要約
コラはイツハルの子で、ケハテ族のレビ人です。ダタン、アビラム、そして名のある二百五十人とともに、会衆全体が聖なるものだと言ってモーセとアロンに逆らいました(民数記16章1-3節)。モーセは、各自が火皿を主の前に持ち出す試みを提案します。翌日、大地が口を開いてコラ、ダタン、アビラムとその家族を呑み込み、火が二百五十人を焼き尽くしました(民数記16章31-35節)。ユダの手紙は、神が立てた権威を軽んじて滅びる者の例として、コラの反逆を挙げています。
コラという名前の意味
コラという名は、ヘブル語でコーラハまたはコレと読まれ、「はげ」あるいは「氷」を意味する語根に結びつけられることが多いですが、聖書は説明していません。聖書は彼を「レビの子ケハテの子イツハルの子」と紹介し(民数記16章1節)、モーセとアロンのいとこにあたる人としています。
コラの生涯
異議の申し立て
民数記16章1-3節コラは、ルベン族のダタン、アビラム、オン、そして名のある二百五十人とともに反逆しました。彼らはモーセとアロンに逆らって集まり、会衆全体が聖なるものであり主がその中におられるのに、なぜ主の集会の上に立つのかと責めます。霊的な言葉の陰に、神が定めた秩序の拒否が隠れていました。
祭司職まで求めるのか
民数記16章4-11節モーセはひれ伏し、火皿による試みを提案します。主が、だれが自分のものかを示されるからです。モーセはコラの本当の動機を明らかにしました。神はすでにレビ人を幕屋の奉仕に選ばれたのに、祭司職までも求めるのか、と。そして、コラとその仲間が集まっているのは主に逆らうことだと告げます。
主の前の火皿
民数記16章16-22節翌日、コラと二百五十人は火皿を持って会見の天幕の入口に立ち、モーセとアロンに向き合いました。コラは会衆全体を二人に逆らって集めます。主の栄光が現れ、神は会衆を滅ぼすと告げられました。モーセとアロンは、ひとりが罪を犯したのに全会衆に怒られるのですか、ととりなしました。
大地が口を開く
民数記16章23-35節民はコラ、ダタン、アビラムの天幕から離れました。モーセはしるしを告げます。主が前例のないことをされるなら、この者たちが主を侮ったと分かる、と。すると大地が口を開き、彼らとその家族、コラに属する人々とすべての持ち物を呑み込みました。主のもとから火が出て、香をささげていた二百五十人を焼き尽くしました。
イスラエルへの記念
民数記16章36-40節主はエルアザルに、焼け跡から火皿を取り出して祭壇をおおう板にするよう命じられました。それは、アロンの子孫でない者が主の前に香をたこうと近づいて、コラとその仲間のようにならないための、イスラエルの子らへの記念となります。しかし翌日、民はまたつぶやき、疫病が起こりました。
ユダの手紙におけるコラの反逆
ユダの手紙11節ユダは、教会に忍び込み、権威を軽んじる者たちを非難します。彼らはカインの道を行き、報酬のためにバラムの迷いに陥り、コラの反逆によって滅びた、と。こうしてコラは新約聖書の中で、神が定められた秩序に逆らう者の型となります。
聖書クイズに挑戦
コラから学ぶこと
- とても霊的な言葉が、個人的な野心を隠していることがあります。教会で自分が要求することの動機を吟味しましょう。
- 神はすでにコラに尊い奉仕の場所を与えておられました。他人の場所をうらやむより、自分の場所を感謝して受け取りましょう。
- 神が立てたしもべたちに逆らって集まることは、主ご自身に逆らって集まることだと、モーセは言いました。
- モーセは反逆に対し、ひれ伏してとりなしました。反対に遭ったときは、反撃の前にまず祈りましょう。
- ユダの警告は、コラの道が今日の教会にとっても誘惑であり続けることを示しています。
鍵となる聖句
コラとその仲間は、モーセとアロンが会衆の上に立っていると責めました。非難は敬虔に聞こえますが、神ご自身がしもべたちを選ばれたことを否定しています。
モーセはコラに、すでに受けている特権を思い起こさせます。神は彼を幕屋の奉仕のために近づけられました。コラの罪は、さらに祭司職まで求めたことでした。
大地はコラ、ダタン、アビラムと、彼らに属するすべてのものを呑み込みました。前例のないさばきは、モーセが自分からではなく主の命令で動いていたことを証しします。
ユダはコラの反逆を、カインの道とバラムの迷いと並べ、教会の中で権威を軽んじる者たちへの警告としています。
コラについての説教
- 誰に遣わされているのか:召しの四つの隠れた源ユダ11節と民数記16章から、牧師はコラを、自分で自分を遣わした者、神が委ねていない立場を自分に与えた者として示します。神の召しは奪うものではなく、受けるものです。
- 神に仕えること、神を利用しないことコラの反逆は、自分で自分を立て、モーセやアロンのように神が置かれたしもべたちを倒そうとする人の姿です。神への奉仕は天から下るもので、奪い取るものではありません。
- 神が定められた道によって神に近づく民数記15章から17章の学びは、コラ、ダタン、アビラムの反逆とアロンのとりなしを、どのように神に近づくかという問いへの答えとして読みます。神が定めた道と、神が選んだ仲介者によってです。
- 主が見つめる信仰:すべての人のための福音神に愛されていても、従順は免除されません。コラ、ダタン、アビラムはモーセとアロンに異議を唱え、大地が開きました。伝道者は、従順を伴わずに居座る信仰に警告します。
よくある質問
コラとは聖書のどんな人物ですか。
コラはレビ人で、イツハルの子、ケハテの孫にあたり、モーセとアロンのいとこです。ダタン、アビラム、イスラエルの二百五十人の指導者とともに二人に逆らい、祭司職を求めました(民数記16章)。大地が開いて彼と仲間たちを呑み込みました。ユダの手紙11節は、コラの反逆を警告として挙げています。
なぜコラはモーセに逆らったのですか。
コラは、会衆全体が聖なるものであり、モーセとアロンが会衆の上に立っていると主張しました(民数記16章3節)。モーセは本当の動機を明らかにします。神はすでにレビ人に幕屋の奉仕を与えられたのに、コラはさらに祭司職を求めたのです(民数記16章10節)。彼は神が定めた秩序を拒み、自分に委ねられていない立場をむさぼりました。
コラの物語は聖書のどこにありますか。
反逆の記事は民数記16章にあり、民数記17章では、アロンの杖が芽を出して祭司職を確証したことが語られます。民数記26章9-11節はこの出来事を思い起こし、コラの子らは死ななかったと記します。新約聖書では、ユダの手紙11節が、コラの反逆を避けるべき例の一つに挙げています。