聖書 — 口語訳 (1955)

エゼキエル書 33

概要

エゼキエル書33章は、剣が近づくときにラッパを吹く見張り人の姿から始まります。神は預言者を見張り人として立てられました。彼は警告しなければならず、一人ひとりは、自分の応答に責任を負います。神は、悪人が死ぬことではなく、立ち返ることを望んでおられ、過去の正しさや罪だけが将来を決めるのではないと告げられます。エルサレム陥落の知らせのあと、この章は、預言者のことばを聞き心地のよい歌のように聞くだけで、実行しない民を告発します。

この章の4つの区分

  1. 1-9節見張り人とラッパ:警告することと責任
  2. 10-20節神は、悪人が立ち返って生きることを望まれる
  3. 21-29節エルサレムの陥落と、残された人々の幻想
  4. 30-33節預言者のことばを聞くだけで、実行しない民

1主の言葉がわたしに臨んだ、

2「人の子よ、あなたの民の人々に語って言え、わたしがつるぎを一つの国に臨ませる時、その国の民が彼らのうちからひとりを選んで、これを自分たちの見守る者とする。

3彼は国につるぎが臨むのを見て、ラッパを吹き、民を戒める。

4しかし人がラッパの音を聞いても、みずから警戒せず、ついにつるぎが来て、その人を殺したなら、その血は彼のこうべに帰する。

5彼はラッパの音を聞いて、みずから警戒しなかったのであるから、その血は彼自身に帰する。しかしその人が、みずから警戒したなら、その命は救われる。

6しかし見守る者が、つるぎの臨むのを見ても、ラッパを吹かず、そのため民が、みずから警戒しないでいるうちに、つるぎが臨み、彼らの中のひとりを失うならば、その人は、自分の罪のために殺されるが、わたしはその血の責任を、見守る者の手に求める。

7それゆえ、人の子よ、わたしはあなたを立てて、イスラエルの家を見守る者とする。あなたはわたしの口から言葉を聞き、わたしに代って彼らを戒めよ。

8わたしが悪人に向かって、悪人よ、あなたは必ず死ぬと言う時、あなたが悪人を戒めて、その道から離れさせるように語らなかったら、悪人は自分の罪によって死ぬ。しかしわたしはその血を、あなたの手に求める。

9しかしあなたが悪人に、その道を離れるように戒めても、その悪人がその道を離れないなら、彼は自分の罪によって死ぬ。しかしあなたの命は救われる。

10それゆえ、人の子よ、イスラエルの家に言え、あなたがたはこう言った、『われわれのとがと、罪はわれわれの上にある。われわれはその中にあって衰えはてる。どうして生きることができようか』と。

11あなたは彼らに言え、主なる神は言われる、わたしは生きている。わたしは悪人の死を喜ばない。むしろ悪人が、その道を離れて生きるのを喜ぶ。あなたがたは心を翻せ、心を翻してその悪しき道を離れよ。イスラエルの家よ、あなたはどうして死んでよかろうか。

12人の子よ、あなたの民の人々に言え、義人の義は、彼が罪を犯す時には、彼を救わない。悪人の悪は、彼がその悪を離れる時、その悪のために倒れることはない。義人は彼が罪を犯す時、その義のために生きることはできない。

13わたしが義人に、彼は必ず生きると言っても、もし彼が自分の義をたのんで、罪を犯すなら、彼のすべての義は覚えられない。彼はみずから犯した罪のために死ぬ。

14また、わたしが悪人に『あなたは必ず死ぬ』と言っても、もし彼がその罪を離れ、公道と正義とを行うならば、

15すなわちその悪人が質物を返し、奪った物をもどし、命の定めに歩み、悪を行わないならば、彼は必ず生きる。決して死なない。

16彼の犯したすべての罪は彼に対して覚えられない。彼は公道と正義とを行ったのであるから、必ず生きる。

17あなたの民の人々は『主の道は公平でない』と言う。しかし彼らの道こそ公平でないのである。

18義人がその義を離れて、罪を犯すならば、彼はこれがために死ぬ。

19悪人がその悪を離れて、公道と正義とを行うならば、彼はこれによって生きる。

20それであるのに、あなたがたは『主の道は公平でない』と言う。イスラエルの家よ、わたしは各自のおこないにしたがって、あなたがたをさばく」。

21わたしたちが捕え移された後、すなわち第十二年の十月五日に、エルサレムからのがれて来た者が、わたしのもとに来て言った、「町は打ち破られた」と。

22その者が来た前の夜、主の手がわたしに臨んだ。次の朝、その人がわたしのもとに来たころ、主はわたしの口を開かれた。わたしの口が開けたので、もはやわたしは沈黙しなかった。

23主の言葉がわたしに臨んだ、

24「人の子よ、イスラエルの地の、かの荒れ跡の住民らは、語り続けて言う、『アブラハムはただひとりで、なおこの地を所有した。しかしわたしたちの数は多い。この地はわれわれの所有として与えられている』と。

25それゆえ、あなたは彼らに言え、主なる神はこう言われる、あなたがたは肉を血のついたままで食べ、おのが偶像を仰ぎ、血を流していて、なおこの地を所有することができるか。

