マモンの正体:財布が語るあなたの主人

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はじめに

できれば避けたい話題というものがあります。フランスでは政治の話は気軽にできますし、信仰についても少しは話せます。でも、お金の話となると別です。ところが、イエス様はお金についてよく語られました、それも何度も。山上の説教の中で、神を愛することと隣人を愛することのちょうど間に、橋のような役割を果たす箇所があります。マタイ6章19節から24節です。今日は、お金が決して中立的なものではないということを見ていきましょう。あなたが何をため込むかはあなたの心を映し出し、あなたがどう見るかはあなたの仕え方を映し出します。そして最後には、忠誠の問題にたどり着きます。あなたは本当は誰に仕えているのでしょうか。

メッセージの構成

1. 二つの宝、二つの土台:何をため込むかがあなたの心を映し出す

  • イエス様は普遍的な事実から始めます。人間はため込む生き物だということです。本、切手、カード、車、洋服。私たちはコレクションをします。それは私たちの本性の一部です。
  • イエス様は二つの宝を対比させます。「地上に」ある宝は虫やさびに侵され、盗人に狙われますが、「天に」ある宝は残ります。
  • 聖書において、天に宝をため込むというのは、ほとんどの場合ただ一つのことを指しています。それは寛大さ、つまり自分が持っているものを脱ぎ捨てて他者に与えるという行為です。
  • そしてイエス様はこう結論づけます。「あなたの宝のあるところに、あなたの心もある」と。あなたのため込み方は、神に対するあなたの心の実際の状態を映し出しているのです。

2. 二つのまなざし、二つの仕え方:あなたの目が愛せるかどうかを決める

  • イエス様はたとえを変えて、目について語ります。「目は体の明かりです。」
  • ヘブル的な言い回しでは、「良い目」を持つとは寛大であることを意味し、「悪い目」を持つとはけちであることを意味します。これは視力の話ではなく、生き方を映すフィルターなのです。
  • 二人の人が同じ場面を経験するとします。ある兄弟が新しい携帯電話を手に入れました。けちな目は自分のことばかり計算します。寛大な目は相手のために喜び、お金に困っている学生を祝福しようとし、食事や時間を差し出します。
  • お金との向き合い方は、長い目で見れば、あなたが本当に愛することができるかどうかを決めるのです。

3. 二人の主人、一つの選択:神かマモンか

  • イエス様はこう結論づけます。「だれも二人の主人に仕えることはできません。」不可能なのです。
  • マモンとは、単に「お金」を意味するアラム語です。しかしイエス様はこれを人格化し、あなたの忠誠を求めるライバルとして神と向かい合わせます。
  • そこに中間地帯はありません。キリストへの愛は、マモンへの愛と反比例します。一方が上がれば、もう一方は下がります。
  • 問われているのは「いくら献げるべきか」ではなく「私は誰に仕えているのか」ということです。あなたの忠誠は、あなたのお金の使い方についていくのです。

覚えておきたいポイント

  • お金は決して中立的な話題ではありません。それはあなたの心、あなたのまなざし、あなたの忠誠に触れる霊的な話題なのです。
  • 聖書は繁栄の福音を退けます。神があなたのために用意している計画は富ではなく、聖書がまず霊的なものとして描く救いと豊かないのちです。
  • 天に宝をため込むというのは、神秘的なイメージではありません。それは具体的な寛大さ、神の手の中で村々を養い、心を開くことのできる「ひとつかみの米」のようなものです。
  • あなたのお金との関係を明らかにするのは、あなたの感情ではなく、あなたの行動です。感情は嘘をつくことがありますが、行動は内側で起きていることを映し出します。
  • あなたはお金の所有者ではなく、神の栄光のためにそれを管理する管理者なのです。
  • 寛大さのリスクを取ることを拒むなら、神が働かれる姿を見る機会も、霊的に成長する機会も失うことになります。

個人的な適用

  1. 今週、十分間の時間を取って、自分に問いかけてみましょう。「今、私は何をため込もうとしているだろうか」と。自分を検閲せずに書き出してみてください。
  2. 自分の家計を正直に見つめてみましょう。あなたには、主と隣人に献げるためにあらかじめ考えられた「祝福予算」がありますか、それとも必要と娯楽の項目しかありませんか。
  3. 飛行機のチケットやオンラインでの買い物を比較検討するのと同じくらいの努力を、支援すべき団体や人、働きを選ぶために注いでみましょう。時間をかけ、祈り、決断してください。
  4. 神があなたに委ねてくださった賜物に投資しましょう。家計に「研修、本、講演会」という小さな項目を加えて、より良く仕えられるよう成長する時間を持ちましょう。
  5. 霊的な生活の中で何か行き詰まりを感じるなら、自分にこう問いかけてください。「お金との関わりの中で、キリストに主権を明け渡していない場所はないだろうか」と。ホームグループでそれを分かち合う勇気を持ちましょう。

このテーマに関連する聖句

よくある質問

イエス様はお金を持つことや稼ぐことを禁じているのですか。

いいえ、そうではありません。このメッセージは、富そのものが罪だとも、貧しさが霊的なことだとも言っていません。箴言30章7節から9節が思い起こさせるように、あなたにはパンを買うためのお金が必要です。イエス様が指摘しているのは、自分のためだけにため込む心、自分にばかり向いたまなざし、神からお金へと移ってしまう忠誠です。問題は、あなたがお金を持っているかどうかではなく、あなたの人生で誰が主人の座に座っているかなのです。

この箇所は繁栄の福音を後押しするものなのですか。

いいえ、むしろ真っ向から反対しています。神に献げることは、あなたがより豊かになって戻ってくる投資ではありません。聖書は、神の名のもとに最も貧しい人々から奪う者たちをはっきりと非難しています(箴言22:22-23)。神があなたのために用意している目的は、物質的な蓄積ではなく、まず霊的なものである救いと豊かないのちです。それと反対のことを約束する教えからは逃げましょう。

マモンが自分の中で大きくなりすぎたと気づいたら、具体的に何から始めればよいですか。

自分を責める必要はありませんが、そのまま眠り込んでしまってもいけません。まず、神の前でありのままを言い表すことから始めましょう。そして今週、具体的な一歩を踏み出してください。家計に「祝福」の項目を作る、本当は必要のない物を誰かに譲る、困っている人だと分かっている誰かに食事をご馳走する、といったことです。最後に、兄弟姉妹やホームグループ、長老に話してみましょう。この種の戦いは一人で戦うものではなく、共に、主の食卓において戦うものだからです。

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