使徒行伝18章:落胆するときに与えられる神の幻

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はじめに

「すべてを変えた幻。」Église Évangélique de Pentecôte de Nantes の説教者は、使徒行伝18章1〜11節をこのように要約しています。パウロはアテネでの厳しい時を経て、コリントに着きます。会堂では反対とののしりに遭います。落胆した彼は、ある決断をします。「今からは、異邦人のほうに行く」。そしてその夜、主が幻のうちにパウロに語られるのです。

聖書を開く前に、説教者は喜びの知らせを分かち合います。アッセンブリーズ・オブ・ゴッドの世界大会が、初めてアフリカ大陸で、ガーナのアクラで開かれ、1万人を超える参加者が集まりました。クリスチャンであるガーナ共和国の大統領も登壇し、諸教会の献金で1万席の講堂を建てると発表したそうです。

コリントを出発点に、メッセージはパウロの苦難、弱さの中で十分とされる恵みへと進み、さらにコリント人への第一の手紙1章と12章へと向かいます。混乱に満ちたこの教会に、パウロはまず、あなたがたには賜物に欠けるところがない、と書きます。説教者にとって、御霊の賜物は「全体の益」のために与えられるものであり、一人ひとりがそこに自分の場所を取らなければなりません。

メッセージの構成

1. コリントのパウロ:反対と落胆

  • パウロは「成功とは言えなかった」アテネを離れ、コリントに向かいます。そこでアクラとプリスキラに出会います。皇帝クラウデオがユダヤ人をみなローマから退去させるよう命じたため、イタリアから来た夫婦です。「日の下に新しいものはない」と説教者は言います。二人はパウロと同じく天幕作りでした。
  • 安息日ごとに、パウロは会堂で論じ、イエスがキリストであることを証ししました。説教者は身近な例に置き換えます。牧師がナントの会堂に行って、イエスはキリストであり神の子だと告げるようなものです。「反応はすぐに返ってくるでしょう」。
  • 反対とののしりを受けて、パウロは衣を振り払い、「わたしは異邦人のほうに行く」と言います。説教者はここに、成果が出ないことへの落胆を読み取ります。「これは一つの決断です。熟慮した上でのものかどうかは分かりません」。
  • 説教者が引く歴史家によれば、当時のコリントは人口60万人、そのうち40万人が奴隷で、道徳の衰えが見られました。けれども異邦人がいるのはまさにそこであり、会堂司クリスポは家族そろって主を信じます。
  • 「あなたも私も、道を誤って決断してしまうことがあります。落胆して決断してしまうこともあります。けれども神は、すべてを見ておられる方です」。

2. 「恐れるな、語れ」:神が介入される

  • 説教者は、自分ならパウロにこう言いたくなったと認めます。「さあ、それでも元気を出して。パウロ、それでも信仰の人でありなさい」。そして付け加えます。「当事者でないとき、助言を与えるのは簡単です」。
  • 主は幻のうちにパウロに語られます。説教者は、眠っているときに来る夢と、目覚めているときに来る幻を区別します。パウロは神の御顔を求めていたのです。
  • 「恐れるな」は聖書の中にとても多く出てくるので、毎日のために、そしてすべてのクリスチャンのために、十代の人も若い人も含めて、一つずつ「恐れるな」がある、と彼は言います。
  • 「語りつづけよ、黙っているな。わたしがあなたと共にいる」。栄光の天から、神はこの町に大ぜいの民がいることをご存じです。「しかし、語らなければなりません」。パウロはコリントに一年六か月とどまります。

3. パウロの隠れた苦しみ

  • コリント人への第二の手紙11章では、にせ使徒たちがパウロの働きを疑います。追い詰められて、何も言わなかった人が心を開きます。鞭打ち、投獄、死の危険です。
  • 「ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度」。なぜ一つ足りないのでしょうか。「数え間違えると41回になって、とてもひどいことになったからです」。そのあと、むち打ち、石打ち、三度の難船、川の難、盗賊の難、にせ兄弟の難、飢え、渇き、寒さ、裸が続きます。
  • 説教者は最初の反応に立ち返ります。「それでも少しは信仰を」。心を開くと、よく分かるようになります。もし一人ひとりが壇上に立って、イエスの名のゆえに家庭で、大学で、高校で経験した困難な時期を語るなら、だれにでも語ることがあるでしょう。
  • ときどき、小さな声がささやきます。「世に戻ったほうがいい。そのほうが問題が少ない」。彼の答えはこうです。世にも本当に問題はあります。そして彼は、若いときに救ってくださった神をほめたたえます。
  • パウロは日々の重圧も加えます。「なおいろいろの事があった外に、日々わたしに迫って来る諸教会の心配ごとがある」(コリント人への第二の手紙11章28節)。

