はじめに
何があれば、あなたの人生は「今日死んでもいい」と言えるほど幸せになるでしょうか。田中信生師は、2026年9月27日、日本の米沢興譲教会での礼拝メッセージを、この問いかけから始めました。その答えは、使い古されたひとつの言葉、「愛」です。健康も学歴もお金もなくても、愛があれば、すべての扉が開きます。
この日の聖書箇所は、1ヨハネ4:7-8です。「愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生まれた者であって、神を知っている。愛さない者は、神を知らない。神は愛である。」
問題は、愛とは何かを知っているかどうかだ、と田中師は語ります。師は、子どもにも分かる簡単な定義を示します。愛されるとは、自分にはその価値がないと思っているのに、尊いものとして扱われることです。そのうえで、人間が築き上げる愛と神から来る愛を区別し、神があなたをどれほど大切に思っておられるかを、いくつかの段階に分けて示していきます。
メッセージの流れ
1. 愛を表す4つのギリシア語
- 聖書の「愛」という言葉はギリシア語に由来し、ギリシア語には、すべて「愛」と訳される4つの言葉があります。親と子の愛であるストルゲー、兄弟愛であるフィリア、エロス、そして神の愛であるアガペーです。
- アガペーを知り、それがあなたの人生の一部になるとき、あなたの人生は変えられます。それだけではありません。この愛はあなたを通って流れ、周りの人々をも変えます。「あなたにはできません。けれども、あなたの人生を通るアガペーがそれをするのです。」
- 師はここから一つの原則を引き出します。生きるための唯一の条件は、愛されること、つまり尊い存在として扱われることです。
2. 尊い存在であること、生きるための条件
- 1980年代のルーマニアでは、政権が国を強くするために人口を増やそうとしました。子どもたちは大量に施設に入れられ、師によればその数は17万人にものぼったといいます。食事は与えられましたが、多くの子どもが病気になり、亡くなりました。
- 理由は単純で、ぬくもりが足りなかったからです。人間は、鶏を飼うようには育てられません。宝よりも大切に思ってくれる母親の腕に抱かれることが必要なのです。
- 世の中は、人の価値をお金や学歴で測ります。師が招かれたある施設で、高齢の男性がこう言いました。「早く死にたい。家族ももう来ない。私は迷惑をかけるだけだ。」
- 田中師は答えます。たとえ体が麻痺していても、自分が重荷だと感じていても、あなたの弱さは、周りの人に「助けたい」という思いを呼び起こします。「あなたに足りないものを通して、あなたは人々の愛を引き出しているのです。」
3. 謙遜か、劣等感か
- 神を信じるとは、自分の上に誰かがおられると認めることです。多くの人は「私は謙遜です、何の価値もありません」と答えます。師はこう正します。「それは謙遜ではなく、劣等感です。」
- 劣等感には裏側があります。優越感です。「私には価値がない」と言う人は、心の奥で「それでもあなたよりはましだ」と思っていることがよくあります。
- それを見分ける目安として、師はこう言います。人間関係で腹を立てる人は、優越感と劣等感の間を絶えず行き来しているのです。
- この行ったり来たりが、エロスの世界です。エロスでは、あなた自身が物差しになります。努力し、比べ、人を追い越そうとします。「それは良いことですが、戦争を引き起こすのは、まさにそのような価値観です。」
- 職場でも家庭でも、どんな関係においても、相手に「あなたは尊い」と感じさせる人がうまくいきます。しかし、この愛は作り出せるものではありません。師の語る平和、喜び、ぬくもりは、私たちの努力で積み上げられるものではなく、神から一方的に、無償で受け取るものであり、神の家族の中で分かち合うものです。
4. あなたの存在は神の愛のしるし
- 説明がいらないクリスチャンもいます。花を見て、それを造られた神を見るのです。神が一輪の花や一羽のすずめを養っておられるなら、どうしてあなたを養わないことがあるでしょうか(マタイ10:29-31)。
- そうでない人のために、師はひとつの事実から出発します。あなたは今、ここに生きています。あなたの存在そのものが、神があなたを愛しておられるしるしです。神は人をご自身のかたちに創造されました(創世記1:27)。
- それでも、私たちは完全ではありません。誰もが何かを欠いています。田中師によれば、それは意図されたことで、私たちが助け合う愛のための余地を残すためです。
