はじめに
「私たちは毎日、奇跡の中で生きています。けれども、それを分かち合う習慣を忘れてしまいました。」この確信をもって、BE Church Verona のブラジル人の姉妹が礼拝の中で語り始めます。2023年にイタリアへ来てから、神が自分の人生と家族の人生の中でなさったことを話してくれました。
彼女はすぐにこう断ります。これから話すのは、ほんの一部にすぎません。「丸一週間話せたとしても、全部を語るには足りません。」この証しを書きながら、感謝のあまり涙を流したそうです。
手続き、待つ時間、そして疑い。その背後には一本の糸が通っています。この3年間で、この家族は神に本当に頼るとはどういうことかを学びました。そして初日から彼らに寄り添ってきた聖書の言葉があります。詩篇126篇です。
メッセージの流れ
1. 子どもの頃の夢が、イエスとともに歩む道になった
- 幼い頃から、彼女はブラジルの外で暮らすことを夢見ていました。母親には、いつかロンドンに住むと言い続けていたそうです。「私は今もロンドンを知らないんです」と、笑いながら話します。
- 家族がイタリアを考え始めたとき、彼女にとってはまず、その夢をかなえる機会でした。「でも、この道のりで神が何をなさるのか、私たちは想像もしていませんでした。」
- 夫婦と2人の子どもは、仕事も家も家族も、すべてを残してきました。出発するために、家も売りました。
- 歩みはまだ終わっていません。「生きている限り、私たちはいつでも変えられる可能性を持っています。」
- そこから最初の教訓を引き出します。「大切なのは、望む場所に着くことではなく、イエスとともに歩む道のりです。」
2. 扉が閉ざされるとき
- この家族は、彼女と子どもたちのためにイタリア国籍を申請するために来ました。手続きは、到着の数か月後に市役所で始まります。
- 6か月後、市役所から書類の訂正を求められます。ブラジルでは、こうした訂正は今では裁判所の手続きを通す必要があり、家族はすぐにそれを始めました。出入国管理局からは「待つしかありません」と言われます。
- 1年以上たって、ようやく訂正された書類が届きます。しかしその間の2025年3月に、血統による国籍取得の法律が変わりました。市役所は書類を受け付けません。「法律が変わったので、あなたの国籍申請を続けることはできません。」
- 彼女は公式の回答を書面で求め、それが届いたのは2か月近くたってからでした。家族は合法的にイタリアにとどまる別の方法を探しますが、見つかりません。
- 家族の雇い主たちが弁護士を紹介し、最初から最後まで力になってくれました。「神がこの人たちを私たちの人生に置いてくださったと確信しています。」
3. 何か月も前から待っていた許可証
- 新しい手続きの準備をしていた弁護士が、事情を説明するために出入国管理局に電話をします。返ってきた答えは、皆を驚かせました。滞在許可証が、数か月前から受け取れる状態になっていたのです。
- 以前の面談で、彼女はもう取得できない市役所の受領証を求められていました。そのとき彼女は「このままにしておこう。神が何をなさるか見てみよう」と心の中で言ったそうです。家族は、その許可証は失われたと思っていました。
- 彼女は、有効期限のわずか4か月前にそれを受け取ります。その後、国籍に関する手続きがイタリアの裁判所で始まりました。今も結果を待っているところです。
- 何もせずに待つよりも、と彼女は許可証の更新を申請します。入国管理局での面談は、数か月後でした。朝早く着いたのに、呼ばれたのは午後の早い時間でした。
- 彼女は思い切って尋ねます。この許可証を就労許可に切り替えられないでしょうか。担当者は同僚に相談した上で、切り替えてくれました。許可証は、わずか数週間で出来上がりました。「私にとって、あの人がしてくれたことは奇跡です。」
- この変化は大きな意味を持ちます。待機のための許可証では、ほとんど待つことしかできません。しかし就労許可は、すべてを変えます。これで、これまで許可証のなかった夫の許可を申請できるようになりました。
4. 疑い、疲れ、そして答えられた祈り
- ブラジルを出るとき、彼女は確信していました。神が扉を開いてくださった、と。「でも時間がたつにつれて、心は問いでいっぱいになりました。」この選択は本当に神のみこころだったのか、彼女は何度も神に尋ねました。
- 娘さんがイタリアの学校に慣れるには時間が必要でした。言葉の問題だけではありませんでした。
- 夫は借り物の自転車で、雨の日も寒い日も暑い日も20キロの道を仕事に通い、いつも疲れていました。「本当に勇敢な人です。私たちの道しるべであり、安全な港です。」
- 2年半のあいだ、家族4人はワンルームのアパートで暮らしました。ようやく近くの町に引っ越せることになったとき、市役所が住民登録を済ませるまでに4か月かかりました。
- 疲れ果てた彼女は祈ります。「主よ、本当に私たちがここにとどまることを望んでおられますか。去れと言われるなら去ります。でも、この状況にとどまりたくはありません。」その1週間後、市役所から住民登録の連絡が入ります。
- 彼女は、来たことを一度も後悔していません。息子さんから、来たいと頼んだわけじゃない、と何度言われたときでも同じでした。出発の前、彼らは神に導きを求めていました。「私たちがここにいるのは、神がここにいることを許してくださったからです。」
5. 神に頼るとはどういうことか
- 「神に頼るとは、高ぶることをやめ、自分で何でもできると思わなくなることです。」
