イエスにとどまりなさい:あなたは多くの実を結びます

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はじめに

牧師は、新年礼拝の説教をとても人間らしい告白から始めます。前日、彼は自分の説教を録画して配信しようとしていました。ところが何もうまくいきません。音声は途切れ、何度も撮り直し、だれもいない部屋であることに気持ちが押しつぶされそうになります。十回目ほどの挑戦をしていたとき、彼の息子がそこを通りかかりました。息子をベンチに座らせ、自分と向き合わせると、そこからはすべてがすらすらと語れるようになりました。部屋にひとりいるだけで十分だったのです。

牧師はここから、年の初めにふさわしい単純な教訓を引き出します。「わたしはひとりで語っているのではない。わたしはつながっている。」あなたもまた、切り離された状態で生きるようには造られていません。この教会がこの新しい年を歩むために掲げる御言葉は、ヨハネ15:5です。「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝である。」牧師の勧めのすべては、イエス様がわずか数節の間に六回繰り返される、ある一つの言葉に集約されます。それはとどまるという言葉です。

構成

1. イエスにとどまるとは、ただイエスのもとに来ることである

イエス様は、十字架の前夜、最後の晩餐の部屋で、弟子たちにこう言われます。「わたしにとどまりなさい。わたしもあなたがたにとどまる。」そして少し先でこう続けられます。「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」(ヨハネ15:9)。とどまるとは、まず何よりも霊的な努力、実績、テクニックのことではありません。それは、イエス様のそばに身を置くことです。イエス様があなたを愛して十字架にまで行かれたと信じることです。イエス様を救い主として、あなたの心に迎え入れることです。

牧師はこう強調します。「イエス様を信じることは、何も特別なことではありません。それは、イエス様のそばに身を置くことです。」もし今朝、あなたがイエス様を迎え入れるなら、イエス様は御霊によってあなたのうちに入り、あなたを内側から造り変えてくださいます。あなたと神との関係が回復し、あなたと人との関係も癒やされ始めます。

2. あなたが結ぶ実が、周りの人を変える

「わたしにとどまり、わたしもその人にとどまるなら、その人は多くの実を結ぶ」(ヨハネ15:5)。牧師が語る最初の実は、とてもシンプルなものです。「ありがとう」という一言、朝の心からの「おはよう」です。食卓を共にする人への感謝の一言です。

牧師は、あるクリスマスの日に出会った人の証しを語ります。その人はこう言いました。「今年、職場で『ありがとう』も『感謝しています』も、一度も耳にしませんでした。あるのはただ『もっと速く』、少しでも間違えれば『この馬鹿者』という言葉だけでした。でも教会に来ると、ただ来たというだけで、ありがとうと言ってもらえるのです。信じられません。」この人は教会で感謝の言葉を学び、それを家庭に、職場に、地域に持ち帰ります。感謝の心が通るところで、雰囲気が変わるのです。

あなたには、周りのすべてを変える力はないかもしれません。しかし、あなたが動かなければ、何も動きません。あなたの「ありがとう」、あなたの心配り、教会での、家庭での、職場でのあなたの存在、それらは実を結ぶ枝なのです。

3. 「わたしを離れては、あなたがたは何もすることができない」

牧師は自分の初めての説教のことを語ります。16歳のとき、子どもの礼拝で話すよう頼まれました。彼は種を蒔く人のたとえを何日もかけて準備し、母親の鏡の前で何度も練習しました。担当者は彼にこう言いました。「二十分ですよ。」当日になると、256人の子どもたちが彼の前にいます。壇上に上がり、目を上げると、五十ほどの視線が彼に注がれます。頭の中で何かがぷつりと切れます。彼はすべてを一気にまくし立て、祈ります。時計を見ると、たった三分でした。

彼は打ちのめされてそこを後にします。「もう二度と、天に行くまでは説教などしない。」それなのに彼は今、四十数年後、なお講壇に立っています。なぜでしょうか。「わたしがイエス様から離れなかったからです。それ以外の理由はありません。」ここに秘訣があります。イエス様は、自分自身に頼る枝ではなく、つながり続ける枝を用いられるのです。

自分を責めないでください。「わたしはだめだ、わたしには価値がない」などと言わないでください。むしろ、イエス様の御手に自分をゆだねてください。イエス様は、ご自分に信頼する者たちの上に、彼らが望む以上の恵みと力を注いでくださいます。