- 現代の科学は、DNAの二重らせんと、A、T、C、Gという4つの塩基を発見しました。詩篇の作者は、すでにそれを語っていました。「あなたはわたしの内臓を造り、わたしの母の胎内でわたしを組み立てられました。」(詩篇139:13)
- 聖書は、イエスが深くあわれまれたと伝えています(マタイ9:36)。この言葉ははらわたを思わせます。頭だけではなく、存在の最も深いところから湧き出る愛です。神はこの愛で、あなたのいのちを造られました。
5. 神はあなたを個人的に知っておられる
- 師はマザー・テレサの言葉を引きます。人間の最大の不幸は、病気でも貧しさでもなく、忘れられることです。逆に、誰かが自分を覚えていてくれるとき、私たちは生きていると感じます。
- 「主よ、あなたはわたしを探り、わたしを知っておられます。」(詩篇139:1)神はあなたのDNAを知っておられるだけではありません。あなたを内側から知っておられるのです。
- イエスは言われました。「わたしは良い羊飼である。わたしはわたしの羊を知り、わたしの羊はわたしを知っている。」(ヨハネ10:14)その羊とは、あなたです。あなたは群衆のひとりではありません。イエスとの間に、唯一かけがえのない関係があります。
- 羊飼いは羊を名前で呼びます(ヨハネ10:3)。この名前は、両親があなたにつけた名前ではありません。神だけが知っておられる、あなたという存在そのものの名前です。
- この愛は、自分の愛し方を広げることでは理解できません。「すぐにピンとくるのはエロスです。まだピンとこないなら、それは良い兆しです。」師は一つの祈りを勧めます。「あなたの側から見た幸せを、私の側からではなく、見せてください。」この祈りを重ねるうちに、下から積み上げてきたものが崩れ、人生が天の上に建て直されていきます。
6. 愛の定義、いのちを捨てること
- 聖書は愛をこう定義しています。「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。」(ヨハネ15:13)
- 母の愛は神の愛に近いと言われます。親は子のためにいのちを捨てますが、それは自分の子だからです。それはなおエロスです。他人の子のため、さらには嫌な相手のためにいのちを捨てることは、人間にはできません。
- イエスは「あなたが良い人になったら愛してあげよう」とは言われませんでした。あなたがまだ罪人であったときに、あなたのために死んでくださったのです(ローマ5:8)。これは、この世のあらゆる価値観を超えています。
- ある親が師にこう尋ねました。「私がもっと敬虔になれば、息子は変わるでしょうか。」その人にとっては、これもまだ努力と功績の論理です。分かりやすい考え方ですが、同じようにしない人に対して厳しくなってしまいます。
- まず見栄えのよい人になる必要はありません。ありのままの自分を認めることが大切です。「はい、これが私です。そして、そんな私のために、あなたは来てくださり、私を友と呼び、いのちをもって私の負債を払ってくださいました。」師は、この真理が頭から心へと下りてくるように、聖霊に願います。上からの恵みによって生きるためです。
- 十字架は、神の愛の頂点です。それを受け取った人は、今度は他の人の十字架を負うように招かれています。
7. 本当の問い、あなたは誰と生きていますか
- 「現代は、何と生きるかを問います。」お金、美しいパートナー、財産、素直な孫、サプリメントなどです。師は問いを逆転させます。「何とではなく、誰と、です。」
- 魚は自分が水の中に生きていることを知りません。人間も、長い間、酸素のおかげで生きていることを知りませんでした。神は、あなたが感じていてもいなくても、どん底にいても、恥の中にいても、それ以上に確かにあなたとともにおられます。田中師にとって、本当に自立するとは、神とともに生きることです。
- 湖の嵐の中で、イエスは舟の中で眠っておられました(マルコ4:35-41)。弟子たちは、イエスがともにおられるので、何も恐れることはないと気づいたのです。
- エマオへの道で、落胆した二人の弟子が不平を言いながら歩いていました。イエスはそのかたわらを歩いておられましたが、彼らは気づきませんでした(ルカ24:13-35)。「イエスはあなたのすぐそばにおられます。何も言わずに、あなたの不平を聞いておられます。」
- 神がモーセを召されたとき、モーセは自分は口が重いと言って断ろうとしました(出エジプト4:10)。神は答えられます。「わたしはあなたとともにいる。」(出エジプト3:12)40年の間、昼は雲の柱、夜は火の柱が民に伴いました(出エジプト13:21)。
