聖書 — 口語訳 (1955)
イザヤ書 60
概要
イザヤ書60章は、試練のあとのエルサレムに向けた回復の歌です。やみが地をおおうとき、主の栄光が民の上にのぼり、諸国民は宝と賛美を携えてその光のもとに来ます。城壁は建て直され、門は開かれたままで、暴力は消え、神ご自身がとこしえの光となられます。この箇所は、東方の博士たちが登場するマタイの福音書2章とともに公現日によく読まれ、今日、神のために輝くようにとの呼びかけとしても読まれます。
この章の5つの区分
1起きよ、光を放て。あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上にのぼったから。
2見よ、暗きは地をおおい、やみはもろもろの民をおおう。しかし、あなたの上には主が朝日のごとくのぼられ、主の栄光があなたの上にあらわれる。
3もろもろの国は、あなたの光に来、もろもろの王は、のぼるあなたの輝きに来る。
4あなたの目をあげて見まわせ、彼らはみな集まってあなたに来る。あなたの子らは遠くから来、あなたの娘らは、かいなにいだかれて来る。
5その時あなたは見て、喜びに輝き、あなたの心はどよめき、かつ喜ぶ。海の富が移ってあなたに来、もろもろの国の宝が、あなたに来るからである。
6多くのらくだ、ミデアンおよびエパの若きらくだは あなたをおおい、シバの人々はみな黄金、乳香を携えてきて、主の誉を宣べ伝える。
7ケダルの羊の群れはみなあなたに集まって来、ネバヨテの雄羊はあなたに仕え、わが祭壇の上にのぼって受けいれられる。こうして、わたしはわが栄光の家を輝かす。
8雲のように飛び、はとがその小屋に 飛び帰るようにして来る者はだれか。
9海沿いの国々はわたしを待ち望み、タルシシの船はいや先に あなたの子らを遠くから載せて来、また彼らの金銀を共に載せて来て、あなたの神、主の名にささげ、イスラエルの聖者にささげる。主があなたを輝かされたからである。
10異邦人はあなたの城壁を築き、彼らの王たちはあなたに仕える。わたしは怒りをもってあなたを打ったけれども、また恵みをもってあなたをあわれんだからである。
11あなたの門は常に開いて、昼も夜も閉ざすことはない。これは人々が国々の宝をあなたに携えて来、その王たちを率いて来るためである。
12あなたに仕えない国と民とは滅び、その国々は全く荒れすたれる。
13レバノンの栄えはあなたに来、いとすぎ、すずかけ、まつは皆共に来て、わが聖所をかざる。またわたしはわが足をおく所を尊くする。
14あなたを苦しめた者の子らは、かがんで、あなたのもとに来、あなたをさげすんだ者は、ことごとくあなたの足もとに伏し、あなたを主の都、イスラエルの聖者のシオンととなえる。
15あなたは捨てられ、憎まれて、その中を過ぎる者もなかったが、わたしはあなたを、とこしえの誇、世々の喜びとする。
16あなたはまた、もろもろの国の乳を吸い、王たちの乳ぶさを吸い、そして主なるわたしが、あなたの救主、また、あなたのあがない主、ヤコブの全能者であることを知るにいたる。
17わたしは青銅の代りに黄金を携え、くろがねの代りにしろがねを携え、木の代りに青銅を、石の代りに鉄を携えてきて、あなたのまつりごとを平和にし、あなたのつかさびとを正しくする。
18暴虐は、もはやあなたの地に聞かれず、荒廃と滅亡は、もはやあなたの境のうちに聞かれず、あなたはその城壁を「救」ととなえ、その門を「誉」ととなえる。
19昼は、もはや太陽があなたの光とならず、夜も月が輝いてあなたを照さず、主はとこしえにあなたの光となり、あなたの神はあなたの栄えとなられる。
20あなたの太陽は再び没せず、あなたの月はかけることがない。主がとこしえにあなたの光となり、あなたの悲しみの日が終るからである。
21あなたの民はことごとく正しい者となって、とこしえに地を所有する。彼らはわたしの植えた若枝、わが手のわざ、わが栄光をあらわすものとなる。
22その最も小さい者は氏族となり、その最も弱い者は強い国となる。わたしは主である。その時がくるならば、すみやかにこの事をなす。
鍵となる聖句
もろもろの国は、あなたの光に来、もろもろの王は、のぼるあなたの輝きに来る。
諸国民が光に向かって歩みます。神の救いはイスラエルを超えて広がると告げており、新約聖書はそれが博士たちの訪れで実現したと見ます。
あなたは捨てられ、憎まれて、その中を過ぎる者もなかったが、わたしはあなたを、とこしえの誇、世々の喜びとする。
神は、見捨てられ、憎まれていた者の状況を、世々にわたる喜びの源へと変えると約束されます。
昼は、もはや太陽があなたの光とならず、夜も月が輝いてあなたを照さず、主はとこしえにあなたの光となり、あなたの神はあなたの栄えとなられる。
太陽と月は、「主はとこしえにあなたの光となり」と言われる主に席をゆずります。この幻は、神ご自身が都を照らす黙示録21章の幻に通じています。
その最も小さい者は氏族となり、その最も弱い者は強い国となる。わたしは主である。その時がくるならば、すみやかにこの事をなす。
最も小さい者が氏族となります。神の約束は出発点の大きさに左右されず、神はその時が来れば、すみやかに実現してくださいます。
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説教が語っていること
イザヤ書60章についてよくある質問
イザヤ書60章1節の「起きよ、光を放て」とはどういう意味ですか。
捕囚で打ちのめされたエルサレムに、主の栄光が上にのぼったのだから立ち上がれ、と命じています。光は自分の力からではなく、神から来ます。多くの信仰者は、この節を、落胆から抜け出してキリストの光を映し出すようにとの、個人への呼びかけとして読みます。
イザヤ書60章の中心的なメッセージは何ですか。
さばきのあと、神は回復を約束されます。民の上にある神の栄光、その光に引き寄せられる諸国民、建て直される城壁、平和と正義、そして最後には主ご自身がとこしえの光となられることです。この章は、やみが地をおおうように見えるときにも、希望を持つよう招いています。
イザヤ書60章とマタイの福音書2章の博士たちには、どんな関係がありますか。
3節から6節は、金と乳香を携えて光に向かう諸国民について語っています。これは、金、乳香、没薬を携えて東方から来た博士たちを思い起こさせます。多くの人は、これを救いが諸国民に開かれることの予告と見ますが、マタイの福音書がイザヤ書60章を明示的に引いているわけではありません。
イザヤ書 60を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。