小羊の婚宴:完全な祝宴への備え

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はじめに

結婚式は、何か月もかけて準備するお祝いです。会場、ケータリング、装飾、招待状、衣装…その日が近づくにつれて、どの細部も大切な意味を持つようになります。7月19日にエヴァンさんと結婚したポール・ジョルジュさんも、この喜びに満ちた準備の時間を経験しました。けれども彼は、黙示録19章6〜9節から語られたこの説教の中で、こう語ります。もっと美しく、もっと完全な結婚式があり、あなたも個人的にそこへ招かれている、それが「小羊の婚宴」です。

この黙示録の箇所は、喜びにあふれています。「わたしたちは喜び楽しみ、神に栄光を帰そう。小羊の婚礼の時が来て、花嫁は用意を整えたのだから。」この将来の結婚式は、今日のあなたの生き方をどのように変えるのでしょうか。そして、あなたは具体的にどう備えることができるのでしょうか。

説教の構成

1. 小羊の婚宴は完全な未来を指し示し、あなたを喜びと神への賛美へと招く

黙示録19章で、ヨハネは「大群衆のような声」が喜びに満ちてとどろくのを聞きます。「主なる、全能の神が支配された」からです。この賛美の爆発は、突然湧いて出たものではありません。その直前の章では、バビロンの崩壊が描かれています。

聖書におけるバビロンとは、単なる古代都市以上の存在です。それは神に逆らうすべてのもの、諸国民を引き裂く戦争、不正、貧しい者への抑圧、権力者の高慢を象徴するようになりました。バビロンとは、朝ニュースを見たときに目にするもの、と言ってもよいかもしれません。そして本文は、いつの日か神がこの都を完全に滅ぼすと告げます。その煙は「世々限りなく」立ち上ります。悪はもう二度と再建されないのです。

バビロンに代わって、イエス様がご自分の支配を打ち立てます。頭にいくつもの冠をつけ、白い馬に乗り、天の軍勢を従えて現れます。悪の痕跡を消し去る、柔和で善い王です。ここに、あなたが喜ぶべき第一の理由があります。正義が確立されたのです。

第二の理由は、神が再びご自分の民と結ばれるということです。旧約聖書では、神はイスラエルの夫として自らを示されました。しかし民は何度も何度も離れていき、ついに神はエレミヤ書3章で離縁を宣言されます。ここ、黙示録19章では、その離縁が取り消されます。関係が回復するのです。そしてこの和解が可能になったのは、小羊であるイエス様が十字架の上で、あなたの不誠実の代価を支払われたからです。

2. 花嫁は用意を整えた:そして輝く清い麻布をまとうことが許された

7節と8節には、注目すべき均衡が見られます。「花嫁は用意を整えた。輝く清い麻布をまとうことが許された。この麻布とは、聖徒たちの正しい行いのことである。」

一方で、花嫁は自ら行動します。大切な日を最高のものにしようと駆け回る婚約者たちのように、積極的に自分自身を整えます。他方で、その衣は花嫁に与えられるものです。彼女が自分一人で作り上げるのではありません。

エペソ人への手紙5章25〜27節が、この不思議を明らかにしてくれます。「キリストは教会を愛し、教会のためにご自分をお捧げになりました。それは、水と御言葉によって教会を洗いきよめて聖なるものとし、しみやしわなどのないものとして、栄光の教会をご自分の前に立たせるためでした。聖く、傷のないものとするためです。」教会という花嫁を整えるのはイエス様ご自身です。花嫁を洗い、欠けのない者としてくださるのも、イエス様なのです。

これはあなたにとって、具体的に二つのことを意味します。まず、婚宴を受け身で待つだけの「ソファに寝そべる人」のままではいられません。備えをし、正しい行いをし、イエス様の御名を尊ぶ必要があります。しかし同時に、まるで自分の努力が神の承認を勝ち取るかのような律法主義に陥ってもいけません。あなたはただ神の恵みに寄りかかります。あなたの人生に良い行いをもたらし、それを可能にしてくださるのは、イエス様ご自身だからです。

