「あなたの栄光を見せてください」:やがて、そして後になって、あなたは救い出しを見る

読了時間 1分

はじめに

あなたの「今日」があまりにも重くのしかかる朝があります。動かない状況、離れていく子ども、冷え込んでいく夫婦関係、進まなくなったプロジェクト。シリーズ『主よ、あなたの栄光を見せてください』の第5回にあたるこの説教で、長老ジュニアス・アナネは、ある的を絞った預言的なことばから出発して、より広い教えを開いていきます。神はあなたに「やがて」と「後になって」という時に会う約束をしてくださっています。そして今日のあなたの責任は、短期的なものの見方から抜け出し、神がすでにあなたの状況の中に隠しておられる救い出しを見ることです。

土台となる聖句は、ヨハネ13:7ヨハネ13:36箴言25:2出エジプト記14:10-14、そしてヨハネ12:23-32です。貫かれているテーマは、あなたの「今」に、あなた自身を定義させるのをやめることです。

記事の構成

1. 神からの二つのことば:「やがて」と「後になって」

ジュニアスは礼拝の冒頭で、会衆の中の二つのタイプの人に向けて、具体的なことばを語ります。一つ目のタイプの人には、ヨハネ13:7をもって語りかけます。「わたしがしていることは、今あなたには分からないが、後になって、あなたにも分かるようになる。」今日あなたが理解できないからといって、決して理解できないままではありません。神は今まさに、あなたの理解を開こうとしておられます。

二つ目のタイプの人には、ヨハネ13:36をもたらします。「あなたは今わたしについて来ることはできないが、後にはついて来ることになる。」誰か(子ども、配偶者、あるいはある目標を前にしたあなた自身)が、今その力を持っていないからといって、その力が明日も来ないとは限りません。整えてくださるのは神です。

説教者は強調します。「やがて」と「後になって」という二つのことばは、一つの約束の日取りなのです。神は文字どおりあなたにこう言われます。「わたしはあなたと『後になって』会う約束をしている。

2. 今日は、あなたを定義しない

大きな危険は、短期的なものの見方にある、とジュニアスは言います。告発者はこうささやきます。「もし今、変わらないなら、それは決して変わらない。」ペテロはその原型です。イエスが彼に語りかけておられたその瞬間、彼は何も理解できず、何もできませんでした。しかし、彼の「今」が彼のすべてをまとめてはいませんでした。彼を特定づけるものでも、彼を規定するものでもなかったのです。

私たちは人々を今日という一日に閉じ込めてしまう。私たちは彼らを裁き、断罪し、葬ってしまう。だが、明日は復活なのだ。」説教者のこのことばこそ、第5回の核心です。短期的なものの見方から抜け出すとは、あなたの今があなたのアイデンティティになることを拒むことであり、同時に、あなたの子ども、配偶者、兄弟姉妹について、今の彼らの姿から決定的な結論を下すことを拒むことでもあります。

3. 箴言25:2:神の栄光は隠すことにある

説教者は続いて、このシリーズの中心となる聖句に入ります。箴言25:2。「事を隠すのは神の栄光。事を極めるのは王の栄光。」神が起こされる、あるいは起こるままにされるすべての状況の中に、神は宝、すなわちご自分の栄光を隠しておられます。あなたの王としての責任は、それを探り出し、輝き出させることです。

ジュニアスが用いるイメージは印象的です。神はウイルスの中に解毒剤を隠された、というものです。ワクチンが効くのは、ウイルスそのものの一部が抗体を生み出すからです。同じように、「私たちの苦しみと屈辱の中にこそ、神はご自分の栄光を隠されたのです。

4. 紅海のほとりのモーセ:あなたは何を見ているか

場面は出エジプト記14:10-14に移ります。イスラエルの子らは目を上げ、自分たちの後ろを行進してくるエジプト人を見ます。彼らは目に見えるものにとらわれ、ひたすら口を動かします。「エジプトには墓がなかったとでもいうのですか。」奴隷は問題を見つめ、その問題をさらに大きくしてしまいます。

一方モーセは、視線の向きを変えさせます。「恐れてはならない。じっとしていて、主が今日あなたがたのために行われる救いを見なさい。あなたがたが今日見ているエジプト人を、あなたがたは二度と見ることはないからだ。」説教者の問いかけは、そのまま第5回の問いになります。あなたは何を見ているのか。王は苦難を否定しません。彼はその中に隠された救い出しを見つめるのです。

