聖書 — 口語訳 (1955)

イザヤ書 5

概要

イザヤ書5章は、愛する者のぶどう畑の歌で始まります。神は良いぶどうを待ち望みましたが、結んだのは野ぶどうでした。続く六つのわざわいは、民の具体的な罪を指摘します。土地への貪欲、酒におぼれること、神のさばきへの挑発、善悪の逆転、うぬぼれた知恵、金で曲げられる不正です。章の終わりでは、遠くから来る軍隊によって、さばきが告げられます。

この章の4つの区分

  1. 1-7節ぶどう畑の歌:神は良いぶどうを待ち望まれた
  2. 8-17節貪欲と酒におぼれる者へのわざわい、そしてさばき
  3. 18-23節善と悪をひっくり返す者へのわざわい
  4. 24-30節さばき:遠くから来る軍隊

1わたしはわが愛する者のために、そのぶどう畑についてのわが愛の歌をうたおう。わが愛する者は土肥えた小山の上に、一つのぶどう畑をもっていた。

2彼はそれを掘りおこし、石を除き、それに良いぶどうを植え、その中に物見やぐらを建て、またその中に酒ぶねを掘り、良いぶどうの結ぶのを待ち望んだ。ところが結んだものは野ぶどうであった。

3それで、エルサレムに住む者とユダの人々よ、どうか、わたしとぶどう畑との間をさばけ。

4わたしが、ぶどう畑になした事のほかに、何かなすべきことがあるか。わたしは良いぶどうの結ぶのを待ち望んだのに、どうして野ぶどうを結んだのか。

5それで、わたしが、ぶどう畑になそうとすることを、あなたがたに告げる。わたしはそのまがきを取り去って、食い荒されるにまかせ、そのかきをとりこわして、踏み荒されるにまかせる。

6わたしはこれを荒して、刈り込むことも、耕すこともせず、おどろと、いばらとを生えさせ、また雲に命じて、その上に雨を降らさない。

7万軍の主のぶどう畑はイスラエルの家であり、主が喜んでそこに植えられた物は、ユダの人々である。主はこれに公平を望まれたのに、見よ、流血。正義を望まれたのに、見よ、叫び。