4. 聖霊は御言葉を通して語られる

イエス様は弟子たちを安心させます。父のもとに戻られるとき、弟子たちを孤児のようにはなさいません。「慰め主、真理の御霊が来られる」(ヨハネ15:26)。そしてヨハネ16:13、14ではこう続けられます。「真理の御霊が来られるとき、その方はあなたがたをすべての真理に導いてくださる……その方は、わたしのものを受けて、あなたがたに伝えてくださる。」

牧師はとても正直にこう語ります。三十数年の牧会生活の中で、彼は一度も「自分の耳で」イエス様の声を聞いたことがありません。しかし、御霊はたえず、ある御言葉、ある賛美歌、ふさわしいときに浮かんでくるある思いを通して、彼に語りかけてくださいます。だからこそ、あなたは神のかたちに造られているのです。あなたには、神の声を受け取ることのできる魂があります。動物たちは、どんなに賢くても、その次元を持ってはいません。

5. イエスの御名によって祈る

「あなたがたがわたしにとどまり、わたしの言葉があなたがたにとどまるなら、何でも望むものを求めなさい。そうすれば、それはあなたがたのものとなる」(ヨハネ15:7)。少し先で、イエス様はこう付け加えられます。「あなたがたがわたしの名によって求めるものを、父があなたがたに与えてくださるためである」(ヨハネ15:16)。だからこそ、クリスチャンは祈りを「イエス様の御名によって」結ぶのです。

牧師は、自分をクリスチャンだと思っていない人々にさえ、この招きをあえて差し出します。「イエス様の御名によって祈ってみてください。そして、神がどのように答えられるかを見てください。」それから、日曜ごとに教会に戻って来て、自分が愛されていることを決して忘れないでください。

覚えておきたいポイント

  • イエスにとどまるとは、イエス様のそばに身を置き、十字架にまで及ぶ愛を信じ、イエス様を心に迎え入れることです。
  • 心からの「ありがとう」は、それだけですでに、家庭を、職場を、教会を変える実です。
  • イエス様から離れては、あなたは何もできません。イエス様につながれば、イエス様はあなたの想像を超えて満たしてくださいます。
  • 聖霊は、御言葉、賛美歌、ふさわしいときに戻ってくる思いを通して、あなたの魂に語りかけられます。
  • イエスの御名によって祈ってください。イエス様がそう約束されました。父は答えてくださいます。

あなたへの適用

  • 今年、あなたはどの分野で、木につながらずに実を結ぼうとしていますか。
  • ここ数週間、あなたが「ありがとう」を言い忘れた相手はだれですか。今日、あなたに何ができますか。
  • 「あなたはだめだ」と語りかける心の声はどんなものですか。イエス様は代わりに何を信じるよう招いておられますか。
  • 最近、あなたに語りかけたのはどの御言葉、どの賛美歌でしたか。それを取り戻し、書き留め、心に留めてください。
  • この新しい年のために、あなたはこの朝、イエスの御名によって、どんな祈りをささげたいですか。

引用聖句

よくある質問

「イエスにとどまる」とは、具体的にどういう意味ですか。

牧師はこう要約します。イエスにとどまることは、霊的な離れ業ではありません。それは、イエス様のそばに身を置き、イエス様が十字架にまで及ぶ愛であなたを愛されたと信じ、イエス様を救い主として迎え入れ、御言葉と祈りを通して、日々その関係の中にとどまり続けることです。

イエス様が語りかけておられると確信するために、その声を「自分の耳で」聞かなければなりませんか。

いいえ。牧師自身が謙遜にこう告白しています。三十数年の牧会生活の中で、彼は一度も、その声を物理的に聞いたことはありません。神は御霊によって、ある御言葉、ある賛美歌、ある内的な確信を通して、あなたの魂に語りかけられます。それが、神があなたと交わされる、いつもの語りかけ方なのです。

なぜクリスチャンは、祈りを「イエスの御名によって」結ぶのですか。

それは、イエス様がヨハネ15:16でそう約束されたからです。「あなたがたがわたしの名によって求めるものを、父は与えてくださる。」イエスの御名によって祈るとは、自分の功績ではなく、イエス様があなたのためになしてくださったことに基づいて、父の前に進み出ることです。

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