3. 婚宴の祝宴は神の招きを思い起こさせる

9節にはこうあります。「小羊の婚宴に招かれた人々は幸いである。」イエス様は、マタイの福音書22章の王の婚宴のたとえで、同じイメージを用いておられます。ある王が、自分の息子のために婚宴を催します。しもべたちを遣わして客を招かせますが、誰もが言い訳をして避けてしまいます。忙しいから、結婚したばかりだから、来客があるから。中にはしもべたちを乱暴に扱う者さえいます。王は正当な怒りをもって、その町をバビロンのように滅ぼします。

それから王は、しもべたちを大通りに遣わし、出会う人すべてを招きます。会場は人でいっぱいになります。ところが招かれた人々の中に、婚礼の礼服を着ていない者が一人いました。王は、その者が備えをしていなかったために外へ追い出させます。

このたとえが語っていることは、まさに黙示録19章が語っていることと重なります。悪しき者たちはさばかれます。しかし、迎え入れられる客とそうでない客を分けるのは、神の招きに対する応答と、その備えです。何事もなかったかのような格好で結婚式に来る人はいません。人は備えをするものなのです。

心に留めたいポイント

  • 小羊の婚宴は、悪の最終的な滅びと、イエス様によるあなたと神との関係の回復を告げ知らせます。
  • あなたは、黙示録19章で神を賛美する大群衆のように、積極的に喜ぶよう招かれています。
  • 教会、すなわちあなたの霊的な花嫁は自ら備えをしますが、それを聖なるものとし、衣を与えてくださるのはイエス様です。
  • 良い行いはあなたを救うのではありません。それは、大切な日を尊ぶために神が与えてくださる衣なのです。
  • 招きを拒むこと、あるいは備えをせずに受け入れることは、結婚式の日に外に取り残されることと同じです。

個人的な適用

  1. イエス様の再臨と小羊の婚宴という祝宴を思い、積極的に喜ぶ時間を最後に持ったのはいつですか。
  2. 今のあなたは、律法主義(すべてを自分の努力で行おうとすること)と、受け身の姿勢(何も備えずにただ待つこと)のどちらに傾きがちですか。どうすれば聖書的な均衡を取り戻せるでしょうか。
  3. 今週、神があなたの前に置いてくださる「良い行い」とはどのようなものでしょうか。それを、神があなたに与えてくださる衣の一部として受け取ることができますか。
  4. もしあなたがまだイエス様の招きに「はい」と答えたことがないなら、今日そうすることを具体的に妨げているものは何でしょうか。
  5. 日々の生活の中で、小羊の婚宴に少しずつ近づいていくような生き方とは、どのようなものでしょうか。

引用された聖句

よくある質問

黙示録19章における「小羊の婚宴」とは何ですか。

小羊の婚宴とは、屠られた小羊として示されるイエス様が、ご自分の教会と完全に結ばれる、最終的な祝いのことです。黙示録19章6〜9節は、それを完全な喜びのときとして告げ知らせます。そこでは悪がさばかれ、神と民との関係が決定的に回復されています。

小羊の花嫁とは誰のことですか。

花嫁とは教会のことです。すなわち、神の招きを受け入れ、イエス様に信仰を置いたすべての人々のことです。本文は、花嫁が「用意を整えた」こと、そして輝く清い麻布をまとうことが「許された」ことを述べており、この二つは一つに結びついています。

日々の生活の中で、どのように小羊の婚宴に備えることができますか。

行動と恵みの均衡を保ちながら生きることによってです。日々イエス様の赦しを受け取り、イエス様が委ねてくださる良い行いのうちを歩み、隣人に仕え、祈り、御言葉を黙想することです。祝宴を勝ち取るためではなく、あなたを招き、あなた自身を備えてくださる方を尊ぶためです。

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