キリスト教の葬儀・召天式で読まれる聖書の言葉20選:復活の希望と遺族への慰め

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はじめに

日本のキリスト教の葬儀は、前夜式、葬儀(告別式)、火葬、納骨式と進み、その後も召天一周年などの記念会が持たれることがあります。多くの教会では、焼香の代わりに献花をします。形式は教会や地域によって異なります。口語訳から選んだこの20の言葉は、四つのテーマに分かれています。復活と永遠の命の希望、天の住まいに迎えられること、遺族に寄り添う慰め、そして召された方を神の手に委ねることです。式の聖書朗読に、弔電やお悔やみのカードに、静かな祈りの時間にお使いください。

復活と永遠の命の希望

1. ヨハネによる福音書3章16節

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった、御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである、とヨハネは書きます。葬儀でよく読まれる、福音の中心を表す言葉です。召された方も、残された私たちも、神の愛の中にあることを静かに思い起こしましょう。 ヨハネによる福音書3章を全部読む.

2. ヨハネによる福音書5章24節

「よくよくあなたがたに言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、またさばかれることがなく、死から命に移っているのである。」

イエスは、わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、死から命に移っている、と言われました。永遠の命は、死のあとに始まるものではなく、キリストを信じる者がすでに受けているものです。この確信が、別れの悲しみの中にも希望を与えます。 ヨハネによる福音書5章を全部読む.

3. コリント人への第二の手紙4章14節

「それは、主イエスをよみがえらせたかたが、わたしたちをもイエスと共によみがえらせ、そして、あなたがたと共にみまえに立たせて下さることを、知っているからである。」

主イエスをよみがえらせたかたが、わたしたちをもイエスと共によみがえらせ、みまえに立たせて下さる、とパウロは言います。復活は、キリストの出来事であると同時に、信じる者にとっての約束です。また会える日が来るという希望は、遺族の心を支える大きな力になります。 コリント人への第二の手紙4章を全部読む.

4. ピリピ人への手紙1章21節

「わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。」

わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である、とパウロは語ります。信仰に生きた方の生涯を振り返るとき、その人にとって生きることはキリストであったと、感謝を込めて思い起こせます。死は終わりではなく、主と共にいることの始まりです。 ピリピ人への手紙1章を全部読む.

5. テサロニケ人への第一の手紙5章10節

「キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである。」

キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである、とパウロは書きます。生きている時も、死んだ後も、私たちはキリストと共にあります。召された方を神に委ね、残された私たちも主と共に歩むことを確かめる言葉です。 テサロニケ人への第一の手紙5章を全部読む.

天の住まいに迎えられる

6. コリント人への第二の手紙5章1節

「わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている。」

この地上の幕屋がこわれても、神からいただく、天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている、とパウロは語ります。体は幕屋のように、いつか終わりを迎えます。それでも、神が備えてくださる永遠の住まいがあります。召天式でも読まれる慰めの言葉です。 コリント人への第二の手紙5章を全部読む.

7. コリント人への第二の手紙5章8節

「それで、わたしたちは心強い。そして、むしろ肉体から離れて主と共に住むことが、願わしいと思っている。」

むしろ肉体から離れて主と共に住むことが、願わしいと思っている、とパウロは言います。死は、主と共に住むことでもあります。長く病気で苦しんだ方や、高齢で召された方について、その苦しみが終わり、主のもとで安らいでいると信じる希望を、この言葉は与えてくれます。 コリント人への第二の手紙5章を全部読む.

8. 詩篇23篇6節

「わたしの生きているかぎりは 必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。」

わたしの生きているかぎりは必ず恵みといつくしみとが伴う、わたしはとこしえに主の宮に住む、と詩人は歌います。この詩篇23篇は、日本の葬儀でも親しまれています。生涯のすべての日に神の恵みが伴い、最後には主の家に迎えられるという確信が、遺族の心を静かに支えます。 詩篇23篇を全部読む.

9. ヨハネによる福音書14章2節

「わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。」

イエスは、わたしの父の家には、すまいがたくさんある、あなたがたのために場所を用意しに行くのだから、と語られました。悲しむ弟子たちに向けて、別れの前に語られた約束です。召された方のために、父の家に場所が備えられていると信じることは、別れの悲しみを和らげてくれます。 ヨハネによる福音書14章を全部読む.

10. 詩篇73篇24節

「あなたはさとしをもってわたしを導き、その後わたしを受けて栄光にあずからせられる。」

あなたはさとしをもってわたしを導き、その後わたしを受けて栄光にあずからせられる、と詩人は告白します。神は生涯を導き、最後には受け入れてくださる方です。召された方の歩みをふり返り、導いてくださった神に感謝をささげるときに、ふさわしい言葉です。 詩篇73篇を全部読む.