8わざわいなるかな、彼らは家に家を建て連ね、田畑に田畑をまし加えて、余地をあまさず、自分ひとり、国のうちに住まおうとする。

9万軍の主はわたしの耳に誓って言われた、「必ずや多くの家は荒れすたれ、大きな麗しい家も住む者がないようになる。

10十反のぶどう畑もわずかに一バテの実を結び、一ホメルの種もわずかに一エパの実を結ぶ」。

11わざわいなるかな、彼らは朝早く起きて、濃き酒をおい求め、夜のふけるまで飲みつづけて、酒にその身を焼かれている。

12彼らの酒宴には琴あり、立琴あり、鼓あり笛あり、ぶどう酒がある。しかし彼らは主のみわざを顧みず、み手のなされる事に目をとめない。

13それゆえ、わが民は無知のために、とりこにせられ、その尊き者は飢えて死に、そのもろもろの民は、かわきによって衰えはてる。

14また陰府はその欲望を大きくし、その口を限りなく開き、エルサレムの貴族、そのもろもろの民、その群集およびそのうちの喜びたのしめる者はみな その中に落ちこむ。

15人はかがめられ、人々は低くせられ、高ぶる者の目は低くされる。

16しかし万軍の主は公平によってあがめられ、聖なる神は正義によって、おのれを聖なる者として示される。

17こうして小羊は自分の牧場におるように草をはみ、肥えた家畜および子やぎは荒れ跡の中で食を得る。

18わざわいなるかな、彼らは偽りのなわをもって悪を引きよせ、車の綱をもってするように罪を引きよせる。

19彼らは言う、「彼を急がせ、そのわざをすみやかにさせよ、それを見せてもらおう。イスラエルの聖者の定める事を近づききたらせよ、それを見せてもらおう」と。

20わざわいなるかな、彼らは悪を呼んで善といい、善を呼んで悪といい、暗きを光とし、光を暗しとし、苦きを甘しとし、甘きを苦しとする。

21わざわいなるかな、彼らはおのれを見て、賢しとし、みずから顧みて、さとしとする。

22わざわいなるかな、彼らはぶどう酒を飲むことの英雄であり、濃き酒をまぜ合わせることの勇士である。

23彼らはまいないによって悪しき者を義とし、義人からその義を奪う。

24それゆえ、火の舌が刈り株を食い尽すように、枯れ草が炎の中に消えうせるように、彼らの根は朽ちたものとなり、彼らの花はちりのように飛び去る。彼らは万軍の主の律法を捨て、イスラエルの聖者の言葉を侮ったからである。

25それゆえ、主はその民にむかって怒りを発し、み手を伸べて彼らを撃たれた。山は震い動き、彼らのしかばねは、ちまたの中で、あくたのようになった。それにもかかわらず、み怒りはやまず、なお、み手を伸ばされる。

26主は旗をあげて遠くから一つの国民を招き、地の果から彼らを呼ばれる。見よ、彼らは走って、すみやかに来る。

27その中には疲れる者も、つまずく者もなく、まどろむ者も、眠る者もない。その腰の帯はとけず、そのくつのひもは切れていない。

28その矢は鋭く、その弓はことごとく張り、その馬のひずめは火打石のように、その車の輪はつむじ風のように思われる。

29そのほえることは、ししのように、若いししのようにほえ、うなって獲物を捕え、かすめ去っても救う者がない。

30その日、その鳴りどよめくことは、海の鳴りどよめくようだ。もし地をのぞむならば、見よ、暗きと悩みとがあり、光は雲によって暗くなる。

鍵となる聖句

4節
わたしが、ぶどう畑になした事のほかに、何かなすべきことがあるか。わたしは良いぶどうの結ぶのを待ち望んだのに、どうして野ぶどうを結んだのか。

神は、民に責任を問う問いを投げかけます。ぶどう畑のために、これ以上何ができたでしょうか。問題は、ぶどう作りの世話ではなく、実にありました。

7節
万軍の主のぶどう畑はイスラエルの家であり、主が喜んでそこに植えられた物は、ユダの人々である。主はこれに公平を望まれたのに、見よ、流血。正義を望まれたのに、見よ、叫び。

歌の意味が明かされます。ぶどう畑はイスラエルの家です。神は公平と正義を望まれましたが、見いだしたのは流血と叫びでした。

20節
わざわいなるかな、彼らは悪を呼んで善といい、善を呼んで悪といい、暗きを光とし、光を暗しとし、苦きを甘しとし、甘きを苦しとする。

わざわいは、悪を呼んで善といい、善を呼んで悪という者に及びます。この節は社会について語っていますが、一人一人が自分を省みることができます。

21節
わざわいなるかな、彼らはおのれを見て、賢しとし、みずから顧みて、さとしとする。

自分の目に賢いと思うことも、別の形の反逆です。神を必要としなくなった知性は、自分自身に対して盲目になります。

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説教が語っていること

イザヤ書5章についてよくある質問

イザヤ書5章のぶどう畑の歌は何を意味していますか

ぶどう畑は、神が植えて手入れをされたイスラエルとユダの民を指します。神は公平と正義の実を待ち望まれましたが、見いだしたのは流血と叫びでした。この歌は、読む人それぞれに、自分の人生がどんな実を結んでいるかを問いかけます。

悪を呼んで善というとは、どういう意味ですか

20節は、道徳の基準をひっくり返す人々に向けられています。神が罪と見なすことを正当化し、神が喜ばれることを軽んじるのです。これは悪い行いだけでなく、良心をなだめるために言葉を言いかえることでもあります。神はそれを、真理への重大な反逆と見ておられます。

イザヤ書5章の六つのわざわいとは何ですか

家や畑を積み上げる貪欲、神を忘れさせる酒と快楽、神のみわざへの挑発、善と悪の逆転、高ぶった知恵、そして贈り物のために悪人を無罪とする不正です。どれも、神を無視して生きる一つのあり方を描いています。

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