聖書 — 口語訳 (1955)

マタイによる福音書 22

概要

マタイによる福音書22章は、婚宴のたとえで始まります。招かれた人々は来ることを拒み、招きはすべての人に広げられます。続いて三つの論争が起こります。パリサイ人とカイザルへの税金、サドカイ人と復活、そして最も大切な戒めを尋ねる律法学者です。イエスは、心を尽くして神を愛し、自分のように隣人を愛することだと答えられます。最後にイエス自らが、ダビデの子であり主であるキリストについて問いかけますが、だれも答えられません。この章は、神の招きと、神が何を期待しておられるかを示しています。

この章の5つの区分

  1. 1-14節婚宴のたとえ:すべての人への招き
  2. 15-22節カイザルのものと神のもの:税金をめぐる問い
  3. 23-33節復活:生きている者の神
  4. 34-40節最も大切な戒め:神を愛し、隣人を愛する
  5. 41-46節ダビデの子であり主であるキリスト

1イエスはまた、譬で彼らに語って言われた、

2「天国は、ひとりの王がその王子のために、婚宴を催すようなものである。

3王はその僕たちをつかわして、この婚宴に招かれていた人たちを呼ばせたが、その人たちはこようとはしなかった。

4そこでまた、ほかの僕たちをつかわして言った、『招かれた人たちに言いなさい。食事の用意ができました。牛も肥えた獣もほふられて、すべての用意ができました。さあ、婚宴においでください』。

5しかし、彼らは知らぬ顔をして、ひとりは自分の畑に、ひとりは自分の商売に出て行き、

6またほかの人々は、この僕たちをつかまえて侮辱を加えた上、殺してしまった。

7そこで王は立腹し、軍隊を送ってそれらの人殺しどもを滅ぼし、その町を焼き払った。

8それから僕たちに言った、『婚宴の用意はできているが、招かれていたのは、ふさわしくない人々であった。

9だから、町の大通りに出て行って、出会った人はだれでも婚宴に連れてきなさい』。

10そこで、僕たちは道に出て行って、出会う人は、悪人でも善人でもみな集めてきたので、婚宴の席は客でいっぱいになった。

11王は客を迎えようとしてはいってきたが、そこに礼服をつけていないひとりの人を見て、

12彼に言った、『友よ、どうしてあなたは礼服をつけないで、ここにはいってきたのですか』。しかし、彼は黙っていた。

13そこで、王はそばの者たちに言った、『この者の手足をしばって、外の暗やみにほうり出せ。そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。

14招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない」。

15そのときパリサイ人たちがきて、どうかしてイエスを言葉のわなにかけようと、相談をした。

16そして、彼らの弟子を、ヘロデ党の者たちと共に、イエスのもとにつかわして言わせた、「先生、わたしたちはあなたが真実なかたであって、真理に基いて神の道を教え、また、人に分け隔てをしないで、だれをもはばかられないことを知っています。

17それで、あなたはどう思われますか、答えてください。カイザルに税金を納めてよいでしょうか、いけないでしょうか」。

18イエスは彼らの悪意を知って言われた、「偽善者たちよ、なぜわたしをためそうとするのか。

19税に納める貨幣を見せなさい」。彼らはデナリ一つを持ってきた。

20そこでイエスは言われた、「これは、だれの肖像、だれの記号か」。

21彼らは「カイザルのです」と答えた。するとイエスは言われた、「それでは、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。

22彼らはこれを聞いて驚嘆し、イエスを残して立ち去った。

23復活ということはないと主張していたサドカイ人たちが、その日、イエスのもとにきて質問した、

24「先生、モーセはこう言っています、『もし、ある人が子がなくて死んだなら、その弟は兄の妻をめとって、兄のために子をもうけねばならない』。

25さて、わたしたちのところに七人の兄弟がありました。長男は妻をめとったが死んでしまい、そして子がなかったので、その妻を弟に残しました。

26次男も三男も、ついに七人とも同じことになりました。

27最後に、その女も死にました。

28すると復活の時には、この女は、七人のうちだれの妻なのでしょうか。みんながこの女を妻にしたのですが」。

29イエスは答えて言われた、「あなたがたは聖書も神の力も知らないから、思い違いをしている。

30復活の時には、彼らはめとったり、とついだりすることはない。彼らは天にいる御使のようなものである。

31また、死人の復活については、神があなたがたに言われた言葉を読んだことがないのか。

32『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』と書いてある。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」。

