聖書 — 口語訳 (1955)

レビ記 19

概要

レビ記19章は聖潔の規定の中心です。神は、わたしが聖であるから、あなたがたも聖でなければならないと民に告げ、その呼びかけを具体的な行いに結びつけます。両親を敬うこと、畑のすみを貧しい者に残すこと、盗まず偽らないこと、偏りなくさばくこと、あだを返さないこと、隣人を自分のように愛すること、寄留者を愛すること、正しいはかりを使うことです。聖潔は日々の生き方として示されています。イエスは、その18節を第二の戒めとして引用されます。

この章の4つの区分

  1. 1-8節聖でなければならない:神、家族、礼拝
  2. 9-18節日常の聖潔:貧しい者、公正、隣人
  3. 19-31節分離の規定、過ち、退けるべき慣行
  4. 32-37節年長者を敬い、寄留者を愛し、正しい尺度を用いる

1主はモーセに言われた、

2「イスラエルの人々の全会衆に言いなさい、『あなたがたの神、主なるわたしは、聖であるから、あなたがたも聖でなければならない。

3あなたがたは、おのおのその母とその父とをおそれなければならない。またわたしの安息日を守らなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。

4むなしい神々に心を寄せてはならない。また自分のために神々を鋳て造ってはならない。わたしはあなたがたの神、主である。

5酬恩祭の犠牲を主にささげるときは、あなたがたが受け入れられるように、それをささげなければならない。

6それは、ささげた日と、その翌日とに食べ、三日目まで残ったものは、それを火で焼かなければならない。

7もし三日目に、少しでも食べるならば、それは忌むべきものとなって、あなたは受け入れられないであろう。

8それを食べる者は、主の聖なる物を汚すので、そのとがを負わなければならない。その人は民のうちから断たれるであろう。

9あなたがたの地の実のりを刈り入れるときは、畑のすみずみまで刈りつくしてはならない。またあなたの刈入れの落ち穂を拾ってはならない。

10あなたのぶどう畑の実を取りつくしてはならない。またあなたのぶどう畑に落ちた実を拾ってはならない。貧しい者と寄留者とのために、これを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。

11あなたがたは盗んではならない。欺いてはならない。互に偽ってはならない。

12わたしの名により偽り誓って、あなたがたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。

13あなたの隣人をしえたげてはならない。また、かすめてはならない。日雇人の賃銀を明くる朝まで、あなたのもとにとどめておいてはならない。

14耳しいを、のろってはならない。目しいの前につまずく物を置いてはならない。あなたの神を恐れなければならない。わたしは主である。

15さばきをするとき、不正を行ってはならない。貧しい者を片よってかばい、力ある者を曲げて助けてはならない。ただ正義をもって隣人をさばかなければならない。

16民のうちを行き巡って、人の悪口を言いふらしてはならない。あなたの隣人の血にかかわる偽証をしてはならない。わたしは主である。

17あなたは心に兄弟を憎んではならない。あなたの隣人をねんごろにいさめて、彼のゆえに罪を身に負ってはならない。

18あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。

19あなたがたはわたしの定めを守らなければならない。あなたの家畜に異なった種をかけてはならない。あなたの畑に二種の種をまいてはならない。二種の糸の混ぜ織りの衣服を身につけてはならない。

20だれでも、人と婚約のある女奴隷で、まだあがなわれず、自由を与えられていない者と寝て交わったならば、彼らふたりは罰を受ける。しかし、殺されることはない。彼女は自由の女ではないからである。

21しかし、その男は愆祭を主に携えてこなければならない。すなわち、愆祭の雄羊を、会見の幕屋の入口に連れてこなければならない。

22そして、祭司は彼の犯した罪のためにその愆祭の雄羊をもって、主の前に彼のために、あがないをするであろう。こうして彼の犯した罪はゆるされるであろう。

23あなたがたが、かの地にはいって、もろもろのくだものの木を植えるときは、その実はまだ割礼をうけないものと、見なさなければならない。すなわち、それは三年の間あなたがたには、割礼のないものであって、食べてはならない。

24四年目には、そのすべての実を聖なる物とし、それをさんびの供え物として主にささげなければならない。

25しかし五年目には、あなたがたはその実を食べることができるであろう。こうするならば、それはあなたがたのために、多くの実を結ぶであろう。わたしはあなたがたの神、主である。

26あなたがたは何をも血のままで食べてはならない。また占いをしてはならない。魔法を行ってはならない。

27あなたがたのびんの毛を切ってはならない。ひげの両端をそこなってはならない。

28死人のために身を傷つけてはならない。また身に入墨をしてはならない。わたしは主である。

29あなたの娘に遊女のわざをさせて、これを汚してはならない。これはみだらな事が国に行われ、悪事が地に満ちないためである。

30あなたがたはわたしの安息日を守り、わたしの聖所を敬わなければならない。わたしは主である。

31あなたがたは口寄せ、または占い師のもとにおもむいてはならない。彼らに問うて汚されてはならない。わたしはあなたがたの神、主である。

32あなたは白髪の人の前では、起立しなければならない。また老人を敬い、あなたの神を恐れなければならない。わたしは主である。

33もし他国人があなたがたの国に寄留して共にいるならば、これをしえたげてはならない。

34あなたがたと共にいる寄留の他国人を、あなたがたと同じ国に生れた者のようにし、あなた自身のようにこれを愛さなければならない。あなたがたもかつてエジプトの国で他国人であったからである。わたしはあなたがたの神、主である。

