欲望に打ち勝つための3つの確信
欲望とは、指先だけでなんとか扱えるような小さな欠点ではありません。それは罠であり、敵があなたをつまずかせ、やがて神から引き離すために用いる精巧な仕組みです。使徒ヤコブはこう率直に語っています。「誰でも、自分自身の欲望に引かれ、誘い込まれて試みられるのです。欲望は孕むと罪を生み、罪が熟すると死を生み出します」(ヤコブの手紙1章14〜15節)。
2025年11月23日にICCモントリオールで語られたメッセージの中で、牧者クリス・ンシンバはこの箇所と、ヨハネの手紙一2章16節に立ち返ります。「世にあるすべてのもの、すなわち肉の欲、目の欲、生活の誇りは、御父から出るものではなく、世から出るものだからです。」彼が問いかける本質的な問いはシンプルです。欲望が毎日のように戸口に現れるとき、どうすれば立ち続けることができるのでしょうか。
その答えは三つの確信にまとめられており、それぞれが自分自身の人生に問いかけるべき問いとして提示されています。もしあなたがそれに答えられるなら、欲望はあなたに対する力を失います。
罠の仕組み:欲望はどう働くのか
三つの確信を語る前に、説教者はまず診断を下します。悪魔がまず狙うのはあなたの行動ではありません。狙うのはあなたの土台です。創世記3章のアダムとエバを見てください。蛇は窓を攻撃するのではなく、土台を攻撃します。神が彼らについて語ったこと、つまり彼らが何者であるかに疑いを差し込むのです。そして土台にひびが入ると、あとは欲望が仕事を仕上げます。
この構図は変わりません。悪魔はまずあなたのアイデンティティに触れ、そして辛抱強く待ちます。「もっとも都合の悪い」瞬間、つまりあなたの口座残高が底をついたとき、疲れ果てているとき、孤独なときに戻ってきて、再びこう問いかけます。「あなたは本当は何者なのか」と。もし欲望に対処しないなら、それはやがてあなたを神から引き離してしまいます。それこそが欲望の狙いなのです。そして、それこそキリストがあなたの人生において食い止めようとしていることなのです。
1. あなたは誰か:キリストにある自分のアイデンティティという確信
一つ目の確信は、自分が何者であるかを知ることです。牧者クリスは強調します。キリストにあって、あなたは一つだけのアイデンティティを持っているのではなく、複数のアイデンティティを持っているのです。あなたは神の子です。あなたは羊です。あなたはしもべです。あなたはキリストの花嫁です。この関係を完全に言い表せる人間の言葉はひとつもありません。
創世記1章26〜27節にあるとおり、神はあなたをご自身のかたち、ご自身に似せて創造されました。犬が猫を産むことはありません。神から出るものは神に似ているのです。あなたのアイデンティティとは、あなたが生み出すものでも、あなたが所有するものでも、誘惑を受けているときに感じることでもありません。それは、神があなたについて語られたことなのです。
なぜこれが欲望に対して決定的な意味を持つのでしょうか。アイデンティティこそが土台だからです。自分が何者かを知っているなら、欲望が差し出すものを追いかけて自分の価値を証明する必要はもうありません。他人の人生や、他人の体や、他人の財布をうらやむ必要はないのです。あなたはすでに神の目に価値ある存在です。そうなれば、欲望はてこを失います。
2. あなたはどこへ向かうのか:あなたの目的という確信
二つ目の確信は、自分がどこへ向かうのかを知ることです。アイデンティティはあなたが何者であるかを教え、目的はなぜあなたがこの地上にいるのかを教えます。そしてこの答えが明確でないかぎり、あなたは危険にさらされたままです。
説教者ははっきりと語ります。「多くの人が欲望に陥るのは、自分がどこへ向かっているかを知らないからです。」自分の行き先を知らないとき、あらゆる雑音が方向であるかのように見えてきます。欲望は、目的の欠如が残した空白を埋めるのです。
目的とは、有名になることでも、財産を蓄えることでも、世の基準に合わせて「成功する」ことでもありません。目的とは、あなたを闇からご自分の驚くべき光に招き入れてくださった方の栄誉を語り伝えることです(ペトロの手紙一2章9節参照)。それは、神があなたのために備えられた計画に沿って生きることです。
目的が明確になれば、何が前進させ、何が脱線させるかをすぐに見分けられるようになります。欲望はいつも近道のような顔をして現れますが、目的は方向を守り続けます。
3. 残っていく業とは何か
