ライオンと戦った場所に蜜がある

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ライオンと戦った場所に蜜がある | ゲスト説教者 | Efficient Church

はじめに

ある日曜日、病院のチャプレンでありピアニストでもあるゲストの説教者が、リーニュ教会で少し意外なメッセージを分かち合ってくれました。彼女が聖書全体に張りめぐらせたのは、一本の糸、すなわち「蜜」です。出エジプトの荒野からエゼキエルの幻まで、ライオンの死体からよみがえられたイエス様の食卓まで、この一つの小さな言葉が繰り返し登場します。それは神様の恵み、備え、そしてあなたの人生がまさに戦いの味がするときにでも、神様が心に置きたいと願っておられる甘さを語る言葉です。彼女とともに、蜜の足跡をたどってみましょう。神様がしばしば小さなもの(一粒の種、一匹の虫、一匹の蜂)を用いて、あなたを大きく養ってくださることに気づかされるはずです。

メッセージの構成

1. 蜜の地:神様はあなたの奴隷状態を憎まれる

  • 出エジプト記3:17で、神様はエジプトにいる民の苦しみをご覧になり、乳と蜜の流れる地へ導くことを決意されます。神様は、抑圧に憤りを覚える恵みの神です。
  • 現代の私たちにも、いろいろな「奴隷状態」があります。仕事、通勤、予定、慌ただしさ、ニュースが伝える暴力。説教者はこう率直に語ります。「平安や安らぎ、甘さを夢見ているのに、ニュースを見ると……」
  • その道のりの中で、神様はマナを与えられました。コエンドロの種のような白い食べ物で、蜜の入ったせんべいのような味がしたのです(出エジプト記16:31)。荒野のただ中にある、御国の前味です。
  • 今日もなお、神様の臨在と赦しと憐れみの甘さは、私たちに味わわせようとしておられる、この前味なのです。

2. 神様のご計画の中の虫たち

  • カナンの入り口で、十人の偵察者は恐れて戻り、こう言いました。「自分たちの目にも、また彼らの目にも、いなごのように見えた」(民数記13:33)。彼らは自分たちを、踏みつぶされる虫のように見ていたのです。
  • しかし彼らが間違っていたのは、神様がすでに小さなもの(エジプトへの災い、いなごなど)を用いてパロを打ち破られたことを忘れていた点です。
  • 「神様はごく小さな材料で、大きなことをなさるのがお好きです。」コリント人への手紙第一1:27には、神様が強いものを辱めるために弱いものを選ばれたとあります。
  • もしあなたが自分を小さく、取るに足らず、無力だと感じているなら(マナの一粒、からし種のように)、思い出してください。まさにそこにこそ、神様が働くことを喜ばれる場所なのです。

3. サムソンの戦い:ライオンの死体の中の蜜

  • サムソンはティムナへ下って行きます。若いライオンがうなり声を上げて彼に向かってきます。主の霊が彼の上に激しく降り、彼は武器も持たずにそのライオンを引き裂きます(士師記14:5-6)。
  • 彼はこのことを両親には何も話しません。沈黙は金です。両親を心配させたくなかったのです。彼はひとりで戦いの傷跡を背負います。
  • しばらくして、彼が再びそこを通ると、死体の中に蜂の群れが蜜を残していました(士師記14:8-9)。怒りが支配していたその場所に、甘さが生まれたのです。
  • 彼はこの蜜を両親と分かち合います。戦いについては一言も語らず、ただ甘さだけを差し出しました。
  • これは十字架をも指し示すイメージです。武器を持たなかったイエス様が、うろついて吠えたけるライオン(ペテロの手紙第一5:8)に勝利し、その死からあなたのためのいのちが生まれたのです。

4. 唇の蜜:罠となる言葉、祝福となる言葉

  • 箴言5:3には「よその女の唇は蜜のように滴る……しかし、その終わりは苦よもぎのように苦い」とあります。サムソンはデリラとの間で、まさにこの苦い経験を味わいます。裏切り、目をえぐられること、牢での石臼引きです。
  • 雅歌4:11には「わが花嫁よ、あなたの唇は蜜を滴らせる」とあります。教会はこの花嫁であり、その口に慰めと真理と愛の言葉を携えるよう召されています。
  • 箴言24:13-14では、知恵は蜜のようだと語られ、たましいに良く、将来と希望をもたらし、それは決して失望に終わらないとされています。
  • 今週、あなたの口から出る言葉は何でしょうか。祝福をもたらす蜜でしょうか、それとも甘さを装った苦よもぎでしょうか。

