マルコ3章:イエスと共にいるために召され、遣わされる

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はじめに

大切な決断をしなければならないとき、あなたはまず何をしますか。北海道にある千歳福音キリスト教会の牧師は、この問いから話を始めます。多くの場合、私たちクリスチャンはまず祈ります。神様に御心がどこにあるのかを尋ね、信頼できる人にも助言を求めます。

イエス様ご自身もそうされました。十二人を選ぶ前に、夜を徹して祈られたのです。マルコ3章13-19節のこのメッセージで、牧師は「使徒」という言葉の意味、十二人に託された三つの使命、そしてこの平凡な人々の姿に目を向けます。

その結論は、すべての信仰者に当てはまります。今日の教会も、この小さな群れと同じ使命を受けています。私たちは神の国の大使として遣わされ、神の恵みを証しするのです。

メッセージの流れ

1. 大きな決断の前に神に尋ねる

  • 助言を求めるとき、今ならLINEやメール、電話、直接会うといった方法があります。しかし、私たちはいつも本当に信頼できる人を選びます。何も答えてくれないと思う人のところへは行きません。
  • 約八年前、牧師は東京の西の端にある教会で奉仕していました。大きな決断を前にして、主の御心がはっきり見えませんでした。
  • 妻と一緒に、富山県の年配の牧師を訪ねました。この方は、牧師が23歳で教会に通い始めて六か月のとき、イエス・キリストが救い主であること、十字架ですべての罪を負われたこと、そしてよみがえられたことを伝えてくれた人です。そのとき、牧師はイエス様を主、救い主として信じました。
  • 夫妻は事情を話し、この件について神様がどう考えておられるのかが分かるように祈ってほしいと頼みました。それ以来、神様の導きが少しずつ見えてきました。その結果、今は千歳の教会とともに主の恵みの中を歩んでいる、と牧師は語ります。
  • 私たちの最初の相談相手は、やはり神様ご自身です。神様は最も信頼できる方であり、私たちの祈りの一つひとつを真剣に聞き、何らかの方法でご自分の思いを示してくださいます。ですから、何も隠さず心を注ぎ出し、大胆に祈ることができます。

2. イエスは十二人を召す前に夜通し祈られた

  • マルコ3章13節は、イエス様が山に登り、ご自分が望む者たちを呼び寄せられたと伝えています。ルカも同じ出来事を記しています。「そのころ、イエスは祈るために山へ行き、神に祈りつつ夜を明かされた」(ルカ6:12)。
  • ルカによれば、イエス様はだれも伴わず、ひとりで山に登られました。牧師はそこに、邪魔されずに祈り、父なる神との交わりの中で夜を過ごしたいという願いを見ています。
  • なぜそれほど長く祈ったのでしょうか。それは重大な事柄だったからです。大勢の弟子たちの中から、イエス様はわずか十二人だけを選び、使徒と名づけられました。この選びを最も大切なことと考え、選ぶ前に父なる神と語り合おうとされたのです。
  • ギリシア語のアポストロスは、特別な使命を帯びて遣わされる者を指します。使者、特使、つまり各国が日本に派遣する大使のような存在です。
  • 14節と15節によれば、十二人は三つの使命を受けます。

3. 第一の使命:イエスと共にいること

  • 十二人はまず、イエス様のそばにいて学ぶよう召されました。イエス様の言葉、考え、奇跡を含むすべての行いを見て、聞いて、感じ、それを自分の中に取り込むのです。これは、イエス様と共にいることでしか身につきません。
  • 牧師は問いかけます。キリスト教とは何でしょうか。聖書がイエス様について語ることを集めること、教会の歴史や偉大な宣教師たちの生涯を語ること、そのどれも有益です。しかし、それが本質ではありません。「キリスト教とは何か。その答えはキリストです。」
  • キリスト教を深く知りたいなら、イエス・キリストご自身を知る必要があります。この知識は本やインターネット、講義だけから得られるものではありません。イエス様との個人的な出会いと関係から生まれ、そのためにはそばにとどまることが求められます。
  • 牧師はこれを聖書学院にたとえます。そこでは聖書の原語や組織神学、教会史を学びます。けれども、学びや出会い、ときにはぶつかり合いや助け合いを通して、学生たちは自分の貧しさ、罪、醜さにも気づき、神のあわれみを体験します。
  • 毎年、教会に証しに来る北海道の聖書学院の学生たちは、よくこう言います。多くのことを学んだけれど、それ以上に、自分の弱さと、そんな自分を立ち上がらせてくださる神の愛を知った、と。
  • 同じように、イエス様は十二人をそばに置き、ご自分が何者であるかを示し、彼ら自身の弱さと罪にも気づかせようとされました。