- ブラジルでの暮らしは穏やかでした。子どもたちは私立のキリスト教学校に通い、家があり、それぞれが自分の車を持っていました。「ここに来て初めて、自分が本当の意味で神に頼って生きたことがなかったと気づきました。」
- 彼らは、神に答えを出していただくことを学びました。何かが足りないとき、神は一人の兄弟を送り、その人がそっとお金をバッグに入れてくれます。
- 彼女はイタリアで働くつもりはありませんでした。声をかけてくれたのは夫の上司で、最初は梱包や製造の仕事、その2か月後に事務所での仕事になり、今は勤めて1年8か月になります。「これは奇跡だと分かっています。」
6. コーヒーを囲んでの祈り
- 神に頼るとは、神にこう尋ねることでもあります。「ここで、あなたのために私に何ができますか。」
- 家族は上司を家に招き、チーズパンのパォン・ジ・ケージョと塩味のパイを添えた本格的なブラジル風のコーヒーでもてなしました。彼女は尋ねます。「食べる前に祈ってもいいですか。」招かれた人たちは少し不思議に思いましたが、受け入れてくれて、息子さんが祈りました。
- 翌日、気になった上司が夫に聞きます。「皆さんは毎日一緒に祈っているんですか。」彼女は、種がまかれたと絶対的な確信を持っています。
- 「私たちの誰ひとり、偶然ここにいるのではありません。イタリア人であってもなくても同じです。この国にイエスが必要だから、私たちは皆ここにいるのです。」
- 彼女はこう付け加えます。こうしてすべてを分かち合うのは、決して揺らがない信仰を持ち、一度も疑ったことのない女性だからではありません。ただ、自分の経験するすべてのことの中で、イエスの御名をあがめたいのです。「解決の見えない状況の中にいるなら、イエスこそが解決です。」
7. 詩篇126篇:主は私たちのために大いなる事をなさった
- 出発の日、ブラジルの空港で、家族は詩篇126篇から取った歌を流しながらパスポートの写真を撮りました。この詩篇は、イタリアでの歩みの道しるべになりました。
- 「シオンの繁栄を回復されたとき、われらは夢みる者のようであった。[...]主はわれらのために大いなる事をなされたので、われらは喜んだ。[...]涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。」
- 彼女は、ひとりひとりに問いかけます。主はあなたのために、すでにどれほどのことをしてくださったでしょうか。涙で潤した種、救い出し、開かれた扉、あなたの道に置かれた人々は、どれほどあったでしょうか。
- 「私たちは、状況に縛られてはいけません。自分の不満で、神の私たちへの愛を測ってもいけません。」神は私たちの願いをかなえるためではなく、私たちの心を変えるためにおられます。
- 「神は私の人生で大いなることをしてくださいました。私が期待していなかったことです。私は別のものを期待していました。」
- 礼拝の結びに、教会の責任者がこの詩篇を取り上げます。書類の問題や家の購入の中で神のみわざを見た人、不治と宣告された人、離婚寸前までいった人もいますが、「今日、みんなここにいます」。「神は大いなることをなさいました。神は大いなることをなさっています。そして神は、これからも大いなることをなさいます。」
心にとめたいこと
- 大切なのは、望む場所に着くことではなく、イエスとともに歩む道のりです。
- 神に頼るとは、すべてを自分ひとりでやろうとする高ぶりを手放し、神に答えを出していただくことです。
- 疑いは信仰を失格にしません。祈りの中で疑いを神に持っていき、神が答えてくださるのを見ることができます。
- 偶然そこにいる人はいません。一杯のコーヒーと食前の祈りが、福音の種になることがあります。
- 神の愛を、自分の不満で測らないでください。神がすでになさった大いなることを思い出しましょう。
自分への適用
- 最近、日常の中でどんな奇跡を経験しましたか。今週、それを誰に話せるでしょうか。
- 神に頼る代わりに、自分ですべてをコントロールしようとしているのは、どんな分野ですか。
- 今、あなたが抱えている閉ざされた扉や待ち時間は何ですか。率直な祈りで、それを神にゆだねる勇気がありますか。
- 神があなたを置かれた場所(職場、地域、学校)で、神のために何ができるでしょうか。招待のような小さなことでもかまいません。
- 詩篇126篇を読み返すとき、主はあなたのために、どんな「大いなる事」をすでにしてくださったでしょうか。
引用した聖句
よくある質問
この証しによると、神に頼るとはどういうことですか。
高ぶることをやめ、自分で何でもできると思わなくなり、神に働いていただき、答えを出していただくことです。ブラジルでこの家族は快適な暮らしをしていて、本当の意味で神に頼ったことがありませんでした。イタリアでは、一人の兄弟を通して、仕事を通して、そして滞在許可証を通して、神が備えてくださるのを見ました。
なぜ詩篇126篇がこのメッセージの中心にあるのですか。
出発の日、空港で、家族は詩篇126篇から取った歌を流しながらパスポートの写真を撮りました。「主はわれらのために大いなる事をなされたので、われらは喜んだ」という言葉は、道しるべとなり、神がすでになさったすべてのことを思い出す招きとなりました。
出口が見えない状況の中で、どうすれば信仰を保てますか。
この証しは、状況に縛られず、自分の不満で神の愛を測らないようにと招いています。神を求め、人生をゆだねるなら、答えは来ます。それはあなたにふさわしいからではなく、神がすべての栄光を受けるにふさわしい方だからです。イエスこそが解決です。