5. みことばという蜜で自分を養う

  • エゼキエル書3:3で、神様は預言者に巻物を差し出し、それを食べるようにと言われます。彼が口を開くと、その巻物は蜜のように甘かったのです。人を養う前に、まず自分自身が養われましょう。
  • ルカによる福音書24:42で、よみがえられたイエス様は弟子たちの前で、焼いた魚と蜂蜜の入った巣を召し上がります。十字架の戦いの後、甘さに満ちた食事を分かち合うことで、ご自身が本当に生きておられることを示されました。
  • サムエル記第一14:27で、ヨナタンは杖の先を蜂蜜の巣に浸して味わい、その目が輝きます。みことばは、あなたが疲れているときに判断力を回復させてくれます。
  • 詩篇19:11には、主の裁きは蜜よりも甘いとあります。あなたが責められていると感じるときは、主の義に身を寄せてください。
  • エレミヤ書41:8では、十人の男たちが虐殺を免れます。蜜を含む隠しておいた蓄えがあったからです。信仰者とは、信仰と祈りと知識という蓄えを保ちながら歩む旅人なのです。

心に留めたいポイント

  • 神様はあなたの奴隷状態を憎まれ、たとえ荒野の真っただ中であっても、甘さの流れる地へとあなたを導きたいと願っておられます。
  • 自分をいなごのように小さく感じるとき、思い出してください。神様は見下されているものを用いて、計り知れないことを成し遂げられます。
  • ライオンとの戦いの後には、あなたのために備えられた蜜があります。祝福は、思いがけない場所で生まれることがよくあるのです。
  • あなたの口は蜜を滴らせるために造られています。説明抜きで差し出す、真実と慰めと愛の言葉です。
  • 毎朝みことばによって自分を養ってください。それは判断力と義、そして旅人が生き抜くための蜜の糧です。

自分への適用

  1. 今、あなたを縛っている「現代の奴隷状態」は何でしょうか。そして、その荒野の中で、すでに味わった神様の甘さの前味はどこにありましたか。
  2. どんなときに、自分が「いなごのように」小さく、弱く、取るに足らないと感じますか。その現実が、まさに神様が働かれる場所になるとしたら、どうでしょうか。
  3. あなたの最近の「ライオンとの戦い」は何でしたか。そこに立ち返ってみてください。戦いの話をせずに分かち合える、隠された蜜、祝福が見つかりませんか。
  4. 今週、自分の口に耳を傾けてみてください。滴っているのは蜜でしょうか、それとも苦よもぎでしょうか。具体的にどの言葉を変えますか。
  5. 明日を生き抜くために、今日あなたが蓄えている蜜(信仰、祈り、聖書の知識)は何でしょうか。

引用された聖句

よくある質問

聖書にはなぜこんなに蜜の話が出てくるのですか。

蜜は聖書全体を通して、神様の恵みのしるしとして描かれています。約束の地は乳と蜜が流れる地であり(出エジプト記3:17)、マナは蜜の入ったせんべいのような味がしました(出エジプト記16:31)。みことばは蜜よりも甘く(詩篇19篇)、イエス様ご自身も復活の後に蜜を食べておられます(ルカによる福音書24:42)。蜜は、歩みの途中にある神様の甘さ、備え、臨在を語っているのです。

サムソンがライオンの死体の中に蜜を見つけた出来事は、何を意味していますか。

サムソンは主の霊に満たされ、素手で若いライオンと戦いました(士師記14章)。その後、彼が同じ道を通ると、ライオンの死体の中に蜂の群れと蜜を見つけます。ライオンの怒りがいのちを脅かしたその場所に、神様は甘さを生み出してくださったのです。あなたの戦いの後にも、備えられた蜜があります。まずあなたが受け取り、それから分かち合う祝福です。

みことばという蜜を、具体的にどう味わえばよいのですか。

エゼキエルが巻物を食べ、それを蜜のように甘いと感じたように(エゼキエル書3:3)、まず聖書を開いて自分自身が受け取ってから、人に伝えていきます。みことばはあなたの知性を養い、疲れたときの判断力を回復させ(サムエル記第一14:27でヨナタンの目が蜜によって輝いたように)、責め立てられるときにあなたを義としてくれます。日々の短い聖書箇所と黙想、そして祈り、それだけでもう一房の蜜なのです。

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