35あなたがたは、さばきにおいても、物差しにおいても、はかりにおいても、ますにおいても、不正を行ってはならない。

36あなたがたは正しいてんびん、正しいおもり石、正しいエパ、正しいヒンを使わなければならない。わたしは、あなたがたをエジプトの国から導き出したあなたがたの神、主である。

37あなたがたはわたしのすべての定めと、わたしのすべてのおきてを守って、これを行わなければならない。わたしは主である』」。

鍵となる聖句

2節
「イスラエルの人々の全会衆に言いなさい、『あなたがたの神、主なるわたしは、聖であるから、あなたがたも聖でなければならない。

章は聖潔への呼びかけで始まります。「あなたがたも聖でなければならない」。それは神がどのような方かに基づき、民の聖さは神の聖さに応えるもので、このあと具体的な行いとなって表れます。

9-10節
あなたがたの地の実のりを刈り入れるときは、畑のすみずみまで刈りつくしてはならない。またあなたの刈入れの落ち穂を拾ってはならない。 あなたのぶどう畑の実を取りつくしてはならない。またあなたのぶどう畑に落ちた実を拾ってはならない。貧しい者と寄留者とのために、これを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。

持ち主は、畑のすみと落ちた実を、貧しい者と寄留者のために残さなければなりません。神は寛大さを、働き方そのものの中に刻まれました。ルツ記を理解する助けにもなります。

18節
あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。

「あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない」。イエスはこれを第二の戒めとして引かれます。この節は、復讐と恨みの禁止に続いています。

33-34節
もし他国人があなたがたの国に寄留して共にいるならば、これをしえたげてはならない。 あなたがたと共にいる寄留の他国人を、あなたがたと同じ国に生れた者のようにし、あなた自身のようにこれを愛さなければならない。あなたがたもかつてエジプトの国で他国人であったからである。わたしはあなたがたの神、主である。

寄留者は、その土地に生まれた者のように扱い、自分のように愛さなければなりません。イスラエルもエジプトで他国人だったからです。隣人愛は、よそから来た人にも及びます。

36節
あなたがたは正しいてんびん、正しいおもり石、正しいエパ、正しいヒンを使わなければならない。わたしは、あなたがたをエジプトの国から導き出したあなたがたの神、主である。

正しいてんびんと正しいおもり石。聖潔は、商売やお金の誠実さにも及びます。

説教が語っていること

「わたしがあなたがたを愛したように」このメッセージは、レビ記19章18節がすでに隣人を愛するよう命じていたこと、そしてイエスがその命令を廃するのではなく、十字架に至る御自身の愛という新しい尺度を示されたことを語ります。要約を読む →神を心を尽くして愛する ― 何一つ欠けてはならない全存在の愛イエスは申命記6章とレビ記19章を結びつけます。全存在をもって神を愛し、隣人を自分のように愛することです。説教者はそこに最も大きな戒めを見ます。要約を読む →バプテスマのヨハネが答える――あなたの悔い改めはどんな実を結んでいますか説教者はレビ記19章33、34節を引き、律法を使って寄留者を締め出すことはできないと語ります。悔い改めの実には、乏しい人と分かち合うことが含まれます。要約を読む →ルツ記に学ぶ:何も見えない時こそ、信仰で拾い集めるルツの落ち穂拾いは、レビ記19章9、10節によって可能になりました。神は、やもめ、みなしご、寄留者のために、刈る者の後に穂を残すよう求められました。要約を読む →title旧約と新約を対立させる考えに反して、このメッセージは、寄留者への愛がすでにレビ記19章34節に記されていることを思い出させます。要約を読む →

レビ記19章についてよくある質問

レビ記19章の「あなたがたも聖でなければならない」とはどういう意味ですか。

神は民に、ご自身に似る者となるよう呼びかけます。この章は、それがどのようなことかを示します。両親を敬い、貧しい者と分かち合い、真実を語り、公正にさばき、隣人を愛することです。聖であるとは、まず神のものであること、そして生活のあらゆる領域で神の性質を映す生き方をすることです。

「あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない」とはどういう意味ですか。

18節は、憎しみ、復讐、恨みの禁止に続きます。自分のことと同じ真剣さで、相手の益を求めるよう促しています。イエスはこれを第二の戒めとして引用し、33、34節は、隣人に寄留者も含まれることを示しています。

レビ記19章はなぜクリスチャンにとって大切なのですか。

新約聖書は、ここから隣人を愛する戒めを引いています。クリスチャンは、この章のすべての規定を同じ仕方で受け継ぐわけではありません。儀式にかかわる律法の一部はキリストにおいて成就し、正義、寛大さ、愛への呼びかけは今も続いています。細部については、キリスト教の伝統の間で違いがあります。

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