成熟したクリスチャンになる

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成熟したクリスチャンになる:すべてを失ってキリストを得る

ルッツ牧師によるメッセージ、アガペ教会、2026年7月5日礼拝。聖書箇所:ピリピ3:7〜21コロサイ3:5〜17

はじめに

あなたは成熟したクリスチャンになりたいと願っていますか。多くの人が、頭では、時には心でも「はい」と答えます。けれども体はなかなか動こうとしません。私たちはもっと信仰を持ちたい、主に近づきたい、もっと強く主を愛したい、迷いなく従いたいと願います。それなのに、私たちの内側にある何かがそれに逆らうのです。ルッツ牧師はこの緊張から出発し、私たちを二つの聖書箇所へと導いていきます。ピリピ3章とコロサイ3章です。目的は、宗教的な完璧主義をもう一枚上塗りすることではなく、パウロが考えたように考えることを学ぶことです。

パウロはピリピの教会に、こう書き送っています。「ですから、成熟した人はみな、このように考えましょう」(ピリピ3:15)。クリスチャンとしての成熟とは、自分の歩みを教会の仲間と比べて自分で決める段階ではありません。それは、神様があなた個人のために定めておられる基準であり、パウロはそこに至る具体的な道筋を私たちに示してくれます。

メッセージの構成

1. 成長の基準を自分で決めてはいけない

2. キリストを得るために、誇るものをすべて捨てる

3. ただ一つのことだけを求める:キリストとその復活を知ること

4. 過去を忘れ、ゴールに向かって走り、天の賞を目指す

5. 十字架の敵としてではなく、天の国籍を持つ者として歩む

6. 古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着る(コロサイ3章)

1. 成長の基準を自分で決めてはいけない

多くのクリスチャンは自分自身をこう評価します。「自分の教会の中では平均くらいだから、これでいいだろう。」しかしそれはあなた自身の基準であって、主の基準ではありません。私たちは他の人と自分を比べる必要はありません。神様は一人ひとりに、それぞれの召しに合わせた、その人ならではの成長を望んでおられます。大切なのは、主があなたに望んでおられる基準に到達することです。あなたは、まだ信じていない人に、自分がクリスチャンであるとはっきり言うことができるでしょうか。暗記した聖句を並べるのではなく、恵みに触れた心の喜びをもって、イエス様のことを語ることができるでしょうか。これこそが本当の診断のための問いです。

2. 誇るものをすべて捨てる

パウロには誇るべきものがたくさんありました。ベニヤミン族の血筋、非の打ちどころのないユダヤ人としての経歴、高度な宗教教育です。それでもパウロはこう言い切ります。「私は、キリスト・イエス私の主を知ることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。……いっさいのものを、ちりあくたと思っています。それは、私がキリストを得るためです」(ピリピ3:7〜8)。強い言葉です。ギリシャ語は文字通り、汚物、糞尿を意味します。

ルッツ牧師はこの警告を私たちの時代に当てはめます。私たちは家系や学歴、名門大学、履歴書、人脈、貯金、財産を誇りにしています。クリスチャンであろうとなかろうと、嵐がやって来ると(病気、事故、家庭の問題、予期せぬ出来事)、反応は同じです。自分の知恵や、お金や、人間関係に頼ろうとするのです。しかし、あなたがこうした支えにしっかりとしがみついている限り、イエス様が本当の意味であなたのすべてになることはできません。パウロは私たちのほとんどよりもはるかに多くのものを失う立場にありましたが、キリストを得るためにすべてを手放したのです。

「すべてを捨てる」とは、仕事を辞めることでも、財産を全部手放すことでもありません。それは心と優先順位の問題です。あなたに委ねられたものすべての持ち主である主は、ある日、あなたの資源や賜物をある特定の場所に向けるようにと求められるかもしれません。問われているのは、あなたの心がすでに「はい、主よ」と答える準備ができているかどうかです。もしあなたが、主にお渡しすることを拒んでいる領域を一つでも残しているなら、神様はご自分のご計画に従って自由にあなたを導くことができません。