4. わたしの恵みは十分である:へりくだりにとどまる

  • 「そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである」(コリント人への第二の手紙12章7節)。神は与えるとき、私たちが高慢に沈まないように見守っておられます。
  • 説教者は、1985年の最初の旅について語ります。コンゴ・ブラザビルに行き、次に当時ザイールだったキンシャサに行きました。神が与えてくださっていた約束が、彼によれば「19年後」に現実になりました。バルティマイについて語ると、御霊は主がいやされることを彼に示し、50人近い人がいやしを証ししました。
  • 最初の集会で座っていたとき、彼は自分にこう言い聞かせました。「自分を大物だと思って高慢に沈むか、それとも、自分は大物ではないのだから、この立場を取るか」。「私は今日までへりくだりにとどまってきました」。
  • 「ときには、神は私たちを通してあまり多くのことをなさることができません」。何者かになりたいという高慢のためです。「私には預言の賜物がある…いや、あなたは預言者だ」。
  • パウロは三度祈りました。主は答えられました。「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」(コリント人への第二の手紙12章9節)。弱いときにこそ強いのは、神の手の中の道具だからです。
  • 彼は、立ち寄ったある牧師が、主は子どもたちも召されると預言したことを思い出します。そして語ります。神に仕える大人がいないとき、神のご計画は遅れますが、神はサムエルのように子どもたちを用いられます。

5. 賜物に欠けるところのない教会

  • コリント人への第一の手紙1章4〜7節で、パウロはコリントの人々のために感謝しています。彼らはあらゆる点で豊かにされ、キリストの証が彼らの中に堅く立てられて、「恵みの賜物にいささかも欠けることがない」。
  • 「おもしろいことです」と説教者は指摘します。コリントにはあらゆる醜聞があるのに、パウロは感謝から始めます。十字架の宣教を最初に置くのでも、ほとんど触れていない神のいやしを最初に置くのでもありません(コリント人への第二の手紙12章12節。しるし、不思議、力あるわざ)。彼は御霊の賜物について語り、そのために一つの章をまるごと割いています。
  • キリストは教会のかしらであり、教会を愛し、そのためにご自身をささげられました(エペソ人への手紙5章23〜25節)。キリストはご自分の教会を愛しておられます。
  • 「私たち一人ひとりが、人生の中で御霊の賜物を受けていると、私は確信しています」。

6. 全体の益のための御霊の賜物

  • 「兄弟たちよ。霊の賜物については、次のことを知らずにいてもらいたくない」(コリント人への第一の手紙12章1節)。説教者にとって、無知は信仰の最大の妨げです。賜物にはいろいろありますが、御霊は同じです。そして一人ひとりに御霊の現れが与えられているのは「全体の益」のため、つまり教会の益のためです。
  • 彼は、聖霊のバプテスマの最初のしるしである異言で語ることと、異言の賜物を区別します。
  • 人目を引くものには注意が必要です。ある牧師の証しを、彼は伝えます。その牧師の教会の長老が、内輪の集まりで語られた預言をもとに、リバイバルが来ると告げていました。身分を隠して出かけた牧師は、「預言」していた女性に殺すと脅されました。それは交霊会だったのです。「神の民は、人目を引くものに飢えています」。
  • 知恵の言葉と知識の言葉。信仰の賜物:「いっぱいの金庫を管理するには知恵が要ります。空っぽの金庫を管理するには信仰が要ります」。教会が礼拝の場を建てたとき、金庫は空でしたが、建物は7年で支払われました。
  • いやしの賜物:ナントには、この賜物を持つ兄弟がいて、一人で祈ることのないよう、いつも誰かが付き添っていました。力あるわざ、預言、霊を見わける力、「性格を見わける力ではありません」。説教者は、未信者も含めて人々に手を置いて祈るのが好きです。ほんの数秒のうちに、神は病気や悪霊、状況について啓示を与えてくださいます。
  • 種々の異言とその解き明かし:いつも同じ兄弟や姉妹だけが異言で語るのは、普通ではない、と彼は敬意をこめて言います。「あなたの場所を取らなければなりません」。彼は、エルブフの大会で、ある牧師がヘブライ語を知らないまま語り、非常にすぐれた解き明かしが与えられたことを語ります。
  • 「すべてこれらのものは、一つの同じ御霊の働きであって、御霊は思いのままに、それらを各自に分け与えられるのである」(コリント人への第一の手紙12章11節)。集会の中で、9つの賜物がすべて行われ、今も行われている、と彼は言います。

