はじめに
パトリス・マルトラノはこのメッセージの中で、シンプルだけれど忘れがちな真理を語っています。それは、何も起こっているように見えないときでも、神はあなたのために見えないところで働いておられる、ということです。お母さんが食事を用意し、洗濯をし、ベッドを整えても、子どもたちがそれに気づかないように、天の父はあなたの人生の舞台裏で働いておられます。父キシュのろばを探しに出かけたサウルの物語をはじめ、いくつかの聖書の物語を通して、この説教は神の主権と摂理を、あなたの今の季節の中心に据え直します。このメッセージの核心にある約束はこうです。小さなことを軽んじることで大きなことを成し遂げるのではなく、日常の中で忠実であることによって、あなたは非日常へとつながっていくのです。
メッセージの流れ
1. 神の主権
- 神はすべてのものの上におられます。扉を開かれることもあれば、閉じられることもあります。神が扉を閉じられるのは、あなたを困らせるためではなく、恵みによって、あなたを傷つける道から守るためです。
- 神の主権を理解することは、安らぎを生み出します。あなたの信仰は、自分の人生が最善を望んでくださる父の御手の中にあるという信頼となります。
- 神は全知であられます。それは、神が時間の中におられないからです。神は時間の創造者であり、必然的に時間の外に立っておられます。神にとって、あなたの人生はすでに一枚の絵として、その御目の前に広がっているのです。
- 結婚、学び、子ども、奉仕といった心配事の中を右往左往しているとき、神はこう語られます。「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」このヘブライ語の言葉には、「力を抜きなさい、手放しなさい、安らいでいなさい」という意味も込められています。
2. 神の摂理
- 主権とは、神があなたの人生の中で成し遂げたいと望まれることです。摂理とは、あなたを神の望まれる場所へと導くために、神が具体的に歯車を組み合わせてくださる、その働き方のことです。
- 「偶然」とは、神がお忍びで旅をされるときに用いる名前です。飛行機の中で、パン屋で、あるいはサッカーのグラウンドのそばでの出会いは、単なる運ではなく、神ご自身が組み立てられたものなのです。
- パトリスは、マドレーヌ劇場でのモーメンタム・パリの開催について語ります。会場を見つけるために百件以上あたり、ついにペルピニャンでの説教の後に出会ったクリス・キャンピオンという人物を思い出すに至りました。彼が、エリゼ宮からわずか200メートルという完璧な場所を見つけてくれたのです。
- エステル記は、聖書の中で唯一、神の名前が一度も出てこない書です。それでも、最初の節から最後の節まで、神がご自分の民を救うために働いておられるのがわかります。あなたも今の章の中で神の名前を呼んでいないかもしれませんが、神はそこに確かにおられます。
3. サウルの物語:日常が非日常につながる
- サムエル記第一9章に記されたサウルの経歴は見事なものです。誰よりも優れた人物で、イスラエルの誰よりも美しく、頭一つ抜きん出た背丈でした。もし彼が2024年に生きていたら、フォロワー百万人を抱えていたことでしょう。
- けれども、彼を自分の使命へとつなげたのは、その経歴ではありませんでした。それはごくありふれた出来事でした。父キシュがろばを見失い、サウルに探しに行くよう頼み、サウルはそれに従ったのです。
- 三日間探しても何も見つかりませんでした。あきらめようとしたそのとき、しもべがサムエルに相談することを提案します。サウルは知りませんでしたが、その二十四時間前、神はサムエルにこう語っておられました。「明日の今ごろ、わたしはベニヤミンの地からひとりの人をあなたのもとに遣わす。あなたは彼に油を注ぎ、わたしの民の指導者としなさい。」
- 彼を王としての油注ぎへと導いたのは、知恵でも、容姿でも、体格でもありませんでした。ただ、栄光とは無縁な仕事の中で、父に従順であったこと、それだけだったのです。
4. その他の聖書の物語:今この瞬間への忠実さ
- ダビデは、兄弟や父の前ですでにサムエルから油を注がれていましたが、そのまま羊の群れのもとに戻りました。前線にいる兄弟たちにチーズを届けに行ったそのとき、彼はゴリアテと出会い、自分の使命に入っていくのです。
- リベカは、アブラハムのしもべのらくだに水を飲ませました。それは何時間もかかる仕事で、見ず知らずの人のために引き受ける人などまずいないような労働でした。この何気ない行いこそが、彼女をその使命へとつなげました。すなわち、イサクの妻となり、後にイスラエルとなるヤコブの母となることです。