5. ヨハネ12章のイエス:苦しみではなく栄光を告げる

この論証の頂点は、ヨハネ12:23-32にあります。イエスはご自分の十字架刑を告げられますが、それをこう告げられます。「人の子が栄光を受ける時が来ました。」彼は「十字架につけられる」とは言われず、「栄光を受ける」と言われるのです。彼は痛みを否定してはいません。「今、わたしの心は騒いでいる。」しかし彼の祈りは「父よ、この時からわたしをお救いください」ではなく、「父よ、御名の栄光を現してください」なのです。そして父は天からこう答えられます。「わたしは栄光を現した。またもう一度栄光を現そう。

歴史上最も過酷な出来事を前にして、イエスは王としての姿勢を取られます。彼は、父が十字架の中に隠しておられたものを見つめておられます。すなわち、世に対する裁きがなされること、この世を支配する者が外に投げ出されること、そしてすべての人がご自分のもとに引き寄せられることです。ジュニアスがあなたに向けさせようとしているのは、まさにこの同じまなざしを、あなた自身の時に対して向けることなのです。

6. 神のカレンダーに入る

説教の終わりに、ジュニアスは会衆のためにこう祈ります。「主よ、私たちはあなたのカレンダーに入っていきます。主よ、私たちはあなたのタイミングの中に自分を位置づけます。あなたの時が私たちの時となりますように。あなたの期限が私たちの期限となりますように。」短期的なものの見方から抜け出すとは、自分のカレンダーを神に押しつけることをやめ、神がご自分の時に働かれることを受け入れることです。それはまた、忍耐を御霊の実として受け取り、ストレス、抑圧、不安から自由になり、そしてすでに歩んできた道を思い起こすことでもあります。「私を熊の手とライオンの口から救い出してくださった方が、このペリシテ人の手からも私を救い出してくださる。

覚えておきたいポイント

  • 神はあなたに、二つのことば「やがて」と「後になって」で語りかけておられます。それは拒絶ではなく、会う約束です。
  • あなたの今は、あなた自身を定義しません。それはまた、あなたが愛している人々を定義するものでもありません。
  • あなたの状況の中に、神は一つの宝を隠しておられます。それはご自分の栄光です。それを探り出すことが、あなたの王としての務めです。
  • 奴隷は問題にとらわれ、それを大きくします。王は問題を否定しませんが、救い出しを見つめます。
  • イエスご自身が、十字架を前にして、目に見える苦しみを告げる前に、隠された栄光を告げられました。
  • 神のカレンダーに入ることは安らぎをもたらし、自分のカレンダーを押しつけることは疲弊をもたらします。

個人への適用

  • 今日、どんな状況が、あなた自身、あるいはあなたが愛する誰かについて、決定的な結論を下すようあなたを駆り立てていますか。
  • あなたが今経験していることを話すとき、あなたの口はどこに焦点を当てていますか。エジプト人にですか、それとも救い出しにですか。
  • あなたが今理解したいと望むあまり、入ることを拒んでいる神の「やがて」はありませんか。
  • あなたが今生きていることの中に、神が隠しておられるかもしれないものを、あなたは言い当てられますか。
  • あなたの礼拝は、不平を言う奴隷の礼拝に似ていますか、それとも認め告白する王の礼拝に似ていますか。

引用聖句

FAQ

この説教における「やがて」と「後になって」ということばは、何を意味していますか。

ジュニアス・アナネは、ヨハネ13:7ヨハネ13:36に基づいて語っています。イエスはこの二つのことばをペテロに対して使われました。ペテロに、今は理解できないことをやがて理解するようになる、そして今はついて行けない場所へ、後になってついて来ることになる、と告げられたのです。この二つのことばは、信仰者を自分の人生の短期的な読み方から守る、いわば会う約束のことばです。

自分の状況を短期的にしか見られない状態から、どう抜け出せばよいですか。

あなたの今が、あなた自身のアイデンティティになることを拒むことによってです。説教者は、神のカレンダーに入ること、忍耐を御霊の実として受け入れること、不安から自由になること、そして、これから来るものの保証として、すでに神とともに歩んできた道を思い起こすことを勧めています。

予告された救い出しがまだ見えないとき、どうすればよいですか。

出エジプト記14:10-14のモーセのように、あなたを追ってくるエジプト人から視線をそらし、主が与えてくださる救い出しに目を向けてください。救い出しは、その苦しみそのものの中に隠されています。それを探り出して見ることは、それ自体すでに信仰の行為です。それが、箴言25:2にある王の姿勢なのです。

メモを取ったり質問したりするにはサインインしてください。

関連記事

説教の公開元 Efficient Church. 説教全体を見る のチャンネルで.

← ブログに戻る