聖書 — 口語訳 (1955)

イザヤ書 65

概要

イザヤ書65章は、民の祈りへの答えです。神は、ご自分を求めなかった者たちに見いだされ、反逆の民に手を差し伸べられたと語ります。続いて、食べて喜ぶ神のしもべたちと、神の喜ばないことを選んだ者たちを区別されます。そして章は、約束で開かれます。神は新しい天と新しい地を創造され、そこには涙がなく、長い命があり、被造物にまで平和が及びます。

この章の4つの区分

  1. 1-7節反逆の民に手を差し伸べる神
  2. 8-16節神のしもべたちと、悪を選んだ者たち
  3. 17-19節新しい天と新しい地、エルサレムの喜び
  4. 20-25節長い命、聞かれる祈り、被造物の平和

1わたしはわたしを求めなかった者に 問われることを喜び、わたしを尋ねなかった者に 見いだされることを喜んだ。わたしはわが名を呼ばなかった国民に言った、「わたしはここにいる、わたしはここにいる」と。

2よからぬ道に歩み、自分の思いに従うそむける民に、わたしはひねもす手を伸べて招いた。

3この民はまのあたり常にわたしを怒らせ、園の中で犠牲をささげ、かわらの上で香をたき、

4墓場にすわり、ひそかな所にやどり、豚の肉を食らい、憎むべき物の、あつものをその器に盛って、

5言う、「あなたはそこに立って、わたしに近づいてはならない。わたしはあなたと区別されたものだから」と。これらはわが鼻の煙、ひねもす燃える火である。

6見よ、この事はわが前にしるされた、「わたしは黙っていないで報い返す。そうだ、わたしは彼らのふところに、

7彼らの不義と、彼らの先祖たちの不義とを 共に報い返す。彼らが山の上で香をたき、丘の上でわたしをそしったゆえ、わたしは彼らのさきのわざを量って、そのふところに返す」と主は言われる。

8主はこう言われる、「人がぶどうのふさの中に、ぶどうのしるのあるのを見るならば、『それを破るな、その中に祝福があるから』と言う。そのようにわたしは、わがしもべらのために行って、ことごとくは滅ぼさない。

9わたしはヤコブから子孫をいだし、ユダからわが山々を受けつぐべき者をいだす。わたしが選んだ者はこれを受けつぎ、わがしもべらはそこに住む。

10シャロンは羊の群れの牧場となり、アコルの谷は牛の群れの伏す所となって、わたしを尋ね求めたわが民のものとなる。

11しかし主を捨て、わが聖なる山を忘れ、机を禍福の神に供え、混ぜ合わせた酒を盛って 運命の神にささげるあなたがたよ、

12わたしは、あなたがたを つるぎに渡すことに定めた。あなたがたは皆かがんでほふられる。あなたがたはわたしが呼んだときに答えず、わたしが語ったときに聞かず、わたしの目に悪い事をおこない、わたしの好まなかった事を選んだからだ」。

13それゆえ、主なる神はこう言われる、「見よ、わがしもべたちは食べる、しかし、あなたがたは飢える。見よ、わがしもべたちは飲む、しかし、あなたがたはかわく。見よ、わがしもべたちは喜ぶ、しかし、あなたがたは恥じる。

14見よ、わがしもべたちは心の楽しみによって歌う、しかし、あなたがたは心の苦しみによって叫び、たましいの悩みによって泣き叫ぶ。

15あなたがたの残す名は わが選んだ者には、のろいの文句となり、主なる神はあなたがたを殺される。しかし、おのれのしもべたちを、ほかの名をもって呼ばれる。

16それゆえ、地にあって おのれのために祝福を求める者は、真実の神によっておのれの祝福を求め、地にあって誓う者は、真実の神をさして誓う。さきの悩みは忘れられて、わが目から隠れうせるからである。

