「すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである」(テサロニケ人への第一の手紙5章18節)。聖書における感謝は、すべてが順調なときだけの反応ではなく、あらゆる状況における信仰の姿勢です。感謝は神の恵みを認識する目を開き、不平と不安から心を解放します。賛美と感謝は神の臨在に近づく門です(詩篇100篇4節)。
感謝は痛みの否定ではありません。ダビデは詩篇の中で涙を流しながらも感謝を捧げました。パウロは獄中から感謝の手紙を書きました。聖書的な感謝とは、困難の中でも神の主権と善さを認めることです。「あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る」(ヤコブの手紙1章17節)。視線を問題から与え主に移すとき、私たちの心は変えられます。
感謝の習慣は霊的な生活を一変させます。不安を感じるとき、パウロは「感謝をもって祈と願いとをささげ」るよう勧めます(ピリピ人への手紙4章6節)。感謝は不安の解毒剤です。毎日神の恵みを数え上げるとき、視点が変わり、希望が生まれ、喜びが湧き上がります。感謝は神への応答であると同時に、私たちの心を守る盾なのです。
感謝に関する聖書の言葉
« すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。 »
« 「主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない」と、 »
« キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。あなたがたが召されて一体となったのは、このためでもある。いつも感謝していなさい。 »
« 何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。 »
« 感謝しつつ、その門に入り、ほめたたえつつ、その大庭に入れ。主に感謝し、そのみ名をほめまつれ。 »
« そしてすべてのことにつき、いつも、わたしたちの主イエス・キリストの御名によって、父なる神に感謝し、 »
« 主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。 »
« あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る。父には、変化とか回転の影とかいうものはない。 »
感謝に関するよくある質問
試練の中でどうすれば感謝できますか?
聖書は試練「の中で」感謝するよう教えますが、試練「のために」感謝せよとは言いません。苦しみそのものに感謝する必要はありません。しかし苦しみの中にあっても、神の変わらない愛、過去の恵み、そしてまだ見えない希望のために感謝することができます。感謝は感情ではなく、信仰に基づく選択です。
感謝は命令ですか?
テサロニケ第一5章18節は確かに「感謝しなさい」と命じています。しかしこれは義務ではなく、私たちの益のための招きです。感謝は神が必要としているのではなく、私たちが必要としているものです。感謝の姿勢が、不満の呪縛から私たちを解放し、神の恵みに目を開かせるからです。
すべてがうまくいかないとき、なぜ神に感謝するのですか?
感謝は状況への賛同ではなく、状況を超えた神への信頼の表現です。ハバククは「いちじくの木は花咲かず…しかしわたしは主によって楽しみ」と歌いました(ハバクク3章17-18節)。すべてが崩れても変わらない神がおられる。その方に目を向けることが、暗闇の中の光となります。