- 師はさらに進みます。貧しさや、家庭や職場での難しい人間関係は、「変装した神」であることがあります。振り返ってみると、多くのクリスチャンが、重い病気や借金、事故の中にも神がおられたことに気づきます。
- 師は、長年にわたって親しく関わってきた日野原重明医師の話をします。日野原医師は、京都大学で医学を学び、そこで教授になるという夢を抱いていましたが、結核にかかり、1年間療養しなければなりませんでした。夢は砕かれたと思いました。のちに、その1年の間も、そして経験した飛行機のハイジャックのときも、イエスがともにおられたと語ることになります。
- 大阪の若者は、かつて非行に走っていましたが、教会との出会いによって変えられました。その叔父は、有能な幹部社員で、師が異端と呼ぶ団体の熱心な会員であり、甥をその団体に引き込もうとしていました。礼拝に来たその叔父は、こう言いました。「ここでは、何かではなく、誰かが問題なのですね。甥は頼りにならないが、甥とともにおられる方は頼りになる。」
- 師はユーモアを交えて、若い同僚に、自分の欠点だけを真似したと叱ったことがあると語ります。返ってきたのは「失礼ですが、先生に長所はありましたか」という言葉でした。これがクリスチャンであるということです。誇るものが何もなく、今の自分があるのは、ともに歩んでくださる方のおかげだと言うことです。
- 師の結論はこうです。「人を批判したり不平を言ったりする時間と力があるなら、上を見上げて感謝しなさい。」
ポイント
- 愛は神から来ます。努力で築くものではなく、無償で受け取り、そのあとあなたを通って流れていきます。
- 「私には価値がない」と言うのは、謙遜ではありません。本当の謙遜とは、自分の上に神がおられると認めることです。
- あなたの存在は神の愛のしるしであり、神はあなたを唯一かけがえのない仕方で知っておられます。
- イエスは、あなたが良い人になるのを待たれませんでした。ありのままのあなたのために、いのちを捨ててくださいました。
- 本当の問いは「何と生きるか」ではなく「誰と生きるか」です。神は、嵐の中でもあなたとともにおられます。
自分に問いかけてみましょう
- 「私には価値がない」と言うとき、それは謙遜でしょうか。それとも、優越感を隠した劣等感でしょうか。
- どんな人間関係で、あなたはすぐに腹を立てますか。それは、あなたが人と自分を比べる仕方について何を示していますか。
- あなたの周りで、自分が尊い存在だと感じる必要のある人は誰ですか。今週、どのようにそれを伝えられますか。
- 神に愛されていると信じるために、「もっと良い人」になるのを待っていませんか。それとも、ありのままで愛されることを受け入れていますか。
- いま通っている困難な状況の中で、「あなたの側から見た幸せを、見せてください」と祈れますか。
引用した聖書の言葉
- 1ヨハネ4:7-8
- 創世記1:27
- マタイ10:29-31
- 詩篇139:1
- 詩篇139:13
- マタイ9:36
- ヨハネ10:3
- ヨハネ10:14
- ヨハネ15:13
- ローマ5:8
- マルコ4:35-41
- ルカ24:13-35
- 出エジプト3:12
- 出エジプト4:10
- 出エジプト13:21
よくある質問
エロスの愛とアガペーの愛の違いは何ですか。
田中信生師によれば、エロスは自分で築き上げる人間の愛です。努力し、比べ、自分自身が価値の物差しになります。アガペーは神の愛であり、無償で、一方的に、条件なしに受け取るものです。それを受け取ると、あなたの人生が変わり、その愛はあなたを通って周りの人々にも届きます。
「私には価値がない」と言うのは謙遜ですか。
いいえ、と師は答えます。それは劣等感であり、その裏側は優越感です。自分を卑下する人は、その二つの間を揺れ動くために、人間関係で腹を立てやすくなります。本当の謙遜とは、自分の上に神がおられると認めることです。
神が私を愛しておられることは、どうすれば分かりますか。
田中師は、いくつかの目安を示します。あなたの存在そのものが神の愛のしるしであること。神があなたを個人的に知っておられること。イエスが、あなたがまだ罪人であったときに、あなたのためにいのちを捨ててくださったこと。そして、神があらゆる状況の中であなたとともにおられることです。それは努力して理解する考えではなく、受け取って感謝する贈り物です。
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