聖書 — 口語訳 (1955)
伝道の書 3
概要
伝道の書3章は、よく知られた時の詩で始まります。生まれるに時があり、死ぬに時があり、泣くに時があり、笑うに時があり、黙るに時があり、語るに時があります。伝道者は、神がすべてのことを時にかなって美しくなさり、人の心に永遠を思う思いを授けられたと語ります。それでも人は、神のわざを初めから終わりまで見きわめることができません。彼は神の賜物を喜ぶようすすめ、不正やさばき、人間のもろさにも触れています。
この章の4つの区分
1天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
2生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
3殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
4泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、
5石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
6捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、
7裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、
8愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
9働く者はその労することにより、なんの益を得るか。
10わたしは神が人の子らに与えて、ほねおらせられる仕事を見た。
11神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。
12わたしは知っている。人にはその生きながらえている間、楽しく愉快に過ごすよりほかに良い事はない。
13またすべての人が食い飲みし、そのすべての労苦によって楽しみを得ることは神の賜物である。
14わたしは知っている。すべて神がなさる事は永遠に変ることがなく、これに加えることも、これから取ることもできない。神がこのようにされるのは、人々が神の前に恐れをもつようになるためである。
15今あるものは、すでにあったものである。後にあるものも、すでにあったものである。神は追いやられたものを尋ね求められる。
16わたしはまた、日の下を見たが、さばきを行う所にも不正があり、公義を行う所にも不正がある。
17わたしは心に言った、「神は正しい者と悪い者とをさばかれる。神はすべての事と、すべてのわざに、時を定められたからである」と。
18わたしはまた、人の子らについて心に言った、「神は彼らをためして、彼らに自分たちが獣にすぎないことを悟らせられるのである」と。
19人の子らに臨むところは獣にも臨むからである。すなわち一様に彼らに臨み、これの死ぬように、彼も死ぬのである。彼らはみな同様の息をもっている。人は獣にまさるところがない。すべてのものは空だからである。
20みな一つ所に行く。皆ちりから出て、皆ちりに帰る。
21だれが知るか、人の子らの霊は上にのぼり、獣の霊は地にくだるかを。
22それで、わたしは見た、人はその働きによって楽しむにこした事はない。これが彼の分だからである。だれが彼をつれていって、その後の、どうなるかを見させることができようか。
鍵となる聖句
天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
「すべてのわざには時がある」。人生には、私たちが選べるわけではない季節があります。この聖句は、つらい時も含めて、神が保っておられる秩序の中にあるものとして、それぞれの時を受け入れるよう招いています。
神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。
「神のなされることは皆その時にかなって美しい」。神は人の心に、過ぎゆくものでは満たされない永遠への思いを置かれました。それでも私たちは、神の計画の全体を見ることはできません。
わたしは知っている。人にはその生きながらえている間、楽しく愉快に過ごすよりほかに良い事はない。 またすべての人が食い飲みし、そのすべての労苦によって楽しみを得ることは神の賜物である。
知恵ある者は、日々の働きや食事、暮らしの中にある良いものを味わうようすすめます。それを目的そのものではなく、神からの賜物として見ています。
わたしは知っている。すべて神がなさる事は永遠に変ることがなく、これに加えることも、これから取ることもできない。神がこのようにされるのは、人々が神の前に恐れをもつようになるためである。
神のなさることは永遠に変わらず、加えることも取ることもできません。この確かさは、神への畏れ、つまり信頼に満ちた敬いへと導きます。
わたしは心に言った、「神は正しい者と悪い者とをさばかれる。神はすべての事と、すべてのわざに、時を定められたからである」と。
不正を前にして、知恵ある者は、正しい者と悪い者をさばかれる神に目を向けます。いま見える不正が、最後の言葉ではありません。
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説教が語っていること
伝道の書3章についてよくある質問
伝道の書の「すべてのわざには時がある」とはどういう意味ですか。
伝道者は、生まれることと死ぬこと、泣くことと笑うこと、黙ることと語ることなど、人生の対照的な場面を並べます。すべてが同じ価値だと言うのではなく、人生には季節があり、その進み方を神が握っておられると言っています。つらい時をとばそうとせず、いま自分がどの時にいるのかを見分けるよう招かれています。
11節で心に授けられた永遠とは何ですか。
11節は、人が、続くこと、意味、無限への願いを内に持っており、過ぎゆくものではそれが満たされないと語っています。同時に、人は神のみわざ全体を理解することはできません。多くのクリスチャンは、そこに神ご自身への渇きの跡を見ますが、聖書本文はそこまで述べていません。
伝道の書3章のメッセージは何ですか。
この章は、へりくだりと信頼へ招いています。私たちは人生の季節を支配できず、神の計画のすべてを理解することもできませんが、神はすべてを時にかなって良くしてくださいます。先の見えない中で、知恵ある者は、日々の賜物を喜んで受け、神を畏れるようすすめています。
伝道の書 3を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。