はじめに
あなたはたった今、ローマ12章を開きました。そこでパウロは、途方もないことをあなたに求めています。自分のからだを「生きた、聖なる、神に喜ばれる供え物」として献げることです。聖所に連れて来られる動物ではありません。時折の儀式でもありません。あなたご自身です。あなたの人生全体です。あなたの一週間です。あなたの感情、あなたの仕事、あなたの家庭です。
アガペー教会によるこの説教で、あなたは「生きた礼拝を献げる」とはどういうことか、そしてなぜ月曜日から土曜日まであなたが生きる日々が、日曜日の朝と同じくらい大切なのかを理解するよう招かれています。神はその両方をご覧になっています。そして、それに伴う心のあり方によって、礼拝を受け入れられたり、受け入れられなかったりするのです。
メッセージの構成
1. 正しい心で主の日を備える
- クリスチャンの一週間は、月曜日ではなく主の日から始まります。
- あなたは「そうしなければならないから」礼拝に行くのではありません。期待と感謝と謙虚さをもって備えるのです。
- 隣り合って座る二人が、まったく異なる二つの礼拝を献げていることがあります。一方は生きた礼拝、もう一方は受け入れられない礼拝です。
- 前の六日間が、あなたが七日目に携えていく心を形づくります。
2. 自分のからだを生きた供え物として献げる
- キリスト以前には、傷のない動物を聖所に連れて来て、そのいのちを絶つ必要がありました。
- イエスは十字架の上で、唯一の、そして十分な供え物を献げてくださいました。もう繰り返す必要はありません。
- あなたに残された供え物は、あなた自身です。聖霊の宮であるあなたのからだを、清く保つことです。
- これは、あなたのからだに何を取り込むか(薬物、アルコール、たばこ)、それをどう用いるか(不純、依存症)、そこに何を刻み込むかに関わります。
3. 残りの六日間を礼拝にする
- あなたの仕事、家事、学業。それらすべては、「主にお仕えするように」行うとき、礼拝になります。
- コロサイ3:22-24は、神が結果だけでなく、その行為の背後にある姿勢をご覧になることを思い出させてくれます。
- 不平を言いながら食事を用意する母親と、喜びと祈りをもってそれを行う母親とでは、献げているものがまったく違います。
- 最終的な報酬は、あなたの上司からではなく、キリストから来るのです。
4. この世に倣わず、謙虚であり続ける
- 世にはこの世のルールがあります。しかしあなたは、それよりも高い基準、すなわち神の基準に従って生きるよう召されています。
- 不正な命令に「ノー」と言うことで、あなたは職を失うかもしれません。しかし、その責任は主が引き受けてくださいます。
- 成熟したクリスチャンにとっての大きな危険は、傲慢です。「私はやっていける、私には力がある」という思いです。多くの奉仕者がこれによって倒れてきました。
- あなたは毎日、こう告白することで立ち続けることができます。「主よ、あなたの助けなしには、私には何もできません。」
5. 愛し、祝福し、復讐を拒む
- 「偽りのない」愛をもって愛してください。生まれつき愛せない人々への愛を、神に求めてください。
- 決めつけのレッテルを貼らないでください(「あの人は嘘つきだ」「あの人はだめだ」)。それはすでに裁くことです。
- あなたを迫害する人々を祝福してください。イエスの御名は、あなたに祝福する権威を与えます。呪う権威ではありません。
- 復讐しないでください。サムエル記第二16:10を思い出してください。ダビデは、シムイに自分をのろわせるままにしておきました。不正の中にさえある神の主権を認めていたからです。
覚えておきたいポイント
- 生きた礼拝とは、まず何よりも日曜日の出来事ではありません。それは、神に献げられたあなたの人生全体のことです。
- 一台の車の二つの車輪、それが主の日を守ることと、残りの六日間を主のために生きることです。
- あなたのからだは聖霊の宮です。あなたがそこに何を取り込むか、そこに何を刻み込むか、それをどう用いるか、そのすべてが神に語りかけています。
- あなたの仕事は、どんなにありふれたものであっても、「主にお仕えするように」行うとき、礼拝になります。
- 傲慢は、成熟したクリスチャンにとっての罠です。小さくあり続け、依存し続け、感謝し続けてください。
個人への適用
- 日曜日を備えるとき、あなたは神との出会いに本当は何を期待していますか。あなたはルーティンの中にいますか、それとも期待の中にいますか。
- あなたがからだに取り込んでいるもの、あるいはからだで行っていることの中に、神にお委ねすべきだと分かっているものはありますか。
- あなたの仕事は、「上司の目のため」に行っていますか、それとも「主にお仕えするように」行っていますか。今週、どこで姿勢を変える必要がありますか。
- あなたが「嘘つき」「怠け者」「がっかりさせる人」というレッテルを貼ってしまい、まだ心から愛することができずにいる相手は誰ですか。
- 仕事、家庭、学業の中で、代価を払うことになっても、神があなたにはっきりとした「ノー」を求めておられると分かっている妥協はありますか。
引用聖句
- ローマ12:1-2・あなたがたのからだを、生きた供え物として献げなさい。
- 出エジプト記20章・十戒。その第四戒には「安息日を覚えて、これを聖なるものとせよ」とあります。
- コロサイ3:22-24・しもべたちよ、人にではなく主に従うように従いなさい。
- ローマ12:9・愛には偽りがあってはならない。
- サムエル記第二16:10-13・シムイの侮辱に直面するダビデ。「主が彼にのろえと言われたのだ。」
よくある質問
自分のからだを生きた供え物として献げるとはどういうことですか。
それは、あなた自身を神にお委ねすることです。あなたのからだだけでなく、あなたの思い、あなたの感情、あなたの仕事、あなたの計画もです。旧約聖書では、傷のない動物を聖所に連れて来ていました。イエスは十字架の上で、一度限りの供え物を献げてくださいました。今日、あなた自身が献げ物になります。神のために取り分けられ、清く保たれ、月曜日から日曜日まで神へと向けられた人生です。
日曜日に礼拝に行けば、それで十分ですか。
いいえ、十分ではありません。主の日は不可欠ですが、使徒パウロは一台の車の二つの車輪を描いています。日曜日の礼拝と、残りの六日間をどう生きるかです。あなたの仕事、家族や同僚への接し方、不正に対する態度、そのすべてが、それに伴う心のあり方に応じて神に受け入れられたり、拒まれたりする礼拝になります。
ローマ12:2にあるように、この世に倣わないためにはどうすればよいですか。
みことばにあなたの思いを新しくしていただくことによってです。「古い人」はこの世のように考えます。「新しい人」は神に喜ばれることを見分けることを学びます。具体的には、人からの承認ではなく主からの承認を求めること、神の律法が会社の規則よりも高いときには妥協を拒むこと、そして毎日、聖霊にあなたを変えてくださるよう願うことです。
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