聖書 — 口語訳 (1955)

コリント人への第一の手紙 7

概要

コリント人への第一の手紙7章は、結婚と独身についてコリントの人々がパウロに寄せた質問に答えます。パウロは、結婚は良いものであり、夫婦はお互いに果たすべき務めを果たすべきで、独身も結婚と同じく賜物であると述べます。別居や、一方が信者でない夫婦の問題を扱ったあと、各自は神から受けた召しのうちにとどまるという原則を示します。最後に、婚約者ややもめへの助言で締めくくります。

この章の6つの区分

  1. 1-7節結婚と夫婦の互いの務め
  2. 8-11節独身者、やもめ、結婚している人たち
  3. 12-16節一方が信じていない場合
  4. 17-24節各自は神から受けた召しにとどまる
  5. 25-35節時は縮まっている:結婚するか、独身でいるか
  6. 36-40節婚約者ややもめ:自由と知恵

1さて、あなたがたが書いてよこした事について答えると、男子は婦人にふれないがよい。

2しかし、不品行に陥ることのないために、男子はそれぞれ自分の妻を持ち、婦人もそれぞれ自分の夫を持つがよい。

3夫は妻にその分を果し、妻も同様に夫にその分を果すべきである。

4妻は自分のからだを自由にすることはできない。それができるのは夫である。夫も同様に自分のからだを自由にすることはできない。それができるのは妻である。

5互に拒んではいけない。ただし、合意の上で祈に専心するために、しばらく相別れ、それからまた一緒になることは、さしつかえない。そうでないと、自制力のないのに乗じて、サタンがあなたがたを誘惑するかも知れない。

6以上のことは、譲歩のつもりで言うのであって、命令するのではない。

7わたしとしては、みんなの者がわたし自身のようになってほしい。しかし、ひとりびとり神からそれぞれの賜物をいただいていて、ある人はこうしており、他の人はそうしている。

8次に、未婚者たちとやもめたちとに言うが、わたしのように、ひとりでおれば、それがいちばんよい。

9しかし、もし自制することができないなら、結婚するがよい。情の燃えるよりは、結婚する方が、よいからである。

10更に、結婚している者たちに命じる。命じるのは、わたしではなく主であるが、妻は夫から別れてはいけない。

11(しかし、万一別れているなら、結婚しないでいるか、それとも夫と和解するかしなさい)。また夫も妻と離婚してはならない。

12そのほかの人々に言う。これを言うのは、主ではなく、わたしである。ある兄弟に不信者の妻があり、そして共にいることを喜んでいる場合には、離婚してはいけない。

13また、ある婦人の夫が不信者であり、そして共にいることを喜んでいる場合には、離婚してはいけない。

14なぜなら、不信者の夫は妻によってきよめられており、また、不信者の妻も夫によってきよめられているからである。もしそうでなければ、あなたがたの子は汚れていることになるが、実際はきよいではないか。

15しかし、もし不信者の方が離れて行くのなら、離れるままにしておくがよい。兄弟も姉妹も、こうした場合には、束縛されてはいない。神は、あなたがたを平和に暮させるために、召されたのである。

16なぜなら、妻よ、あなたが夫を救いうるかどうか、どうしてわかるか。また、夫よ、あなたも妻を救いうるかどうか、どうしてわかるか。

17ただ、各自は、主から賜わった分に応じ、また神に召されたままの状態にしたがって、歩むべきである。これが、すべての教会に対してわたしの命じるところである。

18召されたとき割礼を受けていたら、その跡をなくそうとしないがよい。また、召されたとき割礼を受けていなかったら、割礼を受けようとしないがよい。

19割礼があってもなくても、それは問題ではない。大事なのは、ただ神の戒めを守ることである。

20各自は、召されたままの状態にとどまっているべきである。

21召されたとき奴隷であっても、それを気にしないがよい。しかし、もし自由の身になりうるなら、むしろ自由になりなさい。

22主にあって召された奴隷は、主によって自由人とされた者であり、また、召された自由人はキリストの奴隷なのである。

23あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。人の奴隷となってはいけない。

24兄弟たちよ。各自は、その召されたままの状態で、神のみまえにいるべきである。

25おとめのことについては、わたしは主の命令を受けてはいないが、主のあわれみにより信任を受けている者として、意見を述べよう。

26わたしはこう考える。現在迫っている危機のゆえに、人は現状にとどまっているがよい。

27もし妻に結ばれているなら、解こうとするな。妻に結ばれていないなら、妻を迎えようとするな。

28しかし、たとい結婚しても、罪を犯すのではない。また、おとめが結婚しても、罪を犯すのではない。ただ、それらの人々はその身に苦難を受けるであろう。わたしは、あなたがたを、それからのがれさせたいのだ。

29兄弟たちよ。わたしの言うことを聞いてほしい。時は縮まっている。今からは妻のある者はないもののように、

30泣く者は泣かないもののように、喜ぶ者は喜ばないもののように、買う者は持たないもののように、

31世と交渉のある者は、それに深入りしないようにすべきである。なぜなら、この世の有様は過ぎ去るからである。

32わたしはあなたがたが、思い煩わないようにしていてほしい。未婚の男子は主のことに心をくばって、どうかして主を喜ばせようとするが、

33結婚している男子はこの世のことに心をくばって、どうかして妻を喜ばせようとして、その心が分れるのである。

34未婚の婦人とおとめとは、主のことに心をくばって、身も魂もきよくなろうとするが、結婚した婦人はこの世のことに心をくばって、どうかして夫を喜ばせようとする。

35わたしがこう言うのは、あなたがたの利益になると思うからであって、あなたがたを束縛するためではない。そうではなく、正しい生活を送って、余念なく主に奉仕させたいからである。