4. 第二の使命:遣わされて宣べ伝えること

  • 14節は続けます。「宣教につかわし」。使徒たちがイエス様のもとで受けたもの、知識も恵みも、分かち合うためのものでした。自分たちだけのものにしておいてはならなかったのです。
  • 彼らが本当に福音を宣べ伝え始めたのは、十字架と復活の後、さらにはペンテコステの後でした。しかし、福音を告げ知らせることが自分たちの使命だと理解したのは、おそらくこのときだったのだろう、と牧師は考えています。
  • 礼拝の初めに唱える教会の年間聖句も、同じことを語っています。「御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み」(テモテ第二4:2)。牧師にとって、これはまさにイエス様が十二人に期待されたことです。
  • 受けた恵みを分かち合うのはごく自然なことですが、その方法はさまざまです。牧師は金太郎飴を例に挙げます。どこで切っても同じ顔が出てくる日本のお菓子です。クリスチャンはそうではありません。性格も環境も賜物も健康状態も違います。だれもが上手に話せるわけではなく、だれもが聞き上手とは限らず、だれもが家庭訪問をできるわけでもありません。
  • 牧師は、教会が前の日曜日に行ったチラシ配りを例に挙げます。一軒一軒回ってポストにチラシを入れる人だけが必要なのではありません。カードを用意する人、チラシの枚数を数える人、陰で祈る人も必要です。これらの奉仕が合わさって、伝道の働きになります。
  • だれもが十二人と同じように福音を運ぶよう召されていますが、その形は一様ではありません。それぞれにふさわしい形があります。

5. 第三の使命:悪霊に対する権威

  • 15節はこう付け加えます。「悪霊を追い出す権威を持たせる」。イエス様の時代、悪霊の働きは激しく、多くの人が苦しんでいました。
  • その影響が及ぶと、人は支配され、神の御心に反する行動へと押しやられることがあります。
  • しかし、悪は神の子の前ではその権威を振るうことができません。イエス様の権威は悪よりも上にあるからです。
  • イエス様はこの権威を使徒たち一人ひとりに与えられました。彼らには、悪の支配下にある人々を解放する力と使命がありました。

6. 平凡な人々、教会に託された同じ使命

  • 16節から19節には十二人の名が挙げられ、最後は「イエスを裏切った」イスカリオテのユダです。何人かには、イエス様があだ名をつけられました。
  • ガリラヤの漁師シモンは、「岩」を意味するペテロという名を与えられます。それが彼の頑固さを指すのか、揺るがない信仰を指すのか、牧師にも分からないと言います。
  • ゼベダイの子ヤコブとヨハネは、「雷の子ら」を意味するボアネルゲという名を受けます。牧師は笑みを浮かべます。きっと的を射ていたのでしょう。血の気が多かったのかもしれません。元徴税人のレビは、「主の賜物」という意味のマタイと呼ばれます。
  • イエス様のまわりにはいつも群衆がいて、信じる人もいれば、反対する人もいました。福音書は、信じる人たちを弟子と呼びます。イエス様はその中から十二人を選ばれました。
  • この名簿を読むと、彼らが社会的地位でも能力でもエリートではなかったことが分かります。それは今日の教会も同じです。「むしろ欠点だらけの人々の集まり」なのです。それでもキリストの教会は、主のあわれみによって立てられた群れです。
  • 初代教会はこの十二人によって導かれ、同じ使命が私たちの教会にも託されています。私たちは神の国の大使として、特別な使命を帯びて遣わされ、神の恵みを証しします。私たち一人ひとりが、使徒と呼ばれた人々と霊的につながっているからです。

大切なポイント

  • 大きな決断の前に、イエス様は祈りの中で父なる神に尋ねられました。神様は私たちの最初の相談相手であり、私たちの祈りを一つひとつ聞いてくださいます。
  • キリスト教とはキリストです。キリストを知るには、個人的な関係の中でそのそばにとどまることです。
  • イエス様のそばにいると、イエス様が何者かが見えてきます。同時に、ご自分のあわれみに覆われた私たち自身の弱さも見えてきます。
  • 受けた恵みは分かち合うためのものです。一人ひとりが、賜物と状況に応じて、それぞれの方法で福音を伝えます。
  • 十二人はエリートではありませんでした。教会は不完全な人々の集まりであり、主のあわれみによって立てられ、神の国の大使として遣わされています。

個人への適用

  1. 今あなたが抱えている決断について、まず何も隠さずに神様の前に心を注ぎ出しましたか。
  2. イエス様について知っていることを超えて、今週はどのように「イエス様のそば」で時間を過ごしていますか。
  3. イエス様のそばにいることで、あなた自身の弱さとイエス様のあわれみについて、何に気づきましたか。
  4. あなたの賜物、健康、置かれた状況を踏まえて、福音を伝える働きのどの部分を担えるでしょうか。話すこと、聞くこと、準備すること、陰で祈ることなどが考えられます。
  5. あなたは、自分が生きている場所で神の国の大使だと思っていますか。そう考えると、あなたの一週間は何が変わるでしょうか。

引用した聖句

よくある質問

なぜイエスは十二人を選ぶ前に夜通し祈られたのですか。

ルカ6章12節によれば、イエス様はひとりで山に登り、夜通し神に祈られました。牧師は、これは使徒を選ぶことが非常に重要な決断だったしるしだと見ています。十二人を召す前に、イエス様は父なる神と語り合おうとされたのです。

「使徒」という言葉は何を意味しますか。

ギリシア語のアポストロスは、特別な使命を帯びて遣わされる者を指します。使者、特使、つまりある国が別の国へ派遣する大使のような存在です。牧師は、教会も同じように、神の国の大使として自らを見るよう勧めています。

マルコ3章で十二人に与えられた三つの使命とは何ですか。

マルコ3章14-15節には三つ記されています。イエス様のそばにいて学ぶこと、遣わされて宣べ伝えること、そして悪霊を追い出す権威を受けることです。牧師は、同じ使命が今日の教会にも託されており、一人ひとりが賜物と状況に応じてそれを担うのだと強調しています。

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