聖書 — 口語訳 (1955)
民数記 13
概要
約束の地を目前にして、神はモーセに、部族ごとに一人ずつ、十二人をカナンの偵察に送るよう命じます。彼らは四十日後に、見事な果物を持って帰ってきます。ふたりでかつぐほどのぶどうの一ふさもありました。皆がその地は良いと認めますが、十人は、民は強すぎると語り、自分をいなごのように思います。ただカレブだけが、上って行こうと呼びかけます。この章は信仰への問いを投げかけます。障害を見るのか、それとも神の約束を見るのか、という問いです。
この章の4つの区分
1主はモーセに言われた、
2「人をつかわして、わたしがイスラエルの人々に与えるカナンの地を探らせなさい。すなわち、その父祖の部族ごとに、すべて彼らのうちのつかさたる者ひとりずつをつかわしなさい」。
3モーセは主の命にしたがって、パランの荒野から彼らをつかわした。その人々はみなイスラエルの人々のかしらたちであった。
4彼らの名は次のとおりである。ルベンの部族ではザックルの子シャンマ、
5シメオンの部族ではホリの子シャパテ、
6ユダの部族ではエフンネの子カレブ、
7イッサカルの部族ではヨセフの子イガル、
8エフライムの部族ではヌンの子ホセア、
9ベニヤミンの部族ではラフの子パルテ、
10ゼブルンの部族ではソデの子ガデエル、
11ヨセフの部族すなわち、マナセの部族ではスシの子ガデ、
12ダンの部族ではゲマリの子アンミエル、
13アセルの部族ではミカエルの子セトル、
14ナフタリの部族ではワフシの子ナヘビ、
15ガドの部族ではマキの子ギウエル。
16以上はモーセがその地を探らせるためにつかわした人々の名である。そしてモーセはヌンの子ホセアをヨシュアと名づけた。
17モーセは彼らをつかわし、カナンの地を探らせようとして、これに言った、「あなたがたはネゲブに行って、山に登り、
18その地の様子を見、そこに住む民は、強いか弱いか、少ないか多いか、
19また彼らの住んでいる地は、良いか悪いか。人々の住んでいる町々は、天幕か、城壁のある町か、
20その地は、肥えているか、やせているか、そこには、木があるかないかを見なさい。あなたがたは、勇んで行って、その地のくだものを取ってきなさい」。時は、ぶどうの熟し始める季節であった。
21そこで、彼らはのぼっていって、その地をチンの荒野からハマテの入口に近いレホブまで探った。
22彼らはネゲブにのぼって、ヘブロンまで行った。そこにはアナクの子孫であるアヒマン、セシャイ、およびタルマイがいた。ヘブロンはエジプトのゾアンよりも七年前に建てられたものである。
23ついに彼らはエシコルの谷に行って、そこで一ふさのぶどうの枝を切り取り、これを棒をもって、ふたりでかつぎ、また、ざくろといちじくをも取った。
24イスラエルの人々が、そこで切り取ったぶどうの一ふさにちなんで、その所はエシコルの谷と呼ばれた。
25四十日の後、彼らはその地を探り終って帰ってきた。
26そして、パランの荒野にあるカデシにいたモーセとアロン、およびイスラエルの人々の全会衆のもとに行って、彼らと全会衆とに復命し、その地のくだものを彼らに見せた。
27彼らはモーセに言った、「わたしたちはあなたが、つかわした地へ行きました。そこはまことに乳と蜜の流れている地です。これはそのくだものです。
28しかし、その地に住む民は強く、その町々は堅固で非常に大きく、わたしたちはそこにアナクの子孫がいるのを見ました。
29またネゲブの地には、アマレクびとが住み、山地にはヘテびと、エブスびと、アモリびとが住み、海べとヨルダンの岸べには、カナンびとが住んでいます」。
30そのとき、カレブはモーセの前で、民をしずめて言った、「わたしたちはすぐにのぼって、攻め取りましょう。わたしたちは必ず勝つことができます」。
31しかし、彼とともにのぼって行った人々は言った、「わたしたちはその民のところへ攻めのぼることはできません。彼らはわたしたちよりも強いからです」。
