聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 19
概要
詩篇19篇は、三つの部分からなるダビデの詩です。天と太陽は、ことばなしに神の栄光を告げます(1〜6節)。一方、主のおきては神のみこころを正確に示し、完全で、確かで、正しく、清らかです(7〜11節)。その光の前で、ダビデは自分の弱さを知り、きよめを祈ります(12〜14節)。結びの祈りは、説教の前によく祈られます。
この章の3つの区分
1もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。
2この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。
3話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
4その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。
5日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
6それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない。
7主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。
8主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。
9主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。
10これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
11あなたのしもべは、これらによって戒めをうける。これらを守れば、大いなる報いがある。
12だれが自分のあやまちを知ることができましようか。どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。
13また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。
14わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いが あなたの前に喜ばれますように。
鍵となる聖句
主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。
詩人は被造物から神のことばへと移ります。主のおきては完全で、魂を生きかえらせます。それを受け入れる人に、いのちと力を取りもどさせるのです。
これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
神のことばは金や蜜にたとえられ、価値と甘さがあります。それを慕うことは義務ではなく、神が与えてくださる味わいです。
だれが自分のあやまちを知ることができましようか。どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。 また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。
ダビデは、自分のあやまちをすべて知ることはできないと認めます。気づかない罪からの解放と、高ぶりから守られることを願います。
わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いが あなたの前に喜ばれますように。
結びの祈りは、口の言葉と心の思いが神に喜ばれるようにと願います。どんな黙想の時にもふさわしい祈りです。
説教が語っていること
詩篇19篇についてよくある質問
詩篇19篇はどういう意味ですか
詩篇19篇は、神が自らを知らせる二つの方法を示します。ことばなしにすべての人に語りかける被造物と、みこころを明らかにするみことばです。ダビデは、神にきよめを願って結びます。中心のメッセージは、神ご自身が現れてくださること、そのみことばが貴く甘いことです。
詩篇19篇は誰が書きましたか
表題はダビデの作としています。王になる前、天の下で羊の群れを守ったダビデです。そのため、勇士のように走り出す太陽や、夜が夜に知識を告げるといった表現に深みがあります。二つの部分が別の時期に作られたと考える注解者もいますが、詩はひとつのものとして読めます。
詩篇19篇はどのように黙想すればよいですか
できれば外に出て、空の下で1節から6節を読みます。次に7節から11節をゆっくり読み直し、ダビデが神のことばについて挙げた特徴に注目しましょう。最後に12節から14節を自分の祈りとして祈り、赦しを求め、言葉と思いが神に喜ばれるよう願います。
詩篇 19を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。