遺族に寄り添う慰め

11. イザヤ書43章2節

「あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を行くとき、焼かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない。」

あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる、と神は語られます。悲しみは、水や火の中を通るような経験です。その中で、神は遺族と共におられます。悲しみが消えるという約束ではありませんが、押しつぶされないよう、神が共に歩んでくださるという約束です。 イザヤ書43章を全部読む.

12. 哀歌3章31-32節

「主はとこしえにこのような人を 捨てられないからである。 彼は悩みを与えられるが、そのいつくしみが豊かなので、またあわれみをたれられる。」

主はとこしえに捨てられない、悩みを与えられるが、そのいつくしみが豊かなので、またあわれみをたれられる、と哀歌は告白します。愛する人を失うことは、神から見捨てられたように感じられるほどつらい出来事です。けれども神のあわれみは、悲しみのあとに必ず届くと、この言葉は伝えます。 哀歌3章を全部読む.

13. 詩篇62篇5節

「わが魂はもだしてただ神をまつ。わが望みは神から来るからである。」

わが魂はもだしてただ神をまつ、わが望みは神から来る、と詩人は祈ります。葬儀の準備や手続きに追われ、悲しむ時間さえない遺族にとって、神を待ち望む静かな時間は大切です。短い間でも静かに座り、神に望みを置く祈りを、心の中で唱えてみましょう。 詩篇62篇を全部読む.

14. 詩篇34篇18節

「主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。」

主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる、と詩篇は言います。喪失の悲しみは、心が砕かれるほど深いものです。そのような時、神は遠くからではなく、一番近くで寄り添ってくださいます。無理に泣き止もうとせず、そのまま神の前にいてください。 詩篇34篇を全部読む.

15. マタイによる福音書5章4節

「悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。」

イエスは、悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう、と言われました。悲しむことは、愛した人を大切に思っていた証しです。その悲しみを神は決して軽く見られません。葬儀に参列する人も、遺族の悲しみに寄り添い、静かに共にいることで、この慰めを分かち合えます。 マタイによる福音書5章を全部読む.

召された方を神の手に委ねる

16. 詩篇31篇5節

「わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。主、まことの神よ、あなたはわたしをあがなわれました。」

わたしは、わが魂をみ手にゆだねます、と詩人は祈りました。イエスも十字架の上で、父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます、と祈られました。召された方の魂を、愛と恵みに満ちた神の手に委ねる、葬儀の祈りにふさわしい言葉です。遺族も、悲しみを抱えたままこの祈りを唱えられます。 詩篇31篇を全部読む.

17. 伝道の書12章7節

「ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。」

ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る、と伝道者の書は語ります。人の体は土に帰りますが、命を授けてくださった神のもとへ霊は帰ります。火葬や納骨の場面で、この言葉を読む教会もあります。命は神から来て、神に帰るという聖書の見方を示す言葉です。 伝道の書12章を全部読む.

18. 伝道の書3章1-2節

「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、」

天が下のすべての事には季節があり、生るるに時があり、死ぬるに時がある、と伝道者の書は語ります。人の死も、神の定められた時の中にあります。早すぎる別れに感じるときも、私たちには理解できない時もありますが、その時を決めるのは神です。この神に委ねる祈りを学びます。 伝道の書3章を全部読む.

19. テモテへの第二の手紙4章7-8節

「わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。 今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。」

パウロは、わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした、と書きました。信仰を守って生きた方の生涯に、この言葉を重ねる人は多くいます。故人の歩みを思い起こしながら、その生涯に働いた神の恵みを感謝し、残された人たちも信仰を受け継ぎましょう。 テモテへの第二の手紙4章を全部読む.

20. テサロニケ人への第一の手紙4章13節

「兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである。」

パウロは、眠っている人々については、無知でいてもらいたくない、望みを持たない人々のように悲しむことのないためである、と書きます。悲しむな、ではなく、望みのない悲しみ方をするな、という言葉です。悲しみの中にも復活の望みを持てるという慰めを、この言葉は与えます。 テサロニケ人への第一の手紙4章を全部読む.

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よくある質問

キリスト教の葬儀はどのように行われますか。

多くの教会では、牧師の司式で、讃美歌、聖書朗読、説教、祈りが行われ、焼香の代わりに献花をします。教会ごと、地域ごとに形式が異なり、前夜式や告別式、納骨式の進め方も違うことがあります。事前に牧師に確認してください。

葬儀で読まれることの多い聖書の言葉は何ですか。

詩篇23篇、ヨハネによる福音書11章25節と26節、14章1節から3節、コリント人への第二の手紙5章1節などがよく読まれます。故人の愛した聖句があれば、遺族の希望として牧師に伝えることもできます。

仏式の親族がいる場合は、どうすればよいですか。

親族の習慣や思いを尊重し、事前によく話し合うことが大切です。故人を送る気持ちは、宗教が違っても同じです。お互いの形式を批判せず、故人への感謝と悲しみを共にする姿勢を大切にしてください。必要なときは、牧師にも相談しましょう。

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