はじめに
あなたは今、すべてが行き詰まっているように感じる時を過ごしているかもしれません。健康の戦い、家族の戦い、経済の戦い、思いの中の戦い。マルセイユのCCNV教会で語られたこのメッセージは、とてもシンプルな確信から始まります。私たちは今、解放の時の中にいる、ということです。神様は、あなたの状況について最後の言葉をまだ語り終えていません。
説教者は、朝に受け取った二つの言葉からメッセージを開きます。「勇気」と「奇跡」です。この二つの言葉は、ヨシュアが約束の地に入ろうとしたときにも聞いた言葉でした。「強くあれ、雄々しくあれ」(ヨシュア記1:9)。勇気とは感情ではなく、信仰を行動に移し、奇跡を引き起こす決断なのです。
この記事では、この解放の時がどのように展開していくのか、どうやって敵に立ち向かうのか、荒野がまだ続くときにどう希望を養うのか、そして疲れ果てた一人の女性の信仰が、今日のあなたをどのようにイエス様の衣に触れる勇気へと導くのかを見ていきます。
説教の構成
- 解放の時、しかし戦いの時でもある
- 信仰にしっかり立って、敵に立ち向かう
- もう一度夢を見る:神様があなたの境遇を変えてくださる
- 思いを堅く保ち、恵みに望みを置く
- イエス様の衣に触れる信仰
1. 解放の時、しかし戦いの時でもある
春がやってきます。日が長くなり、アーモンドの木が花を咲かせ、自然が目を覚まします。冬の間に深いところで準備されていたものが、実を結び始めるのです。説教者はこのイメージを用いて、霊的な新しい時を告げます。「私たちは今、解放の時の真っただ中で戦っているのです。」
この時代は、戦いがなくなるという約束ではありません。むしろ、解放の中にこそ戦うべき戦いがあるのです。「打ち壊すべき砦があります。嘘、罪悪感、非難、あなたの人生に投げつけられて麻痺させてきたすべてのものです。」あなたの役割は、ただ変化を待つことではありません。イエス様の御名によって受け取った権威を用いることです。
説教者はこの真理を裏づけるために、いくつかの例を挙げます。奴隷から総理大臣となったヨセフは、主が知恵と分別を与えたからこそその立場に立てました。ソロモンは平凡な王でしたが、神様は民の発展のために彼に知恵を与えられました。あなたの仕事、家庭、経済もまた、この解放の力の外にはありません。「神様の霊には限界がないのです。」
2. 信仰にしっかり立って、敵に立ち向かう
解放の時にあっても、敵は手をこまねいてはいません。説教者はペテロの手紙第一5章8~9節を開きます。「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、だれかを食い尽くそうと狙って歩き回っています。信仰にしっかり立って、彼に立ち向かいなさい。」
この箇所からは三つの姿勢が見えてきます。まず、目を覚ましていること。霊的に眠り込まず、御霊とつながり続けることです。次に、はっきりと見極めること。盗み、殺し、滅ぼそうとする敵がいて、その敵は正体を隠して近づいてくることを認識することです。そして三つ目に、立ち向かうこと。それは「信仰にしっかり立って」であり、動揺や恐れの中でではありません。
民数記24章18節はこの約束をさらに力強くします。「イスラエルは雄々しく戦いをする」(いくつかの訳では「イスラエルは力ある働きをする」)。説教者はこの言葉を聞いている人々に当てはめます。「敵がいるところ、悪意があるところ、不信仰があるところで、あなたは勝利を得ます。あなたはその地を取り、主が与えてくださる約束の地を手にするのです。」
3. もう一度夢を見る:神様があなたの境遇を変えてくださる
メッセージの核心は、エレミヤ書31章23~26節にあります。説教者はこれを今年の預言的な言葉だと語ります。神様は回復してくださり、疲れ果てた者を潤し、衰え果てた者を満ち足らせ、力を失った者に豊かに食べ物と飲み物を与えてくださいます。そして、見過ごされがちな一節が続きます。「私は目を覚ましてみたが、私の眠りは私にとって快かった。」
エレミヤは心地よい夢を見ました。なぜでしょうか。彼の理性、彼の知性では、神様が民のために与えてくださった約束を受け止めきれなかったからです。説教者はここから、私たちへの直接的な招きを引き出します。「もっと大きなことを、心地よいことを、優しいことを夢見てください。主があなたの人生を建て直してくださいます。」
説教者はこの再建を、いくつかの具体的な小さな奇跡で説明します。祈りを重ねた末に無料で受け取った400ユーロの絨毯。駐車場の思いがけない場所で見つかった包装のおかげで返金された口紅。アルゼンチンで強盗事件に遭った9歳の子どもが、イエス様の尊い血を祈ったことで守られた証し。これらはすべて、神様が細かなことの中でも応えてくださるしるしです。これは、あなたとあなたの家族にも関係のあることです。
4. 思いを堅く保ち、恵みに望みを置く
解放が完全になるまで、どう耐えればよいのでしょうか。ペテロの手紙第一1章13節が答えます。「ですから、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現れのときにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。」
