要約
二人の証人は、ヨハネの幻に出てくる二人の預言者です。神は彼らに、荒布を着て千二百六十日のあいだ預言することを許されます。証しを終えると底知れぬ所から上ってくる獣に殺されますが、三日半の後、神によって立ち上がらされ、天に上ります(黙示録11章)。本文は彼らの名を記していません。死に至るまで忠実な証しと、神の最終的な勝利が心に残ります。
黙示録の二人の証人という名前の意味
黙示録は彼らの名を記さず、「わたしのふたりの証人」と呼び(黙示録11章3節)、二本のオリブの木と二つの燭台にたとえます。モーセとエリヤ、エノクとエリヤ、あるいは証しをする教会などと見る説がありますが、これらは解釈者の読み方であって、本文の主張ではありません。
黙示録の二人の証人の生涯
荒布を着た二人の証人
黙示録11章1-4節ヨハネは杖のような測りざおを与えられ、神の聖所と祭壇と礼拝する人々を測るよう命じられます。異邦人は四十二か月のあいだ聖なる都を踏みにじります。主は、二人の証人に荒布を着て千二百六十日のあいだ預言させます。彼らは全地の主のみまえに立つ二本のオリブの木、二つの燭台です。
モーセとエリヤを思わせるしるし
黙示録11章5-6節害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て敵を滅ぼします。預言をしている期間、彼らは天を閉じて雨を降らせないようにする力を持ちます。これはエリヤを思わせます。水を血に変え、あらゆる災害で地を打つ力は、モーセの時のエジプトの災いを思わせます。
獣に殺される
黙示録11章7-10節彼らが証しを終えると、底知れぬ所から上ってくる獣が戦って打ち勝ち、二人を殺します。死体は、彼らの主も十字架につけられた大いなる都の大通りに三日半さらされます。地に住む人々は喜び楽しみ、互に贈り物をしあいます。この二人の預言者が彼らを悩ましたからです。
立ち上がって天に上る
黙示録11章11-12節三日半の後、いのちの息が神から出て彼らの中に入り、二人は立ち上がります。それを見た人々は非常な恐怖に襲われます。天から大きな声がして「ここに上ってきなさい」と言い、二人は雲に乗って天に上り、敵はそれを見ました。
神に栄光が帰される
黙示録11章13-15節その時、大地震が起こって都の十分の一が倒れ、七千人が死に、生き残った人々は驚き恐れて天の神に栄光を帰します。やがて第七の御使がラッパを吹き鳴らすと、天に大きな声々が起こり、この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となったと宣言します。
黙示録の二人の証人から学ぶこと
- 神は証人たちに、敵意に満ちた世界の中でもご自身の言葉を宣べ伝える力を与えられます。
- 忠実な証しは命を奪われることもありますが、神に属する者にとって死が最後の言葉ではありません。
- 神の僕たちが倒れたときの世の喜びは短く、神は自分の者たちを立ち上がらせてくださいます。
- 難解な預言の箇所は謙遜に読み、本文が語ることと、わたしたちの解釈とを区別すべきです。
鍵となる聖句
神は二人の証人に、荒布を着て千二百六十日のあいだ預言することを許されます。荒布は悲しみと悔い改めへの呼びかけを思わせます。
三日半の後、いのちの息が神から出て二人の中に入ります。神の僕たちの死についても、最後の言葉は神のものです。
「これらはふたりの油そそがれた者で、全地の主のかたわらに立つ者です」。黙示録11章4節の二本のオリブの木の姿は、このゼカリヤの幻に由来します。
黙示録の二人の証人についての説教
よくある質問
黙示録の二人の証人とは誰ですか。
本文は彼らの名を記していません。彼らの働きを思わせる点から、モーセとエリヤと見る人もいます。神に取られたエノクとエリヤと考える人も、証しをする教会の姿と読む人もいます。これらは解釈であり、本文が確かに述べるのは、神に遣わされ、のちに起こされる二人の預言者だということだけです。
二人の証人はどのくらいの期間預言しますか。
荒布を着て千二百六十日のあいだ預言します(黙示録11章3節)。およそ三年半に当たります。同じ期間は黙示録の中で別の形でも現れ、11章2節では四十二か月、12章14節では「一年、二年、また、半年」と記されます。この期間の理解は読む人によって異なります。
二人の証人は聖書のどこに出てきますか。
黙示録11章1-14節に出てきます。用いられる象徴を理解するには、二本のオリブの木と燭台を語るゼカリヤ書4章、エリヤが天を閉じる列王記第一17章1節、モーセの時代に水が血に変わる出エジプト記7章14-24節を読むとよいでしょう。