三つ目の確信は、どんな業が自分についていくのかを知ることです。すべてが残るわけではありません。すべての業が同じ性質を持っているわけでもありません。エフェソの信徒への手紙2章10節はこう告げています。「わたしたちは神に造られたものであり、良い業を行うためにキリスト・イエスにおいて造られたのです。神はわたしたちが良い業に歩むように、あらかじめこれを備えてくださったのです。」
欲望から生まれる業もあれば、聖霊から生まれる業もあります。前者はあなたを忙しくさせますが、永遠においては何の重みも持ちません。後者はあなたについていきます。ヨハネの黙示録14章13節にあるとおりです。「彼らの業は彼らについて行く。」
試金石はシンプルです。その動機は何でしょうか。もしそれが欲望なら、あなたは自分のために築いていることになり、それは崩れ去ります。もしそれが聖霊とみ言葉なら、あなたは神のために築いていることになり、それは残ります。自分が何者で、どこへ向かうのかを知っているとき、あなたの業は自然と神の目的に沿うようになり、欲望はもはやあなたの一日を支配する余地を持たなくなるのです。
覚えておきたいポイント
- 欲望は偶然ではありません。それは敵が神から引き離すために用いる仕組みです(ヤコブの手紙1章14〜15節)。
- 悪魔はまず土台、すなわちあなたのアイデンティティを攻撃します。創世記3章がそれを示しています。
- 三つの確信が欲望の武装を解きます。キリストにあるアイデンティティ、地上での目的、そして残っていく業です。
- 欲望はいつも近道を提案します。しかし明確な目的は方向を守り続けます。
- すべての業が同じ価値を持つわけではありません。聖霊に動機づけられた業だけが、永遠においてあなたについていきます。
個人への適用
- 自分が誰かと問われたとき、最初に口にするアイデンティティは何でしょうか。それは神が確認してくださるものでしょうか。
- 欲望はどの領域で最も頻繁に戸口を叩いてきますか(お金、イメージ、体、承認)。その欲望の奥で、本当は何が狙われているのでしょうか。
- 神がこの地上にあなたを置かれた目的を一文でまとめるなら、どう言い表しますか。
- この一週間の活動のうち、み言葉と御霊に動機づけられていたものはどれで、装いを変えた欲望に動機づけられていたものはどれでしょうか。
- 神があなたに始めるよう求めておられるのに、「今すぐ何の得にもならない」からと後回しにしている業はありませんか。
引用された聖句
- ヤコブの手紙1章14〜15節・欲望のプロセス
- ヨハネの手紙一2章16節・肉の欲、目の欲、生活の誇り
- 創世記1章26〜27節・神のかたちに創造される
- 創世記3章・エデンにおける土台への攻撃
- エフェソの信徒への手紙2章10節・あらかじめ備えられた良い業
- ペトロの手紙一2章9節・召してくださった方の栄誉を語り伝える
- ヨハネの黙示録14章13節・彼らの業は彼らについて行く
- マタイによる福音書6章33節・まず神の国を求めなさい
よくある質問
強い欲求を感じること自体が、すでに欲望の罪なのでしょうか。
いいえ、違います。ヤコブの手紙1章14〜15節は、最初の引かれる気持ちと、欲望が「孕んで」「罪を生み出す」瞬間とをはっきり区別しています。欲求そのものは、すべての人間の心を通り過ぎるものです。罪が始まるのは、それを養い、大きく育て、自分の選択を支配させてしまうときです。欲求を早い段階で認め、それを神の前に差し出して拒むこと、それこそがすでに勝利なのです。
ある業が聖霊から来ているのか、自分の欲望から来ているのか、どう見分ければよいですか。
動機と実を見てください。聖霊による業はみ言葉に動機づけられ、神の栄光を目指し、他者を建て上げ、そして残ります。欲望から生まれた業は、何かを証明しようとしたり、承認を得ようとしたり、内側の欠乏を埋めようとするもので、状況が変わればすぐに崩れます。聖霊はまた平安によっても確証を与えてくださいます。一方、欲望はいつも心の奥に落ち着かなさを残すものです。
欲望が同じ点で何度も戻ってくるとき、どうすればよいですか。
欲望と、その土俵(外側の行動)で戦ってはいけません。あなたの土台(あなたのアイデンティティ)で戦ってください。キリストにあって自分が何者であるかを思い起こし、あなたを別の姿で定義しようとする嘘をその場に戻し、真実を語ってくれる兄弟姉妹に囲まれてください。そして何よりも、明確な方向を取り戻してください。自分がどこへ向かうかを知るとき、欲望は弱まっていきます。
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