3. ただ一つのことだけを求める

「私は、ただこの一つのことに集中しています。キリストを真に知ること、キリストをよみがえらせた力を自分の人生の中で経験すること、キリストと共に苦しみ、キリストと共に死ぬとはどういうことかを知ること」(ピリピ3:10、意訳)。キリストを知ることは、みことばの学びを通し、礼拝を通し、祈りを通してもたらされますが、それだけでなく、日々の実践を通してもたらされます。世の基準ではなくみことばに従って選び取り、今日の小さな決断において従うことです。そこにおいて、イエス様をよみがえらせたその同じ聖霊の力が、あなた自身の経験になるのです。あなたの神様は、もはや「誰か他の人の神様」ではなくなります。あなたに語りかけ、あなたと共に歩んでくださる、あなた自身の神様になるのです。

4. 過去を忘れ、ゴールに向かって走る

「私はすでに得たとは思っていません。しかし、ただ一つのことをしています。うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、神が上に召してくださる、そのゴールを目指して一心に走っています」(ピリピ3:13〜14、意訳)。パウロは自分がまだ完全ではなく、まだ学ぶべきことがあると自ら認めています。しかし彼はすべてのエネルギーを一点に集中させています。走ることです。パウロが走るのは、神様がご自分に仕える者たちのために、天の御国に、私たちの想像を超える報いを備えておられるからです。

ルッツ牧師はこう強調します。私たちが神様にささげるものは、ほとんど無に等しいほど小さなものです。しかし神様は、その乏しさを宝に変えてくださいます。あなたが主の御手に委ねたことを、主は一つも忘れることがありません。大切なのはこの世的な成功ではありません(どれほど多くのクリスチャンが、祝福と社会的な出世を取り違えていることでしょう)。問われているのは、あなたが神様の御心にかなう者であるかどうかです。

5. 十字架の敵ではなく、天の国籍を持つ者として

パウロは涙ながらにこう書きます。多くの人がクリスチャンだと自称しながら、十字架の敵として歩んでいる、と。「彼らの神は彼らの欲望であり、彼らの栄光は彼らの恥の中にあり、彼らはこの地上のことしか考えていません」(ピリピ3:19)。今日もなお、教会の中には、世が称賛するもの(地位、名声、お金、成功)に頼りながら、実のところ十字架に反対している「クリスチャン」たちがいます。ルッツ牧師は厳粛な言葉を思い起こさせます。キリストのものでないまま「クリスチャン」の名を名乗った者は、なおいっそう重い裁きを受けることになる、というのです。

しかし「私たちの国籍は天にあります」(ピリピ3:20)。私たちはイエス様を待ち望んでいます。イエス様は、私たちの卑しいからだを、栄光のからだに変えてくださいます。

あるエチオピアの青年の話

ルッツ牧師は前日に見たある動画の話をします。日本人のユーチューバーが、エチオピアのスラム街で、十四年前から孤児として生きている、痩せた一人の青年に出会います。彼はトタン板でできた小屋に住んでいます。彼の部屋はマットレス一枚分の広さしかありません。ロープにつるされた二着の服。それだけです。彼が稼ぐのは月に日本円でおよそ九千円、そのうち四千円が家賃に消えます。「あなたは幸せですか」という問いに、彼は明るい笑顔でこう答えます。「私は幸せです。なぜなら、神様が私と共に歩んでくださっているからです。私のからだも、私の人生も、私が出会う人々も、すべてが神様からの贈り物です。」エチオピアは、カンダケ女王の宦官(使徒8章)を通して、非常に早い時期に福音を受け取りました。それから十四世紀を経てもなお、その信仰はスラム街の中でダイヤモンドのように輝いています。

私たちは、フランスであれ、日本であれ、豊かさの中で暮らしていながら、「あれが足りない、これが必要だ」と繰り返しています。神様は世界中のすべてのクリスチャンをご覧になっています。誰が本当に神様の子どもなのでしょうか。見せかけのクリスチャンではなく、本物のクリスチャンになりましょう。

6. 古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着る(コロサイ3:5〜17)

