。
アハズという名前の意味
アハズという名は、「つかむ」「保つ」を意味するヘブル語の動詞と結びつけられるのが一般的です。「主がつかまれた」を意味するエホアハズの短縮形と理解されることも多いですが、聖書はこの名について説明していません。
アハズの生涯
ダビデの道を歩まなかった王
列王記第二16章1-4節アハズは二十歳で王となり、エルサレムで十六年間治めます。父祖ダビデのようには、神である主の目にかなうことを行いませんでした。イスラエルの王たちの道を歩み、高き所や青々としたすべての木の下でいけにえをささげ、諸国民の忌むべき慣わしに倣って自分の子に火の中を通らせさえしました。
くすぶる二本の燃えさしを恐れるな
イザヤ書7章1-9節アラムの王レツィンとイスラエルの王ペカがエルサレムに攻め上ります。アハズとその民の心は、風に揺れる森の木々のように震えました。主はイザヤを上の池の水道のそばに遣わし、この二人の王はくすぶる燃えさしにすぎないと告げます。ただし、信じなければ堅く立つことはできないと警告しました。
拒まれたしるしとインマヌエルの約束
イザヤ書7章10-16節主はアハズに、深い所でも高い所でもしるしを求めるよう命じます。王は、私は求めない、主を試みないと答えて断ります。イザヤは神の忍耐を煩わせるものだと責め、主ご自身が与えるしるしとして、身ごもった女が男の子を産み、インマヌエルと名づけると告げます。マタイはこれをイエスの誕生に見ています(マタイ1章23節)。
アッシリアの王への訴え
列王記第二16章5-9節主に信頼する代わりに、アハズはアッシリアの王ティグラテ・ピレセルに、私はあなたのしもべ、あなたの子ですと使いを送り、神殿と王宮の銀と金を贈ります。アッシリアはダマスコを攻め取り、レツィンを殺しました。しかし歴代誌第二28章20-21節によれば、この王はやがてアハズを苦しめ、贈り物も助けになりませんでした。
ダマスコの祭壇を写す
列王記第二16章10-18節ダマスコで祭壇を見たアハズは、その図面を祭司ウリヤに送り、ウリヤはエルサレムに同じ祭壇を造ります。王はそこでいけにえをささげ、主の前にあった青銅の祭壇を動かしました。アッシリアの王のために神殿の備品も取り外し、ユダの礼拝は外国の強国の好みに合わせて作り変えられました。
閉ざされた神殿の戸
歴代誌第二28章22-27節苦難の中でも、アハズは主に罪を重ねます。助けてくれると考えてダマスコの神々にいけにえをささげましたが、それらは彼とイスラエル全体が倒れるもととなりました。神の宮の器具を打ち砕き、神殿の戸を閉ざして祭壇を増やします。死んだとき王たちの墓には葬られず、子ヒゼキヤが代わって王となりました。
聖書クイズに挑戦
アハズから学ぶこと
- 恐れは分かれ道です。神に向かわせることもあれば、結局は失望に終わる人間の助けに向かわせることもあります。
- 敬虔に聞こえる言葉の陰に、信頼の拒否が隠れていることがあります。しるしを求めようとしなかったアハズがそうでした。
- 信仰は、倒れずに立ち続けるための条件です。信じなければ、堅く立つことはできません。
- 神は不忠実な王に対しても約束に忠実です。インマヌエルは、このアハズに告げられました。
- 礼拝の手本を世の権力者に求めると、やがて神の家は空っぽになります。
鍵となる聖句
神はアハズに決定的な選択を迫ります。ユダの安全は同盟ではなく主への信頼にかかっています。ヘブル語では、信じることと堅く立つことが言葉遊びでつながっています。
王が拒んだしるしを、神はそれでも与えます。マタイはこの約束をイエスの誕生と結びつけ、インマヌエルは神が私たちとともにおられるという意味だと説明します(マタイ1章23節)。
歴代誌の記者はアハズの悲劇を強調します。苦難は彼を神のもとに戻さず、かえって罪の深みに沈めました。試練は頑なな心を自動的に和らげるわけではありません。
アハズについての説教
- インマヌエル:主はご自分の約束を守られる説教者は、アハズが祈る代わりに水道を点検していたことに注目します。彼は自分の手持ちの力に頼っていました。それでも神は、この偶像礼拝の王に慰めとインマヌエルの約束を語られます。
- 王として生まれたイエス様―もう見せかけはやめましょうメッセージは、アハズが信仰のある家庭の出身で、父は正しい人と記されていたことを思い起こさせます。それでも神に立ち返らず、当時の超大国アッシリアの王に助けを求めました(歴代誌第二28章16節)。
- ヨセフの葛藤、神が示された思いがけない答え説教者は、アハズの拒否を、見えるものと見えないものの間の選択と見ます。王は、目に見えない神よりも、確かで強いアッシリアを選びました。このジレンマは、困難なときの私たちにも重なります。
- ベツレヘムから来る希望:ミカ書5章の約束メッセージはミカ書5章をイザヤ書7章に結びつけます。悪い王アハズは偽りの敬虔さからしるしを拒みました。その姿に、神の忍耐を煩わせる人類全体が重なり、ベツレヘムに生まれる王の約束が与えられます。
よくある質問
なぜアハズは神のしるしを拒んだのですか。
アハズは、私は求めない、主を試みないと答えました(イザヤ書7章12節)。敬虔な言葉に聞こえますが、イザヤはそれを神の忍耐を煩わせるものと見ています。列王記第二16章7節は、アハズが主に拠り頼む代わりにアッシリアの王の助けを求めたことを示しています。
アハズという名はどういう意味ですか。
アハズという名は、「つかむ」「保つ」を意味するヘブル語の動詞と結びつけられるのが一般的で、「主がつかまれた」を意味するエホアハズの短縮形とも理解されます。聖書はこの名を説明していません。アハズはイエスの系図にも、ヨタムとヒゼキヤの間に名があります(マタイ1章9節)。
アハズの話は聖書のどこにありますか。
彼の治世は列王記第二16章と歴代誌第二28章に記され、後者は彼の敗北と神殿の戸の閉鎖も伝えています。イザヤとの出会いとインマヌエルの約束はイザヤ書7章にあります。イザヤ書1章1節、ホセア書1章1節、ミカ書1章1節も、これらの預言者の活動がアハズの時代に及ぶことを示しています。