26あなたがたはつるぎをたのみ、憎むべき事をおこない、おのおの隣り人の妻を汚して、なおこの地を所有することができるか。

27あなたは彼らに言いなさい。主なる神はこう言われる、わたしは生きている。かの荒れ跡にいる者は必ずつるぎに倒れる。わたしは野の面にいる者を、獣に与えて食わせ、要害とほら穴とにいる者は疫病で死ぬ。

28わたしはこの国を全く荒す。彼の誇る力はうせ、イスラエルの山々は荒れて通る者もなくなる。

29彼らがおこなったすべての憎むべきことのために、わたしがこの国を全く荒す時、彼らはわたしが主であることを悟る。

30人の子よ、あなたの民の人々は、かきのかたわら、家の入口で、あなたの事を論じ、たがいに語りあって言う、『さあ、われわれは、どんな言葉が主から出るかを聞こう』と。

31彼らは民が来るようにあなたの所に来、わたしの民のようにあなたの前に座して、あなたの言葉を聞く。しかし彼らはそれを行わない。彼等は口先では多くの愛を現すが、その心は利におもむいている。

32見よ、あなたは彼らには、美しい声で愛の歌をうたう者のように、また楽器をよく奏する者のように思われる。彼らはあなたの言葉は聞くが、それを行おうとはしない。

33この事が起る時――これは必ず起る――そのとき彼らの中にひとりの預言者がいたことを彼らは悟る」。

鍵となる聖句

7節
それゆえ、人の子よ、わたしはあなたを立てて、イスラエルの家を見守る者とする。あなたはわたしの口から言葉を聞き、わたしに代って彼らを戒めよ。

神はエゼキエルを、イスラエルの家の見張り人として立てられます。彼は神のことばを聞き、自分からではなく、神に代わって警告しなければなりません。

11節
あなたは彼らに言え、主なる神は言われる、わたしは生きている。わたしは悪人の死を喜ばない。むしろ悪人が、その道を離れて生きるのを喜ぶ。あなたがたは心を翻せ、心を翻してその悪しき道を離れよ。イスラエルの家よ、あなたはどうして死んでよかろうか。

神は、悪人の死を喜ばず、その道から立ち返って生きることを望むと断言されます。これは章の中心であり、神が赦したいと願っておられることを、最もはっきり示す聖句の一つです。

14-16節
また、わたしが悪人に『あなたは必ず死ぬ』と言っても、もし彼がその罪を離れ、公道と正義とを行うならば、 すなわちその悪人が質物を返し、奪った物をもどし、命の定めに歩み、悪を行わないならば、彼は必ず生きる。決して死なない。 彼の犯したすべての罪は彼に対して覚えられない。彼は公道と正義とを行ったのであるから、必ず生きる。

罪から立ち返り、正義を行う悪人は生き、その罪は思い出されません。真の悔い改めは、奪ったものを返すといった具体的な行いにも現れます。

20節
それであるのに、あなたがたは『主の道は公平でない』と言う。イスラエルの家よ、わたしは各自のおこないにしたがって、あなたがたをさばく」。

民は、主の道は正しくないと言い、神は、一人ひとりをその道に従ってさばくと答えられます。神への不平は、それぞれの責任へと返されます。

31-32節
彼らは民が来るようにあなたの所に来、わたしの民のようにあなたの前に座して、あなたの言葉を聞く。しかし彼らはそれを行わない。彼等は口先では多くの愛を現すが、その心は利におもむいている。 見よ、あなたは彼らには、美しい声で愛の歌をうたう者のように、また楽器をよく奏する者のように思われる。彼らはあなたの言葉は聞くが、それを行おうとはしない。

民は群れをなしてエゼキエルのもとに来て、そのことばを聞きますが、行いません。預言者は彼らにとって、耳に心地よい歌い手のようです。危険なのは、聞くだけで従わないことです。

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説教が語っていること

エゼキエル書33章についてよくある質問

エゼキエル書33章の見張り人とは何を意味しますか

当時、城壁の上の見張りは、敵が近づくとラッパを吹きました。神はこの姿を、イスラエルの見張り人として立てられたエゼキエルに当てはめます。彼が警告したのに警告が無視されたなら、責任は聞かなかった人にあります。彼が黙っていたなら、神はその責任を彼に問われます。この章は、伝えられることばの重さを強調しています。

エゼキエル書33章11節には何と書かれていますか

神は、悪人の死を喜ばず、悪人がその道から立ち返って生きることを喜ばれると断言されます。神は民に、悪い道から立ち返るよう呼びかけ、なぜ死のうとするのかと問いかけます。この聖句は、さばきよりも赦しを望まれる神の姿を示しています。

なぜ神は、エゼキエル書33章12節から16節で、過去だけでは足りないと言われるのですか

これらの節は、正しい人の過去の義は、のちに不義に陥るなら彼を救わないこと、そして神に立ち返る悪人は生きることを説明しています。将来は、今日どちらに向かって進むかによって決まります。キリスト者はここに、悔い改めと忍耐への呼びかけを読み取ります。

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