聖書 — 口語訳 (1955)
ヨハネによる福音書 2
概要
ヨハネによる福音書2章は、イエスがどなたであるかを現す二つの場面を伝えます。カナの婚礼でイエスは水をぶどう酒に変えられました。これはこの福音書の最初のしるしであり、イエスはご自身の栄光を現されます。エルサレムでは、宮から商人を追い出し、ご自分のからだである神殿を三日で建てると告げられます。章は、うわべだけの熱狂を信仰とはみなされないイエスの姿で終わります。イエスは人の心の中にあることを知っておられます。
この章の4つの区分
1三日目にガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2イエスも弟子たちも、その婚礼に招かれた。
3ぶどう酒がなくなったので、母はイエスに言った、「ぶどう酒がなくなってしまいました」。
4イエスは母に言われた、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」。
5母は僕たちに言った、「このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい」。
6そこには、ユダヤ人のきよめのならわしに従って、それぞれ四、五斗もはいる石の水がめが、六つ置いてあった。
7イエスは彼らに「かめに水をいっぱい入れなさい」と言われたので、彼らは口のところまでいっぱいに入れた。
8そこで彼らに言われた、「さあ、くんで、料理がしらのところに持って行きなさい」。すると、彼らは持って行った。
9料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)花婿を呼んで
10言った、「どんな人でも、初めによいぶどう酒を出して、酔いがまわったころにわるいのを出すものだ。それだのに、あなたはよいぶどう酒を今までとっておかれました」。
11イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行い、その栄光を現された。そして弟子たちはイエスを信じた。
12そののち、イエスは、その母、兄弟たち、弟子たちと一緒に、カペナウムに下って、幾日かそこにとどまられた。
13さて、ユダヤ人の過越の祭が近づいたので、イエスはエルサレムに上られた。
14そして牛、羊、はとを売る者や両替する者などが宮の庭にすわり込んでいるのをごらんになって、
15なわでむちを造り、羊も牛もみな宮から追いだし、両替人の金を散らし、その台をひっくりかえし、
16はとを売る人々には「これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな」と言われた。
17弟子たちは、「あなたの家を思う熱心が、わたしを食いつくすであろう」と書いてあることを思い出した。
18そこで、ユダヤ人はイエスに言った、「こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せてくれますか」。
19イエスは彼らに答えて言われた、「この神殿をこわしたら、わたしは三日のうちに、それを起すであろう」。
20そこで、ユダヤ人たちは言った、「この神殿を建てるのには、四十六年もかかっています。それだのに、あなたは三日のうちに、それを建てるのですか」。
21イエスは自分のからだである神殿のことを言われたのである。
22それで、イエスが死人の中からよみがえったとき、弟子たちはイエスがこう言われたことを思い出して、聖書とイエスのこの言葉とを信じた。
23過越の祭の間、イエスがエルサレムに滞在しておられたとき、多くの人々は、その行われたしるしを見て、イエスの名を信じた。
24しかしイエスご自身は、彼らに自分をお任せにならなかった。それは、すべての人を知っておられ、
25また人についてあかしする者を、必要とされなかったからである。それは、ご自身人の心の中にあることを知っておられたからである。
鍵となる聖句
母は僕たちに言った、「このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい」。
マリヤは解決策を示さず、ただ僕たちをイエスのもとに向かわせます。「このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい」という言葉は、すべてを理解する前にイエスに従うという、この箇所の姿勢を要約しています。
イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行い、その栄光を現された。そして弟子たちはイエスを信じた。
ヨハネはこの奇跡をしるしと呼びます。しるしは人を驚かせるためより、ある方を指し示すためにあります。イエスはこれによって栄光を現され、弟子たちはイエスを信じました。
イエスは彼らに答えて言われた、「この神殿をこわしたら、わたしは三日のうちに、それを起すであろう」。 そこで、ユダヤ人たちは言った、「この神殿を建てるのには、四十六年もかかっています。それだのに、あなたは三日のうちに、それを建てるのですか」。 イエスは自分のからだである神殿のことを言われたのである。
イエスはご自分のからだという神殿について語っておられます。復活の後、弟子たちは、神と出会う本当の場所がイエスご自身であることを悟ります。
しかしイエスご自身は、彼らに自分をお任せにならなかった。それは、すべての人を知っておられ、 また人についてあかしする者を、必要とされなかったからである。それは、ご自身人の心の中にあることを知っておられたからである。
イエスは熱狂する群衆に自分をお任せになりません。人の心の中にあることを知っておられるからです。この冷静なまなざしは軽蔑ではありません。私たちの限界を知ったうえで、なお愛してくださいます。
この章に登場する人物
説教が語っていること
ヨハネによる福音書2章についてよくある質問
ヨハネによる福音書2章のカナの奇跡はどういう意味ですか
ヨハネはこの奇跡をしるしと呼びます。人を驚かせるより、イエスがどなたかを示すものです。不足のただ中でご自身の栄光を現されたイエスは、豊かな喜びをもたらす方として現れます。多くの説教者は、ここに、ヨハネが「時」と呼ぶ十字架の予告も見ています。
なぜイエスはヨハネによる福音書2章4節で母を「婦人」と呼ばれたのですか
当時、「婦人」は敬意のこもった呼びかけで、奥様に近い言葉でした。イエスはマリヤを突き放しておられるのではありません。ご自分の定めた時、つまり「時」に行動されるという意味です。マリヤもそう受け止め、僕たちにイエスの言われるとおりにするよう告げました。
なぜイエスは宮から商人を追い出されたのですか
イエスは、父の家が商売の場になることを許されませんでした。弟子たちはそのとき、あなたの家を思う熱心がわたしを食いつくすという詩篇の言葉を思い出します。ヨハネはこの場面を福音書の初めに置き、イエスの権威を示します。イエスはすでに、三日で建て直されるご自身のからだという神殿を告げておられます。
ヨハネによる福音書 2を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。