聖書 — 口語訳 (1955)
テサロニケ人への第一の手紙 2
概要
テサロニケ人への第一の手紙2章で、パウロは、自分と同労者たちがテサロニケでどのように福音を語ったかを思い起こさせます。へつらいもなく、むさぼりもなく、心を見分ける神に喜ばれるためでした。パウロは自分の振る舞いを、やさしく育てる母と、勧める父という二つのたとえで描きます。そして、テサロニケの人々が神の言を、神の言として受けいれたことを神に感謝します。続けて、彼らの苦しみ、再会への願い、そして彼らが自分にとってどれほどの喜びであるかを語ります。
この章の4つの区分
1兄弟たちよ。あなたがた自身が知っているとおり、わたしたちがあなたがたの所にはいって行ったことは、むだではなかった。
2それどころか、あなたがたが知っているように、わたしたちは、先にピリピで苦しめられ、はずかしめられたにもかかわらず、わたしたちの神に勇気を与えられて、激しい苦闘のうちに神の福音をあなたがたに語ったのである。
3いったい、わたしたちの宣教は、迷いや汚れた心から出たものでもなく、だましごとでもない。
4かえって、わたしたちは神の信任を受けて福音を託されたので、人間に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を見分ける神に喜ばれるように、福音を語るのである。
5わたしたちは、あなたがたが知っているように、決してへつらいの言葉を用いたこともなく、口実を設けて、むさぼったこともない。それは、神があかしして下さる。
6また、わたしたちは、キリストの使徒として重んじられることができたのであるが、あなたがたからにもせよ、ほかの人々からにもせよ、人間からの栄誉を求めることはしなかった。
7むしろ、あなたがたの間で、ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。
8このように、あなたがたを慕わしく思っていたので、ただ神の福音ばかりではなく、自分のいのちまでもあなたがたに与えたいと願ったほどに、あなたがたを愛したのである。
9兄弟たちよ。あなたがたはわたしたちの労苦と努力とを記憶していることであろう。すなわち、あなたがたのだれにも負担をかけまいと思って、日夜はたらきながら、あなたがたに神の福音を宣べ伝えた。
10あなたがたもあかしし、神もあかしして下さるように、わたしたちはあなたがた信者の前で、信心深く、正しく、責められるところがないように、生活をしたのである。
11そして、あなたがたも知っているとおり、父がその子に対してするように、あなたがたのひとりびとりに対して、
12御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである。
13これらのことを考えて、わたしたちがまた絶えず神に感謝しているのは、あなたがたがわたしたちの説いた神の言を聞いた時に、それを人間の言葉としてではなく、神の言として――事実そのとおりであるが――受けいれてくれたことである。そして、この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。
14兄弟たちよ。あなたがたは、ユダヤの、キリスト・イエスにある神の諸教会にならう者となった。すなわち、彼らがユダヤ人たちから苦しめられたと同じように、あなたがたもまた同国人から苦しめられた。
15ユダヤ人たちは主イエスと預言者たちとを殺し、わたしたちを迫害し、神を喜ばせず、すべての人に逆らい、
16わたしたちが異邦人に救の言を語るのを妨げて、絶えず自分の罪を満たしている。そこで、神の怒りは最も激しく彼らに臨むに至ったのである。
17兄弟たちよ。わたしたちは、しばらくの間、あなたがたから引き離されていたので――心においてではなく、からだだけではあるが――なおさら、あなたがたの顔を見たいと切にこいねがった。
18だから、わたしたちは、あなたがたの所に行こうとした。ことに、このパウロは、一再ならず行こうとしたのである。それだのに、わたしたちはサタンに妨げられた。
19実際、わたしたちの主イエスの来臨にあたって、わたしたちの望みと喜びと誇の冠となるべき者は、あなたがたを外にして、だれがあるだろうか。
20あなたがたこそ、実にわたしたちのほまれであり、喜びである。
鍵となる聖句
かえって、わたしたちは神の信任を受けて福音を託されたので、人間に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を見分ける神に喜ばれるように、福音を語るのである。
パウロは、神から福音を託されたので、人間にではなく、神に喜ばれるように語ると述べます。心を見分ける神に、自分が吟味されていることを知っています。
むしろ、あなたがたの間で、ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。
パウロは、子供を育てる母のたとえを選びます。それによって、権威ではなく、やさしさと近さに基づく働きを示しています。
そして、あなたがたも知っているとおり、父がその子に対してするように、あなたがたのひとりびとりに対して、 御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである。
母のたとえのあとは、父のたとえです。御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、さとしました。
これらのことを考えて、わたしたちがまた絶えず神に感謝しているのは、あなたがたがわたしたちの説いた神の言を聞いた時に、それを人間の言葉としてではなく、神の言として――事実そのとおりであるが――受けいれてくれたことである。そして、この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。
パウロは、テサロニケの人々が、そのメッセージを人間の言葉としてではなく、神の言として受けいれたことを喜びます。「この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである」。
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説教が語っていること
テサロニケ人への第一の手紙2章についてよくある質問
テサロニケ人への第一の手紙2章7節の、母のたとえは何を意味していますか。
パウロは、テサロニケの人々への自分の態度を、子供をやさしく育てる母にたとえています。権威を持って来たのではなく、やさしさと愛情をもって来て、福音だけでなく自分のいのちまでも与えたいと願ったという意味です。このたとえは、愛に基づく働きを理解する助けになります。
テサロニケ人への第一の手紙2章の中心的なメッセージは何ですか。
パウロは、自分の働きの誠実さを思い起こさせます。神に喜ばれるように、やさしく、だれにも負担をかけまいと日夜はたらきながら福音を語りました。そして、迫害の中でも神の言を神の言として受けいれたテサロニケの人々の信仰を喜びます。この章は、謙遜で愛情深い牧会の奉仕の模範を示しています。
13節で、パウロが神の言がうちに働いていると語るのは、どういう意味ですか。
パウロは、テサロニケの人々が自分のメッセージを、人間の言葉としてではなく、神ご自身の言として受けいれたことを神に感謝します。そして、この神の言は、信じる者のうちに働いていると加えます。この節は、聖書の権威と、信仰をもって受けいれる人の生き方を変える力を語っています。
テサロニケ人への第一の手紙 2を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。