説教者はこの二つの点を強調します。思いを堅く保つとは、あなたの感情、疑い、知性、疲れた魂に対して権威を取り戻すことです。恵みに望みを置くとは、自分自身に、自分の能力に、あるいは自分の状況に望みを置くことではありません。イエス様が無償で、あなたのためにしてくださっていることに目を向けることです。
説教者はこれをイエス様の死とも結びつけます。マタイの福音書27章52~53節には、キリストが死なれたときに墓が開かれたが、よみがえった人々が出てきたのはキリストご自身の復活の後だった、と記されています。それはまさに、あなたの状況そのものかもしれません。あなたはすでによみがえっている、すでに目覚めている、しかし完全な解放はまだ目に見えていない。それでも、必ずやって来ます。神殿の幕が裂けたように、霊の世界で何かが動くとき、遅かれ早かれ、それは目に見える現実として現れるのです。
5. イエス様の衣に触れる信仰
メッセージはマルコの福音書5章21~34節、ヤイロと十二年間病気だった女性の場面で締めくくられます。会堂司であったヤイロは、死にかけている娘のためにイエス様の足もとに駆け寄り、必死に願います。彼はただ自分の部屋で祈るだけではなく、自らイエス様のもとへ行って助けを求めたのです。説教者は、あなたにも自分の中で死にかけている、あるいはすでに死んでしまったものについて、同じようにするよう招きます。
そして、医者にすべてを使い果たしても何も効果がなかった女性が登場します。27節にこの箇所の鍵があります。「イエスのことを聞いて。」彼女はイエス様を一度も見たことがありませんでした。ただ、他の人々が分かち合ったことに基づいて信じただけです。それだけで、彼女の信仰を呼び覚ますのに十分だったのです。一度、二度、十度、二十度と分かち合われる証しの価値を、決して軽んじないでください。「信仰は聞くことから始まるのです。」
彼女が衣に触れると、出血が止まり、イエス様はご自分から力が出て行ったことを感じられました。イエス様は黙っていることもできたはずです。しかし、あえて彼女に語らせ、公に確認されました。「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。病気にかからず、健やかでいなさい。」主はあなたを尊重してくださいます。そして、その奇跡が認められ、祝われ、他の人々への証しとなることも願っておられるのです。
覚えておきたいポイント
- 私たちは今、解放の時を生きています。神様は嘘、罪悪感、非難という砦を打ち壊してくださいます。
- 解放の中には戦いがあります。信仰にしっかり立って敵に立ち向かいましょう(ペテロの手紙第一5:8~9)。
- 神様はあなたの境遇を変えることがおできになります。神様があなたの人生に建て直そうとしておられることを、もう一度夢見てください(エレミヤ書31:23~26)。
- 思いを堅く保ち、自分の状況ではなく、キリストの恵みに望みを置きましょう(ペテロの手紙第一1:13)。
- 信仰は聞くことから始まります。あなたの証しを分かち合い、イエス様に近づいて、その衣に触れましょう(マルコの福音書5:27~34)。
自分への適用
- 今日、イエス様の御名によって打ち壊すべき、嘘、罪悪感、非難の砦は何でしょうか。
- あなたはどこで霊的な警戒を緩めてしまったでしょうか。今週、ペテロの手紙第一5章8節の目を覚ました状態をどう取り戻しますか。
- 大きすぎると感じて葬ってしまった夢は何ですか。それをもう一度、神様の御手に委ねてみましょう。
- 今のあなたの希望は、本当は何の上に置かれていますか。キリストの恵みでしょうか、それとも自分の成果でしょうか。
- マルコの福音書5章の女性のように、誰かの信仰を呼び覚ますために、今週あなたは誰に具体的な証しを分かち合いますか。
引用聖句
よくある質問
説教者が言う「解放の時」とは何ですか。
これは、神様が嘘、罪悪感、非難という、神様の子どもたちを麻痺させている砦を積極的に打ち壊してくださる霊的な季節のことです。この解放は信仰によって受け取るものですが、同時に、イエス様の御名によって戦うべき具体的な戦いも伴います。
恐れに陥ることなく、悪魔にどう立ち向かえばよいですか。
ペテロの手紙第一5章8~9節は、三つの姿勢を勧めています。慎み、目を覚ましていること、そして「信仰にしっかり立って」立ち向かうことです。大切なのは敵を見つめることではなく、神様の御霊とつながり続け、御言葉によって思いを堅く保ち、同じ苦しみが世界中の他の兄弟姉妹たちにも起きていることを覚えることです。
なぜ私の解放はまだ完成していないように感じるのですか。
説教者はマタイの福音書27章52~53節を根拠とします。墓はイエス様が死なれたときに開かれましたが、よみがえった人々が出てきたのはイエス様ご自身の復活の後でした。霊の世界ではすでに成し遂げられていても、目に見える世界ではもう少し後に現れることがあります。恵みに望みを置き続けてください。奇跡の残りの部分は、必ずやって来ます。
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