聖書の人物 出エジプトのパロ

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

出エジプトのパロは、モーセとアロンが民を去らせよという神の命令を伝えた相手のエジプト王です。聖書は彼の名を記していません。彼は主を知らないと答え、イスラエルの労役を重くし、災いの中でも心を頑なにしました。初子の死の後に民を去らせますが、戦車で追撃して紅海で軍勢が沈みます。パウロはローマ人への手紙9章で彼を例に挙げます。

出エジプトのパロという名前の意味

パロは固有名詞ではなく、エジプトの王の称号です。大きな家、すなわち王宮を意味するエジプト語の表現と結びつけられるのが一般的です。出エジプト記はこの王の個人名を記さず、歴史上の誰にあたるかは議論が続いています。彼は、出エジプト記2章23節が死を伝えるエジプトの王の跡を継ぎました。

出エジプトのパロの生涯

  1. 主とはだれか

    出エジプト記5章1-2節

    モーセとアロンは、民を去らせて荒野で祭りを行わせよという神の命令をパロに伝えます。返ってきたのは挑戦的な答えでした。主とはだれか、その声に聞き従ってイスラエルを去らせなければならないのか、自分は主を知らないし、イスラエルも去らせない、と言うのです。以後の物語全体が、この問いに答えます。

  2. わらのないれんが

    出エジプト記5章4-9節

    パロはモーセとアロンが民を仕事から引き離していると責めます。その日のうちに、ヘブル人にわらを与えるのをやめ、れんがの数は同じに求めよと命じました。彼らを怠け者と呼び、モーセの言葉を偽りと断じます。神の言葉への最初の反応は、イスラエルの労役をさらに重くすることでした。

  3. しるしと頑なな心

    出エジプト記7章1-13節

    神はモーセに、パロの心を頑なにし、エジプトの地でしるしと不思議を増し加えると告げられます。アロンが杖を投げると蛇になり、呪法師たちも同じことをしましたが、アロンの杖は彼らの杖をのみ込みました。それでもパロの心は頑なになり、二人の言うことを聞き入れませんでした。

  4. 悔い改めのない告白

    出エジプト記9章27-35節

    災いが続く中で、パロは何度も民を去らせると約束します。雹の災いのとき、今度は自分が罪を犯した、主は正しく、自分と民は悪かったと認めました。しかし雹と雷がやむと、彼はまた罪を犯し続け、彼も家臣たちも心を頑なにしました。

  5. 初子の夜

    出エジプト記12章29-32節

    十番目の災いは、王座に着くパロの初子から、エジプトのすべての初子を打ちました。その夜のうちに、パロはモーセとアロンを呼び、立って民の中から出て行けと命じ、さらに自分のためにも祝福を祈れとまで言います。主を知らないと言った王が、主の前に膝を屈したのです。

  6. 追撃と紅海

    出エジプト記14章5-28節

    民が去るや、パロと家臣たちは奴隷を失ったことを悔やみます。パロは戦車を整え、えり抜きの戦車六百を率いてイスラエルを追いました。しかし主は民の前で海を分け、水が戻って、戦車も騎兵もパロの全軍勢をおおいました。詩篇136篇は、パロとその軍勢を紅海に投げ込んだ神をたたえます。

  7. パウロが引く例

    ローマ人への手紙9章14-18節

    パウロは神がパロに語られた言葉を引用します。神は、ご自身の力を示し、御名が全地に告げ知らされるために、彼を立てられたのです。パウロは、神が人を憐れみ、また頑なにされると結論します。パロは、人の抵抗さえ神の栄光のために用いる、神の主権の例となりました。

出エジプトのパロから学ぶこと

  • 主を知ろうとしない態度は、その言葉への抵抗に至ります。パロは主を知らないと言いました。
  • 試練が引き出した告白は、真の悔い改めではありません。パロは罪を認めても、圧力が去ると心を頑なにしました。
  • 神に否と言うことに慣れてはいけません。抵抗を繰り返す心は、ついに頑なになります。
  • どんな人間の力も、神が民を救い出されるのを妨げられません。主は主に属する者のために戦われます。
  • 神は主権者であり、有力者の反対さえも御名の栄光のために用いられます。

鍵となる聖句

出エジプト記5章2節

パロの最初の答えが彼の態度を要約しています。主を知らず、従うことも拒むのです。のちの災いが、イスラエルの神がだれかを示します。

出エジプト記9章16節

神はパロに、彼を立てておかれた理由を告げられます。力を見せ、御名を全地に告げ知らせるためです。王の抵抗さえ神の証しに仕えます。

出エジプト記14章13-14節

パロの軍勢を前に、モーセは民に恐れるなと言い、主が戦われると語ります。救いは、イスラエルの力ではなく神から来ます。

ローマ人への手紙9章17-18節

パウロはパロに告げられた言葉を引き、神が人を憐れみ、また頑なにされると教えます。救いの歴史における神の主権を強調しています。

出エジプトのパロについての説教

よくある質問

出エジプトのパロとは誰ですか。

モーセとアロンがイスラエルの解放を求めた相手のエジプト王です。聖書は名を記さず、歴史上の特定には議論があります。物語が見るのは彼の態度です。主を知ることを拒み、災いの間に心を頑なにし、初子の死の後に民を去らせ、紅海まで追いました。

だれがパロの心を頑なにしたのですか。

聖書は両方を述べます。パロが自分で心を頑なにしたという箇所(出エジプト記8章15節、9章34節)と、主がパロの心を頑なにされたという箇所(出エジプト記9章12節、10章20節)があります。パロは自分の拒絶に責任があり、神は主権者です。パウロは、神が人を憐れみ、また頑なにされると結論します(ローマ人への手紙9章18節)。

出エジプトのパロの物語は聖書のどこにありますか。

出エジプト記5章から14章に記されています。イスラエルを去らせる拒絶(5章)、しるしと災い(7-11章)、過越と脱出(12章)、紅海までの追撃(14章)です。出エジプト記15章、詩篇136篇、ローマ人への手紙9章17節も、彼の敗北と役割に触れています。

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