7. 未信者を揺さぶる預言の言葉

  • 夫が「ひどく意地悪な人」で、もう耐えられなくなったひとりの女性が、夫を殺すために刃物を買います。教会の前を通りかかったとき、歌声が聞こえて中に入ります。預言の言葉が、彼女が刃物を買ったばかりであること、そしてこれから何をしようとしているかを明らかにします。神がご自身を現され、この女性は悔い改めます。
  • 「はっきりした、的確な、正確な預言の言葉があると、未信者は揺さぶられます」。神は本当にあなたがたの中におられるのです。多くの人が、心の奥深くにあることが明らかにされて、触れられました。
  • 使徒行伝18章に戻りましょう。落胆した私たちなら、「世に戻ろう」と言うでしょう。ありがたいことに、神は私たちの心をご存じで、出会いに来てくださいます。
  • 「この終わりの時代に、私たちは預言のメッセージを必要としています」。御霊の賜物を働かせること、そして聖さの道です。教会は声を上げなければなりません。「政治の次元ではなく、希望の次元で」。
  • 最後の祈りで、彼は一人ひとりが異言で語ることにおいて新たにされるよう招きます。また、眠らせていた賜物があるなら、神にゆるしを求めるよう招きます。この賜物は「あなたの持ち物ではなく」、キリストのからだの全体の益のために与えられたものだからです。

心に留めたいこと

  • 神はしもべたちの落胆をご覧になり、語りかけに来てくださいます。「恐れるな、語れ。わたしがあなたと共にいる」。
  • イエスの名のゆえに経験する困難は、失敗のしるしではありません。パウロは私たちよりはるかにそれを経験しました。
  • 神の恵みは十分であり、その力は弱さの中で完全にあらわれます。へりくだりは、神が与えてくださったものを守ります。
  • 一人ひとりが、全体の益のために御霊の現れを受けています。賜物は私たちの持ち物ではなく、教会のためのものです。
  • 賜物を聖さのうちに働かせる教会は、まだ神を知らない人々にとって、希望の声となります。

私生活への適用

  1. 最近、落胆のあまりどんな決断をしましたか。そのことについて、神に語っていただきましたか。
  2. どの場所(家庭、大学、高校、職場)で、神はあなたに「語りつづけよ、黙っているな」と言っておられますか。
  3. どんな小さな声があなたを「世に戻る」ように促していますか。「わたしの恵みは十分である」は、その声にどう答えますか。
  4. あなたはどんな御霊の賜物を受けましたか。全体の益のために働かせていますか。それとも眠らせていますか。
  5. 人目を引くものや称賛を求めずに、今週、教会の中でどのように自分の場所を取れますか。

引用した聖書箇所

よくある質問

使徒行伝18章の幻で、主はパウロに何と言われますか。

コリントでのある夜、主はパウロに言われます。「恐れるな。語りつづけよ、黙っているな。あなたには、わたしがついている。だれもあなたを襲って、危害を加えるようなことはない。この町には、わたしの民が大ぜいいる」(使徒行伝18章9〜10節)。パウロはその後、一年六か月そこにとどまり、神のみ言葉を教えました。

パウロは、なぜコリントに着いたとき落胆していたのですか。

説教者は、アテネでは成功とは言えなかったこと、そしてコリントの会堂でパウロが反対とののしりに遭ったことを思い起こさせます。成果が出ないことを前に、彼は「今からは、異邦人のほうに行く」と宣言します。そのとき、神は幻をもって介入し、彼を励まされるのです。

コリント人への第一の手紙12章によれば、御霊の賜物は何のためにありますか。

パウロは、御霊の現れは一人ひとりに全体の益のために与えられている、と書いています(コリント人への第一の手紙12章7節)。説教者は強調します。受けた賜物は私たちの持ち物ではなく、教会の益のために与えられたものです。彼は、賜物を受けた人、特に異言の賜物を受けた人に、それを働かせ、自分の場所を取るよう励ましています。

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