聖書 — 口語訳 (1955)
コリント人への第一の手紙 5
概要
コリント人への第一の手紙5章で、パウロはコリントの教会が見過ごしている重大な罪に対応します。ある人が父の妻と公然と暮らしているのに、誰も心を痛めていないのです。パウロは、粉のかたまり全体をふくらませるパン種と、私たちの過越の小羊であるキリストのたとえを用いて、教会が行動するよう求めます。そして、世から逃げ出せと言っているのではなく、兄弟と呼ばれながら悪を続ける人と、教会の中で交わりを保たないようにと説明します。
この章の3つの区分
1現に聞くところによると、あなたがたの間に不品行な者があり、しかもその不品行は、異邦人の間にもないほどのもので、ある人がその父の妻と一緒に住んでいるということである。
2それだのに、なお、あなたがたは高ぶっている。むしろ、そんな行いをしている者が、あなたがたの中から除かれねばならないことを思って、悲しむべきではないか。
3しかし、わたし自身としては、からだは離れていても、霊では一緒にいて、その場にいる者のように、そんな行いをした者を、すでにさばいてしまっている。
4すなわち、主イエスの名によって、あなたがたもわたしの霊も共に、わたしたちの主イエスの権威のもとに集まって、
5彼の肉が滅ぼされても、その霊が主のさばきの日に救われるように、彼をサタンに引き渡してしまったのである。
6あなたがたが誇っているのは、よろしくない。あなたがたは、少しのパン種が粉のかたまり全体をふくらませることを、知らないのか。
7新しい粉のかたまりになるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたは、事実パン種のない者なのだから。わたしたちの過越の小羊であるキリストは、すでにほふられたのだ。
8ゆえに、わたしたちは、古いパン種や、また悪意と邪悪とのパン種を用いずに、パン種のはいっていない純粋で真実なパンをもって、祭をしようではないか。
9わたしは前の手紙で、不品行な者たちと交際してはいけないと書いたが、
10それは、この世の不品行な者、貪欲な者、略奪をする者、偶像礼拝をする者などと全然交際してはいけないと、言ったのではない。もしそうだとしたら、あなたがたはこの世から出て行かねばならないことになる。
11しかし、わたしが実際に書いたのは、兄弟と呼ばれる人で、不品行な者、貪欲な者、偶像礼拝をする者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪をする者があれば、そんな人と交際をしてはいけない、食事を共にしてもいけない、ということであった。
12外の人たちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき者は、内の人たちではないか。外の人たちは、神がさばくのである。
13その悪人を、あなたがたの中から除いてしまいなさい。
鍵となる聖句
彼の肉が滅ぼされても、その霊が主のさばきの日に救われるように、彼をサタンに引き渡してしまったのである。
パウロは、この人をサタンに引き渡すように求めます。つまり共同体から退けるということです。目的は滅びではなく救いです。主イエスの日に、その霊が救われるためです。
あなたがたが誇っているのは、よろしくない。あなたがたは、少しのパン種が粉のかたまり全体をふくらませることを、知らないのか。 新しい粉のかたまりになるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたは、事実パン種のない者なのだから。わたしたちの過越の小羊であるキリストは、すでにほふられたのだ。
少しのパン種が粉のかたまり全体をふくらませるように、限られた悪を容認することも、やがて共同体全体に及びます。パウロは、信じる者はすでに新しい粉のかたまりであり、そのように生きるべきだと思い起こさせます。
新しい粉のかたまりになるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたは、事実パン種のない者なのだから。わたしたちの過越の小羊であるキリストは、すでにほふられたのだ。 ゆえに、わたしたちは、古いパン種や、また悪意と邪悪とのパン種を用いずに、パン種のはいっていない純粋で真実なパンをもって、祭をしようではないか。
キリストは、ほふられた過越の小羊として示されています。そこから生まれる祭りは、物質的な儀式よりも、純粋さと真実のうちに祝われます。
外の人たちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき者は、内の人たちではないか。外の人たちは、神がさばくのである。 その悪人を、あなたがたの中から除いてしまいなさい。
教会は外の人をさばく必要はなく、それは神がなさることです。一方で、教会の名のもとにある人々の歩みには責任があります。これが教会の戒規の根拠となっています。
説教が語っていること
コリント人への第一の手紙5章についてよくある質問
コリント人への第一の手紙5章はどういう意味ですか
パウロは、コリントの教会に、重大で公然とした罪の中に生きている人を、もう教会の中で容認しないよう求めています。パン種が広がるかもしれない粉のかたまりにたとえられる共同体を守り、また当人の救いを願っています。この章は、教会が世の行いではなく、メンバーの聖さに責任を持つことを示しています。
「少しのパン種が粉のかたまり全体をふくらませる」とはどういう意味ですか
パン種は、少量で粉のかたまり全体を変える発酵のもとです。パウロはこれを使って、共同体の中で受け入れられた罪は孤立したままではなく、他のすべての人に影響を及ぼすと語ります。また、家からパン種を取り除いた過越の祭りにも触れ、信じる者に新しい生き方を呼びかけています。
コリント人への第一の手紙5章によれば、信じていない人との関係を断つべきですか
いいえ。パウロは9節と10節で、世から出て行けと言っているのではないと述べています。それは不可能だからです。彼の指示は、兄弟と呼ばれながら悪を続ける人に向けられており、そのような人と何事もないかのように交わってはいけないということです。外の人については、さばきを神にゆだねています。
コリント人への第一の手紙 5を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。