聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 31
概要
詩篇31篇は、聖歌隊の指揮者にゆだねられたダビデの詩です。ダビデの中では信頼と苦しみが交互に現れます。彼は岩であり城である神のもとに逃れ、み手に魂をゆだねます。そのあと、悲しみ、孤立、あざけりという深い苦しみを語ります。やがて、あなたの恵みはいかに大いなるものでしょうと叫びます。詩篇は、主を待ち望むすべての人への励ましで結ばれます。イエスは十字架の上で、この詩篇の言葉を口にされました。
この章の5つの区分
1主よ、わたしはあなたに寄り頼みます。とこしえにわたしをはずかしめず、あなたの義をもってわたしをお助けください。
2あなたの耳をわたしに傾けて、すみやかにわたしをお救いください。わたしのためにのがれの岩となり、わたしを救う堅固な城となってください。
3まことに、あなたはわたしの岩、わたしの城です。み名のためにわたしを引き、わたしを導き、
4わたしのためにひそかに設けた網から わたしを取り出してください。あなたはわたしの避け所です。
5わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。主、まことの神よ、あなたはわたしをあがなわれました。
6あなたはむなしい偶像に心を寄せる者を憎まれます。しかしわたしは主に信頼し、
7あなたのいつくしみを喜び楽しみます。あなたがわたしの苦しみをかえりみ、わたしの悩みにみこころをとめ、
8わたしを敵の手にわたさず、わたしの足を広い所に立たせられたからです。
9主よ、わたしをあわれんでください。わたしは悩み苦しんでいます。わたしの目は憂いによって衰え、わたしの魂も、からだもまた衰えました。
10わたしのいのちは悲しみによって消えゆき、わたしの年は嘆きによって消えさり、わたしの力は苦しみによって尽き、わたしの骨は枯れはてました。
11わたしはすべてのあだにそしられる者となり、隣り人には恐れられ、知り人には恐るべき者となり、ちまたでわたしを見る者は避けて逃げます。
12わたしは死んだ者のように人の心に忘れられ、破れた器のようになりました。
13まことに、わたしは多くの人のささやくのを聞きます、「至る所に恐るべきことがある」と。彼らはわたしに逆らってともに計り、わたしのいのちを取ろうと、たくらむのです。
14しかし、主よ、わたしはあなたに信頼して、言います、「あなたはわたしの神である」と。
15わたしの時はあなたのみ手にあります。わたしをわたしの敵の手と、わたしを責め立てる者から救い出してください。
16み顔をしもべの上に輝かせ、いつくしみをもってわたしをお救いください。
17主よ、わたしはあなたに呼ばわります、わたしをはずかしめないでください。悪しき者に恥をうけさせ、彼らに声をあげさせずに陰府に行かせてください。
18高ぶりと侮りとをもって正しい者をみだりにそしる 偽りのくちびるをつぐませてください。
19あなたを恐れる者のためにたくわえ、あなたに寄り頼む者のために 人の子らの前に施されたあなたの恵みは いかに大いなるものでしょう。
20あなたは彼らをみ前のひそかな所に隠して 人々のはかりごとを免れさせ、また仮屋のうちに潜ませて 舌の争いを避けさせられます。
21主はほむべきかな、包囲された町のようにわたしが囲まれたとき、主は驚くばかりに、いつくしみをわたしに示された。
22わたしは驚きあわてて言った、「わたしはあなたの目の前から断たれた」と。しかしわたしがあなたに助けを呼び求めたとき、わたしの願いを聞きいれられた。
23すべての聖徒よ、主を愛せよ。主は真実な者を守られるが、おごりふるまう者にはしたたかに報いられる。
24すべて主を待ち望む者よ、強くあれ、心を雄々しくせよ。
鍵となる聖句
わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。主、まことの神よ、あなたはわたしをあがなわれました。
「わたしは、わが魂をみ手にゆだねます」。ダビデは自分のいのちを神にゆだねます。イエスは十字架の上で息を引き取るとき、ルカによる福音書23章46節で、この言葉を「父よ」と呼びかけて口にされました。
わたしの時はあなたのみ手にあります。わたしをわたしの敵の手と、わたしを責め立てる者から救い出してください。
「わたしの時はあなたのみ手にあります」。つらい季節も、神の手の届かないところにはありません。この節は、恐れを否定することなく、支配しようとする手を離すよう招いています。
あなたを恐れる者のためにたくわえ、あなたに寄り頼む者のために 人の子らの前に施されたあなたの恵みは いかに大いなるものでしょう。
この詩篇の感嘆の言葉です。神の恵みは、神を恐れ、神に寄り頼む人々のためにたくわえられています。それはただ約束されているだけでなく、目に見える形で施されます。
わたしは驚きあわてて言った、「わたしはあなたの目の前から断たれた」と。しかしわたしがあなたに助けを呼び求めたとき、わたしの願いを聞きいれられた。
ダビデは、慌てて、自分は神の目の前から断たれたと言ったことを認めます。しかしそれは間違いでした。神は彼の祈りを聞いておられたからです。誠実な疑いは、神のみ前から人を締め出すものではありません。
説教が語っていること
詩篇31篇についてよくある質問
「わが魂をみ手にゆだねます」(詩篇31篇5節)とはどういう意味ですか
ダビデは、自分のいのちも、恐れも、将来も、信頼する神にゆだねています。イエスは十字架の上で、父に呼びかけながらこの言葉を口にされました(ルカ23章46節)。多くのクリスチャンが、夜や死が近づくとき、神の真実に自分をゆだねる祈りとして、この言葉を祈ります。
詩篇31篇は誰が書いたのですか
表題は、聖歌隊の指揮者のためのダビデの作としています。本文には、迫害され、孤立し、疲れ果てた人が描かれており、サウルから逃れていた年月を思わせます。詩篇は具体的な出来事を示していないので、ほかの苦しみの中でも祈りやすくなっています。
試練の中で詩篇31篇をどう祈ればよいですか
1節から5節で、神が岩であり、城であり、避け所であることを神に思い起こしてもらうことから始めます。次に9節から13節で、自分が味わっていることを正直に神に語ります。そして15節の「わたしの時はあなたのみ手にあります」と祈り、24節で踏みとどまる力を願って閉じてください。
詩篇 31を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。