36もしある人が、相手のおとめに対して、情熱をいだくようになった場合、それは適当でないと思いつつも、やむを得なければ、望みどおりにしてもよい。それは罪を犯すことではない。ふたりは結婚するがよい。

37しかし、彼が心の内で堅く決心していて、無理をしないで自分の思いを制することができ、その上で、相手のおとめをそのままにしておこうと、心の中で決めたなら、そうしてもよい。

38だから、相手のおとめと結婚することはさしつかえないが、結婚しない方がもっとよい。

39妻は夫が生きている間は、その夫につながれている。夫が死ねば、望む人と結婚してもさしつかえないが、それは主にある者とに限る。

40しかし、わたしの意見では、そのままでいたなら、もっと幸福である。わたしも神の霊を受けていると思う。

鍵となる聖句

7節
わたしとしては、みんなの者がわたし自身のようになってほしい。しかし、ひとりびとり神からそれぞれの賜物をいただいていて、ある人はこうしており、他の人はそうしている。

パウロは、神から一人ひとりが受けている特別な賜物について語ります。ある人はこうであり、他の人はそうです。結婚も独身も、神が与えてくださる道として示され、価値の上下はありません。

15節
しかし、もし不信者の方が離れて行くのなら、離れるままにしておくがよい。兄弟も姉妹も、こうした場合には、束縛されてはいない。神は、あなたがたを平和に暮させるために、召されたのである。

信じない配偶者が去っていくなら、信者は「束縛されてはいない」とパウロは言います。そして、神は私たちを平和に暮らすようにと召されたのだと付け加えます。これは、何としても留まらなければならないという義務の考えに一定の幅を与えます。

20節
各自は、召されたままの状態にとどまっているべきである。

この章を形づくる原則は、「各自は、召されたままの状態にとどまっているべきである」ということです。回心したからといって、十分なキリスト者になるために境遇を変える必要はありません。

23節
あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。人の奴隷となってはいけない。

「あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。人の奴隷となってはいけない」。パウロは日常生活を、キリストのわざと、キリストが与えてくださる自由に結びつけます。

29-31節
兄弟たちよ。わたしの言うことを聞いてほしい。時は縮まっている。今からは妻のある者はないもののように、 泣く者は泣かないもののように、喜ぶ者は喜ばないもののように、買う者は持たないもののように、 世と交渉のある者は、それに深入りしないようにすべきである。なぜなら、この世の有様は過ぎ去るからである。

パウロは、この世の有様は過ぎ去るので、この世のことを距離を置いて生きるよう招きます。結婚や仕事を軽んじているのではなく、それらを主の再臨という視点の下に置いているのです。

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説教が語っていること

コリント人への第一の手紙7章:結婚と独身、福音がもたらす自由な知恵ジャック・ニュスボメールは、律法主義に対して福音の光のもとで1コリント7章25節から40節を読みます。独身は劣った身分ではないこと、結婚には自由な同意が必要であること、そしてアイデンティティはキリストから来ることを思い起こさせます。要約を読む →結婚していても独身でも、神が置かれた場所で忠実に生きるジェイソン・プロコピオは、1コリント7章1節から16節と17節から24節をたどります。回心は人生の状況を消し去りません。結婚していても、独身でも、信仰の異なる夫婦でも、神が置かれた場所で忠実に生きるよう召されています。要約を読む →キリストに専心する独身:分かたれない心で仕える説教者は1コリント7章25節から40節から、パウロが命令ではなく牧会的な意見を述べていることを示します。結婚するか独身でいるかは道徳的には中立ですが、独身は分けへだてのない奉仕を可能にすることがあります。要約を読む →結婚と独身、教会での率直な五つの問い牧会チームは、願い、出会い、最初の一歩、独身についての五つの質問に答えます。結婚するための聖書的な基準は「主にあって」であること、そして結婚がすべてを解決するわけではないことを思い起こさせます。要約を読む →

コリント人への第一の手紙7章についてよくある質問

1コリント7章9節の「情の燃えるよりは、結婚する方が、よい」とはどういう意味ですか。

パウロは独身者とやもめに向けて、自制することができないなら結婚するがよいと言います。結婚が欲望を消すとも、その理由だけで結婚すべきだとも言っていません。この節は欲望の現実を認め、結婚が正当で良い枠組みであることを思い起こさせます。

なぜパウロは1コリント7章で独身を勧めているのですか。

パウロは結婚を非難しているのではありません。結婚することは罪ではないと言っています。縮まっている時、今の困難、そして気を散らされることなく主に仕えることを語ります。結婚していない人は主のことにより専念でき、結婚している人は配偶者のことも心にかけます。

1コリント7章によれば、クリスチャンは信じない配偶者のもとを去ってもよいのですか。

パウロは、一緒にいることに同意している信じない配偶者を離縁しないよう求めます。相手の方が別れるのなら、信者は縛られません。神は平和に暮らすために召されたからです。離婚と再婚について、すべての教会が同じ結論を出しているわけではなく、牧会的な付き添いが大切になります。

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