- ヨセフは、牢の中でただできることをしていました。二人の囚人仲間の夢を解き明かしたのです。後になって、その記憶が彼を牢から引き出し、エジプトの宰相へと押し上げることになります。
- 使徒たちも、召されるために特別なことをしたわけではありません。ペテロは漁をしていましたし、他の者たちは取税人でした。イエスは彼らの仕事の真っただ中に来て、彼らを見つけ出されたのです。
- 未来は未来から築かれるのではありません。未来は今から、すなわち、たとえろばを探すこと、チーズを届けること、らくだに水を飲ませることのように見えても、今日神が私たちに求めておられることを行うことから築かれていくのです。
覚えておきたいポイント
- 神はあなたを見捨てておられません。たとえあなたが神を見ることも感じることもできなくても、神は見えないところであなたのために働いておられます。
- 神は、ご自分が創造された時間の外に立っておられるゆえに、あなたの人生の物語の結末をすでにご存じです。
- 神にとって偶然というものは存在しません。ちょうどよいときに出会う人々は、神が用意してくださった一つ一つの駒なのです。
- あなたを使命へとつなげるのは、あなたが夢見る非日常的なことではなく、今日神が委ねてくださっている日常の務めへの忠実さです。
- たとえ神の御手が見えなくても、その御心を信頼してください。神は永遠の愛であなたを愛し、あなたのために最善のものを備えておられる父です。
あなたへの適用
- 今、神があなたに求めておられる「日常的な」務めで、あなたが軽んじている、あるいは怠っているものは何でしょうか。
- 神があなたの人生で閉じられた扉があり、まだそれに感謝していないものはありませんか。
- あまりに遠い未来ばかりを見つめて、神が置いてくださった今この瞬間を十分に生きることを忘れていませんか。
- あなたが気づかないところで、神が誰か(上司、牧師、将来の伴侶など)にあなたの名前をささやいておられたかもしれません。それはどんな場面でしょうか。
- 「あなたの御手が見えなくても、あなたの御心を信頼します」と神に言う心の準備はできていますか。
引用された聖句
- サムエル記第一 9:1-3 · サウルの経歴と失われたろば
- サムエル記第一 9:15-17 · 神が二十四時間前にサムエルに告げられる
- 詩篇 46:10 · 静まって、わたしこそ神であることを知れ
- イザヤ 55:9 · わたしの思いはあなたがたの思いより高い
- エレミヤ 29:11 · わたしはあなたがたのために立てている計画を知っている
- エペソ 2:10 · 私たちは神の作品(神の詩)である
よくある質問
何も見えないとき、神が本当に私の人生の中で働いておられると、どうすればわかりますか?
パトリス・マルトラノはエステル記を引き合いに出します。エステル記は聖書の中で唯一、神の名前が一度も出てこない書ですが、それでも最初の節から最後の節まで、神はご自分の民を救うために働いておられます。神の御手が見えないからといって、神が不在だというわけではありません。あなたが失ったろばを探し回っている間も、子どもたちに気づかれずに二重の一日をこなす親のように、神は見えないところで働いておられます。御手が見えなくても、その御心を信頼しましょう。
神の臨在を感じられないとき、具体的にどうすればよいですか?
日常の中で忠実であり続けてください。これがこの説教の中心メッセージです。大きなしるしや特別な感覚を待つことで、自分の使命につながるわけではありません。サウルはろばを探し、ダビデはチーズを届け、リベカはらくだに水を飲ませ、ヨセフは牢の中でできることをしていました。今日神に委ねられたことを、そのまま続けてください。そうした行いの中にこそ、あなたの次のステップが築かれていくのです。
神が閉じられた扉と、単なる失敗はどう見分ければよいですか?
パトリスは、神の主権には、あなたを傷つける道から守るために、恵みによっていくつかの扉を閉じることも含まれると語ります。開かれた扉について神に感謝するだけでなく、閉じられた扉についても感謝する時間を持ってください。自分の人生が神の御手の中に委ねられていると信頼し、安らぎの中でこの季節を生きるなら、神によって閉じられた扉もまた、拒絶ではなく一つの答えであると気づくはずです。
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