33群衆はこれを聞いて、イエスの教に驚いた。

34さて、パリサイ人たちは、イエスがサドカイ人たちを言いこめられたと聞いて、一緒に集まった。

35そして彼らの中のひとりの律法学者が、イエスをためそうとして質問した、

36「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。

37イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。

38これがいちばん大切な、第一のいましめである。

39第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。

40これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。

41パリサイ人たちが集まっていたとき、イエスは彼らにお尋ねになった、

42「あなたがたはキリストをどう思うか。だれの子なのか」。彼らは「ダビデの子です」と答えた。

43イエスは言われた、「それではどうして、ダビデが御霊に感じてキリストを主と呼んでいるのか。

44すなわち 『主はわが主に仰せになった、あなたの敵をあなたの足もとに置くときまでは、わたしの右に座していなさい』。

45このように、ダビデ自身がキリストを主と呼んでいるなら、キリストはどうしてダビデの子であろうか」。

46イエスにひと言でも答えうる者は、なかったし、その日からもはや、進んでイエスに質問する者も、いなくなった。

鍵となる聖句

14節
招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない」。

たとえの結びです。招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない。招きは広く開かれていますが、応答を求めています。キリスト教の諸伝統は、選ばれるという言葉を異なる仕方で理解しており、この節だけではそれを決められません。

21節
彼らは「カイザルのです」と答えた。するとイエスは言われた、「それでは、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。

カイザルの肖像のある貨幣を前に、イエスは二つの負債を、対立させることなく区別されます。市民の権威に属するものと、神に属するものです。神のかたちに造られた人間は、すべてが神のものだと読む人も多くいます。

32節
『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』と書いてある。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」。

イエスは、神がモーセの前でご自身につけられた名によって、復活を示されます。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神です。神に属する人々は、神にとっては生き続けているのです。

37-39節
イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。 これがいちばん大切な、第一のいましめである。 第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。

最も大切な戒めは、全身全霊で神を愛し、次に自分のように隣人を愛することです。イエスは律法の二つの箇所を結びつけ、神が期待しておられることのすべての要約とされました。

44節
すなわち 『主はわが主に仰せになった、あなたの敵をあなたの足もとに置くときまでは、わたしの右に座していなさい』。

イエスは詩篇110篇を引いて、だれも解けない問いを投げかけます。キリストはどうして、ダビデの子でありながら、ダビデの主でもありうるのか。メシヤは、人々が期待していたものを超えておられることを示唆しておられます。

説教が語っていること

マタイによる福音書22章についてよくある質問

カイザルのものはカイザルにとはどういう意味ですか

税について問われたイエスは、カイザルの肖像のある貨幣を見せるよう求め、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさいと答えられました。イエスは敵対者たちの罠を避けておられます。信じる者は市民の権威に対する義務を負うが、最終的な忠誠は神に属する、と受け取る人が多くいます。

マタイによる福音書22章で最も大切な戒めは何ですか

イエスは、心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして主なる神を愛し、次に自分のように隣人を愛することだと答えられます。さらに、律法全体と預言者が、この二つの戒めにかかっていると付け加えられます。神と隣人への愛が、神の望まれることを要約しているのです。

婚宴のたとえはどういう意味ですか

王が王子のために婚宴を催しますが、招かれた人々は来ようとしません。そこで王は、道で出会う人をだれでも招きます。このたとえは、神の招きがすべての人に差し出されており、真実な応答を求めていることを示しています。11節の礼服をつけていない人は、招きには責任が伴うことを思い起こさせます。

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