17見よ、わたしは新しい天と、新しい地とを創造する。さきの事はおぼえられることなく、心に思い起すことはない。

18しかし、あなたがたはわたしの創造するものにより、とこしえに楽しみ、喜びを得よ。見よ、わたしはエルサレムを造って喜びとし、その民を楽しみとする。

19わたしはエルサレムを喜び、わが民を楽しむ。泣く声と叫ぶ声は再びその中に聞えることはない。

20わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命の日を満たさない老人とは、もはやその中にいない。百歳で死ぬ者も、なお若い者とせられ、百歳で死ぬ者は、のろわれた罪びととされる。

21彼らは家を建てて、それに住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。

22彼らが建てる所に、ほかの人は住まず、彼らが植えるものは、ほかの人が食べない。わが民の命は、木の命のようになり、わが選んだ者は、その手のわざをながく楽しむからである。

23彼らの勤労はむだでなく、その生むところの子らは災にかからない。彼らは主に祝福された者のすえであって、その子らも彼らと共におるからである。

24彼らが呼ばないさきに、わたしは答え、彼らがなお語っているときに、わたしは聞く。

25おおかみと小羊とは共に食らい、ししは牛のようにわらを食らい、へびはちりを食物とする。彼らはわが聖なる山のどこでもそこなうことなく、やぶることはない」と主は言われる。

鍵となる聖句

1節
わたしはわたしを求めなかった者に 問われることを喜び、わたしを尋ねなかった者に 見いだされることを喜んだ。わたしはわが名を呼ばなかった国民に言った、「わたしはここにいる、わたしはここにいる」と。

神は、ご自分を求めなかった者たち、御名で呼ばれなかった国民にさえ見いだされたと語られます。パウロは、この節を引いて、福音が諸国民に開かれていることを語ります。

17節
見よ、わたしは新しい天と、新しい地とを創造する。さきの事はおぼえられることなく、心に思い起すことはない。

神は新しい天と新しい地を創造すると告げられ、以前のことはもはや思い出されません。この節は、黙示録21章が受け継ぐ希望を告げています。

19節
わたしはエルサレムを喜び、わが民を楽しむ。泣く声と叫ぶ声は再びその中に聞えることはない。

神はエルサレムをご自分の楽しみとし、その民を喜びとされ、そこにはもう泣く声も叫ぶ声も聞こえません。この節は、悲しみが消えた世界を描いています。

24節
彼らが呼ばないさきに、わたしは答え、彼らがなお語っているときに、わたしは聞く。

神は、民の祈りが終わらないうちに答えると約束されます。この節は、求めを待たせるのではなく、先回りしてくださる神の心遣いを表しています。

25節
おおかみと小羊とは共に食らい、ししは牛のようにわらを食らい、へびはちりを食物とする。彼らはわが聖なる山のどこでもそこなうことなく、やぶることはない」と主は言われる。

おおかみと小羊が聖なる山でともに草を食べ、そこなうことも滅ぼすこともありません。この姿は、暴力がやんだ、和解した被造物を描いています。

説教が語っていること

イザヤ書65章についてよくある質問

イザヤ書65章17節の新しい天と新しい地とはどういう意味ですか

神は、新しい天と新しい地を創造し、過去がもはや思い出されないほどにされると告げられます。それは、今の世界の修復というより、新しい創造です。新約聖書は黙示録21章でこの希望を受け継ぎ、その中心には、神が人々とともにおられることがあります。

イザヤ書65章20節の百歳で死ぬ者とはどういう意味ですか

この節は、誰も早死にしない世界を描いています。百歳で死ぬ者が、若者と見なされるのです。クリスチャンの中には千年王国を見る人もいれば、新しい地を見る人もいて、それがこの節に死があることの説明になります。そのため、この約束が成就する時期については、伝統によって見方が分かれます。

イザヤ書65章の中心的なメッセージは何ですか

神は、まず、ご自分を求めない者たちを求められ、反逆の民に手を差し伸べ続けてこられました。続いて、ご自分に仕える者と悪を選んだ者を区別されます。章は、涙のない新しい創造の約束へと進み、そこでは神が、呼び求められる前に答えてくださいます。

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