32そして彼らはその探った地のことを、イスラエルの人々に悪く言いふらして言った、「わたしたちが行き巡って探った地は、そこに住む者を滅ぼす地です。またその所でわたしたちが見た民はみな背の高い人々です。
33わたしたちはまたそこで、ネピリムから出たアナクの子孫ネピリムを見ました。わたしたちには自分が、いなごのように思われ、また彼らにも、そう見えたに違いありません」。
鍵となる聖句
「人をつかわして、わたしがイスラエルの人々に与えるカナンの地を探らせなさい。すなわち、その父祖の部族ごとに、すべて彼らのうちのつかさたる者ひとりずつをつかわしなさい」。
偵察は、神の言葉から始まります。その地はイスラエルの人々に与えられる地です。斥候たちは、信じるべきかどうかを決めるためではなく、約束を見るために出かけます。
ついに彼らはエシコルの谷に行って、そこで一ふさのぶどうの枝を切り取り、これを棒をもって、ふたりでかつぎ、また、ざくろといちじくをも取った。
ふたりでかつがなければならないほど重いエシコルのぶどうは、その地の豊かさを証明します。実は本物です。神の約束は、すでに味わうことができます。
そのとき、カレブはモーセの前で、民をしずめて言った、「わたしたちはすぐにのぼって、攻め取りましょう。わたしたちは必ず勝つことができます」。
カレブは民をしずめ、必ず勝てるからと、上っていくことを呼びかけます。困難を否定するのではなく、神が語られたことから考えています。
しかし、彼とともにのぼって行った人々は言った、「わたしたちはその民のところへ攻めのぼることはできません。彼らはわたしたちよりも強いからです」。 そして彼らはその探った地のことを、イスラエルの人々に悪く言いふらして言った、「わたしたちが行き巡って探った地は、そこに住む者を滅ぼす地です。またその所でわたしたちが見た民はみな背の高い人々です。 わたしたちはまたそこで、ネピリムから出たアナクの子孫ネピリムを見ました。わたしたちには自分が、いなごのように思われ、また彼らにも、そう見えたに違いありません」。
十人は、上ることはできないと断言し、その恐れが見方をゆがめます。住む者を滅ぼす地と語り、自分をいなごのように見ます。自分についての見方は、障害への向き合い方に影響します。
聖書クイズに挑戦
この章に登場する人物
説教が語っていること
民数記13章についてよくある質問
民数記13章の中心的なメッセージは何ですか。
民数記13章は、十二人によるカナン偵察を語ります。皆が同じ、肥沃で守りの固い地を見ます。十人は、攻め取ることは不可能だと結論し、カレブは上るべきだと言います。この章は、障害を見ることと、神の約束に信頼することの違いを示し、14章の危機への備えとなります。
なぜ神は、十二人の斥候をカナンに送られたのですか。
本文は、命令は主から来たと語り、主はすでにその地をイスラエルの人々に与えておられます。情報を必要とされたのではありません。説教者たちは、むしろ約束の地の価値を民が自分の目で見るための方法であり、同時に心の中にあるものを明らかにするものだと見ています。申命記1章の並行箇所は、民の願いから始まった事として描いています。
「わたしたちには自分が、いなごのように思われ」(民数記13章33節)とはどういう意味ですか。
十人の斥候は、そこの住民の前で、人間の前の虫のように小さいと自分たちを描いています。これは客観的な事実ではなく、恐れから生まれた自己像であり、障害をいっそう大きくします。多くの説教者は、自分をどう見るかが、挑戦への向き合い方に影響すると語ります。
民数記13章のカレブとヨシュアはどんな人ですか。
カレブはユダ部族の代表で、ヨシュアは、初めはホセアと呼ばれていましたが、エフライム部族の代表です。モーセは16節で、ホセアの名をヨシュアに改めます。ふたりは信頼に満ちた報告を持って偵察から帰り、14章では、その世代で唯一、約束の地に入る者たちとなります。
民数記 13を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。