聖書 — 口語訳 (1955)
コリント人への第一の手紙 8
概要
コリント人への第一の手紙8章で、パウロは具体的な問いに答えます。偶像への供え物の肉を食べてもよいのか、という問いです。彼は、偶像は無に等しく、唯一の神と、唯一の主イエス・キリストがおられるだけだと認めます。しかし、知識は人を誇らせ、愛は人の徳を高めると語ります。過去の影響をまだ残している兄弟たちの中には、弱い良心を持つ人がいます。パウロは、強い人々に、キリストが代わりに死なれた兄弟をつまずかせるよりは、自分の自由を捨てるよう求めます。
この章の3つの区分
1偶像への供え物について答えると、「わたしたちはみな知識を持っている」ことは、わかっている。しかし、知識は人を誇らせ、愛は人の徳を高める。
2もし人が、自分は何か知っていると思うなら、その人は、知らなければならないほどの事すら、まだ知っていない。
3しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのである。
4さて、偶像への供え物を食べることについては、わたしたちは、偶像なるものは実際は世に存在しないこと、また、唯一の神のほかには神がないことを、知っている。
5というのは、たとい神々といわれるものが、あるいは天に、あるいは地にあるとしても、そして、多くの神、多くの主があるようではあるが、
6わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである。万物はこの神から出て、わたしたちもこの神に帰する。また、唯一の主イエス・キリストのみがいますのである。万物はこの主により、わたしたちもこの主によっている。
7しかし、この知識をすべての人が持っているのではない。ある人々は、偶像についての、これまでの習慣上、偶像への供え物として、それを食べるが、彼らの良心が、弱いために汚されるのである。
8食物は、わたしたちを神に導くものではない。食べなくても損はないし、食べても益にはならない。
9しかし、あなたがたのこの自由が、弱い者たちのつまずきにならないように、気をつけなさい。
10なぜなら、ある人が、知識のあるあなたが偶像の宮で食事をしているのを見た場合、その人の良心が弱いため、それに「教育されて」、偶像への供え物を食べるようにならないだろうか。
11するとその弱い人は、あなたの知識によって滅びることになる。この弱い兄弟のためにも、キリストは死なれたのである。
12このようにあなたがたが、兄弟たちに対して罪を犯し、その弱い良心を痛めるのは、キリストに対して罪を犯すことなのである。
13だから、もし食物がわたしの兄弟をつまずかせるなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは永久に、断じて肉を食べることはしない。
鍵となる聖句
偶像への供え物について答えると、「わたしたちはみな知識を持っている」ことは、わかっている。しかし、知識は人を誇らせ、愛は人の徳を高める。
知識だけでは人を高ぶらせますが、愛は人を築き上げます。パウロは知識を軽んじているのではなく、それにふさわしい位置を与えています。
わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである。万物はこの神から出て、わたしたちもこの神に帰する。また、唯一の主イエス・キリストのみがいますのである。万物はこの主により、わたしたちもこの主によっている。
キリスト者にとって、父なる唯一の神と、唯一の主イエス・キリストがおられるだけです。だからこそ、偶像は無に等しいのです。
しかし、あなたがたのこの自由が、弱い者たちのつまずきにならないように、気をつけなさい。
パウロは強い人々に警告します。自由が、弱い人々のつまずきの石となってはなりません。正しくても、人を傷つけることがあるのです。
だから、もし食物がわたしの兄弟をつまずかせるなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは永久に、断じて肉を食べることはしない。
パウロは自分自身の例で結びます。食物が兄弟をつまずかせるなら、彼は二度と肉を食べないつもりです。自由は、愛への奉仕のために生かされます。
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説教が語っていること
コリント人への第一の手紙8章についてよくある質問
コリント人への第一の手紙8章によれば、偶像への供え物の肉を食べてもよいのですか。
パウロは、それ自体は食べてもよいと答えます。偶像は無に等しく、食物が人を神に近づけるわけではないからです。しかし、弱い良心を持つ兄弟をつまずかせるなら、控えるよう求めます。問題は、何が許されているかだけでなく、他の人にとって何が益となるかなのです。
「知識は人を誇らせ、愛は人の徳を高める」とはどういう意味ですか。
パウロは、持っている知識の二つの用い方を対比します。愛のない知識は人を高慢にし、自分が優れていると見せたくさせます。愛は、他の人の益を求めるので、築き上げます。「徳を高める」という言葉は、家を建てるときに使われる動詞です。
コリント人への第一の手紙8章の弱い兄弟とはだれですか。
良心がまだ十分に照らされていない信者のことで、多くはかつての偶像礼拝の生活の影響を残しています。他の人がその肉を食べるのを見て、汚れたと感じることがあります。パウロは強い人々に、その人を軽んじないこと、そして良心に反することをするよう導かないことを求めます。
コリント人への第一の手紙 8を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。