具体的に、成熟したクリスチャンの生活とはどのようなものでしょうか。コロサイ3章ははっきりとこう語っています。

  • 古い性質に属するものを殺しなさい。不品行、汚れた情欲、悪い欲望、そして貪欲。これは偶像礼拝だからです。
  • 怒り、憎しみ、悪口、そしり、うそをやめなさい。
  • あわれみの心、親切、謙遜、柔和、忍耐を身に着けなさい。
  • 互いに耐え忍び、キリストがあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。
  • そして何よりも、愛を着けなさい。愛は結びの帯として、すべてを完成させるものです。
  • キリストの平和に、あなたがたの心を支配させなさい。
  • 感謝しなさい。みことばをうちに豊かに住まわせなさい。詩と賛美とを歌い、互いに教え、諭し合いなさい。
  • 「何をするにも、ことばによっても行いによっても、すべてを主イエスの御名によって行い、父なる神に感謝しなさい。」

ルッツ牧師は、この箇所を手で書き写し、掲げて、毎朝読み返し、一日を始める前にこの言葉が心に刻まれるようにすることを勧めています。

心に留めたいこと

  • クリスチャンの成熟は、あなた自身やあなたの教会の基準ではなく、神様の基準で測られます。
  • あなたの妨げとなっているものは、しばしば、あなた自身が祝福だと思い込んでいる誇りそのものです。
  • キリストを知ること、その復活の力を経験すること、キリストの苦しみに入ること。それこそがただ一つの目標です。
  • 過去を忘れて走るとは、地上での評価ではなく、前を見つめ、天の賞を目指すことを意味します。
  • クリスチャン生活の真の証拠は、成功ではありません。それはキリストに似た心です。

自分への適用

  • あなたが自分のクリスチャン生活を評価するときの「基準」は何ですか。自分自身の基準でしょうか、周りの人たちの基準でしょうか、それとも主の基準でしょうか。
  • あなたが誇りにしていることを三つ挙げてください。キリストを知ることと比べたとき、それらはあなたにとって「ちりあくた」でしょうか。
  • あなたには、神様にお渡しすることを拒んでいる領域(お金、時間、人間関係、野心)がありませんか。
  • 暗記した話ではなく、心の喜びをもって、信仰を持たない同僚にイエス様のことをシンプルに語ることができますか。
  • コロサイ3:5〜17のどの聖句を、今週手で書き写し、黙想しますか。

引用された聖書箇所

  • ピリピ3:7〜21・キリストを得るためにすべてを損と見なす。
  • コロサイ3:5〜17・古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着る。
  • 使徒8:26〜40・福音に触れた最初の異邦人、エチオピアの宦官(牧師が文脈として挙げた箇所)。

よくある質問

牧師は本当に、お金やキャリアも含めてすべてを手放すようにと求めているのですか。

いいえ。「すべてを捨てる」とは、仕事を辞めることでも、貯金の全部を手放すことでもないと、はっきりと述べられています。大切なのは、心と優先順位、そしてこれらの領域における主権を、神様にお渡しすることです。もしある日、主が具体的な行動を求められるなら、完全に主のものとされた心は、それに従うことができます。

自分が本当に成長しているかどうか、どうすればわかりますか。

パウロによれば、最も確かなしるしは、あなたの宗教的なパフォーマンスではなく、あなたの考え方です。ピリピ3章のパウロの考え方に似ているでしょうか。あなたはキリストをただ一つの宝として目指していますか、それとも、いまだに別の支えを頼りにしていますか。成長は、信仰を持たない人にシンプルに主のことを語る力にも現れます。

倒れてしまい、新しい人よりも「古い人」に似てしまったとき、どうすればよいですか。

牧師は、私たちは弱く、しばしば倒れるものだと語ります。聖霊は絶えず私たちを立ち上がらせ、こうささやいてくださいます。「あなたは道からそれています。戻ってきなさい。」大切なのは、差し出された手をつかみ、再び歩み出すことです。危険なのは、自分の計画に従うために、その手を意図的に振り払ってしまうことです。

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