はじめに
ステファン・ギエは、ヨハネの第一の手紙2章18節から27節を開き、戸惑うようなひと言から語り始めます。「今は終わりの時です。」「反キリスト」という言葉に耳をそばだてる人もいれば、いつもの議論に疲れてしまう人もいるでしょう。けれども、聖書のテキストに従って読み進めるということは、時に自分が選ばなかったテーマにたどり着くことでもあります。牧師は、最後の反キリストについての衝撃的な啓示も、主の再臨のスケジュールも語りません。イエスの警告をそのまま大切にしています。「その日、その時がいつなのか、それは、天の御使いたちも子も知らない。ただ父だけがご存じである。」ヨハネがあなたを招いているのは、自分が終わりの時代の中に生きていることを自覚し、あなたをクリスチャンたらしめる三つのしるしを心に留めることです。
メッセージの構成
1. 私たちはすでに終わりの時を生きている
- ヨハネは、福音書でイエスが使う「時」という言葉とは違う意味でこの言葉を用いています。正確な瞬間を指しているのではなく、キリストの昇天からその栄光の再臨に至るまでの、ひとつの期間全体を指しているのです。
- 新約聖書にとって、すでに2000年続いているこの期間そのものが「終わりの日」、すなわち終わりの時代です。
- この時代は、神が世界に対して示される忍耐が続く限り続きます。神にとっては千年も一日のようなのですから。
- ヨハネはさらに、当時すでに多くの反キリストが現れていたと付け加えます。それこそが、今が終わりの時であることの証拠なのです。
2. 反キリストを見分ける三つの要素
- 彼らは教会から出て行く(19節)。マタイ7章でイエスが告げるとおり、彼らは「羊の衣を着た狼」です。注意したいのは、ヨハネがあなたに反キリストを暴き出せとも、魔女狩りを始めよとも命じていないことです。彼らは自分自身で正体を現します。兄弟姉妹の疑い、神学上の意見の相違、罪があるからといって、それだけでその人が反キリストになるわけではありません。教会は、神を求める人々を無条件に迎え入れる場所なのです。
- 彼らはイエスがキリストであることを否定する(22-23節)。ナザレのイエスこそ神が遣わされたメシアであり、受肉し、十字架の上で死んで赦しを勝ち取ってくださった御子であることを否定するのです。これは、迷いを抱く人や信仰の弱い人を指しているのではなく、この教えを拒み、他の人にもそれを拒むように教える人たちを指しています。
- 彼らはクリスチャンを惑わそうとする(26節)。彼らの意図は、信仰者たちに影響を与えて信仰から離れさせることにあります。彼らと教会との間には、完全な対立関係があります。
3. あなたをクリスチャンたらしめる三つのしるし
- あなたは聖なる方から油注ぎを受けている(20節)。あなたをクリスチャンたらしめているのは、まず何よりもあなたが公に告白した信仰でも、ましてやあなたの立派な行いでもありません。それは、キリストへの信仰に基づいてあなたを義と宣言してくださる神の言葉です。そしてこの宣言は、聖霊という賜物によって具体的な形をとります。それは、あなたが神のものであることを示す神の印です。
- あなたは知っている(20-21節)。ヨハネが語っているのは宗教教育のことでも説教のことでもありません。あなたの内に宿るひとつの確信について語っているのです。あなたは自分が神に愛されていることを知っており、神によって救われていることを知っています。それは、あなたの信仰がいつも絶好調であるという意味ではありません。けれども、疑いがあなたを押し流すときでさえ、あなたは心の奥底で、父のもとに立ち返れば失われていた確信を取り戻せることを知っています。それは、沈黙の中でさえ神を「わが神」と呼び続けた詩篇の作者のようです。
- あなたは初めからあったものの上に立っている(24節)。ヨハネの言う「初め」とは、地上でのイエスの働き、そして使徒たちがその特別な証人であった出来事を指しています。初めから聞いていたことに立ち返るとは、使徒の教え、すなわちキリストご自身の教えに立ち返ることです。あなたの信仰とアイデンティティを築くのはこのことであり、これだけで十分なのです。
4. この三つのしるしが識別力をどう支えるか
- あなたの救いが神だけの御業であるなら、どれほどカリスマ性のある人物であっても導師は必要ありません。仲介者は誰も要りません。神だけで十分なのです。
- あなたを教え導くのが御霊お一人であるなら、あなたの良心を無理やり従わせようとしたり、自分の信条を押しつけようとしたり、教会や身近な人たちから離れさせようとしたり、お金を差し出させようとしたりする者には警戒してください。どんな異議も受け付けない人からは距離を置きましょう。
- 初めから与えられている御言葉の教えが完全に十分なものであるなら、そこに付け加えられるものはすべて悪しき者から来るものです。牧師たちのもとに定期的に届く「新しい啓示」や、あらゆる種類の反キリストが利用する目新しさへの魅力には、慎重であるべきです。
- 今日、多くの者がインターネット上に姿を現し、識別力の乏しい人々を巧みに罠にかけています。初めからずっとある主の御言葉こそが、あなたの羅針盤であり続けます。
心に留めておきたいポイント
- 私たちはすでに「終わりの時」、すなわちキリストの昇天から再臨までの全期間を生きています。
- 教会は常に、キリストに敵対し、あるいはその座を奪おうとする反キリストたちと向き合い続けます。
- 真のクリスチャンがまずすべきことは、他人の正体を暴くことではなく、神が自分にしてくださったことを思い起こすことです。油注がれ、知っており、使徒の教えに根ざしている、ということを。
- 神に代わることのできる人間の仲介者は誰もいません。御霊にも、初めから与えられている御言葉にも、代わりはいません。
- 識別力は魔女狩りから生まれるのではなく、神がすでに語り、すでに与えてくださったものに根ざした生き方から生まれます。
個人的な適用
- 「今は終わりの時です」と聞くとき、あなたは目を覚まされますか、それとも不安になりますか。この視点は、あなたが今日を生きる姿勢をどのように変えるでしょうか。
- 意見の相違や疑い、あるいは罪があるからといって、教会の誰かを性急に「反キリスト」だと決めつけたくなったことはありませんか。このテキストは、あなたにどのような違った受け入れ方を求めているでしょうか。
- あなたがクリスチャンであるという確信は、本当は何の上に築かれていますか。自分の努力の上でしょうか、自分が感じる信仰の上でしょうか、それとも聖なる方からの油注ぎの上でしょうか。
- 今、あなたと神との間に割って入ろうとしたり、教会や身近な人たちから離れるよう仕向けたり、お金を差し出させようとしたりする声。インターネット上の働き人、ある教師、カリスマ的な人物。はありませんか。それに対してあなたはどうすべきでしょうか。
- 使徒たちの教え、受け取った御言葉というこの「初め」を、あなたは具体的にどのように養っていますか。それが、今の時代の目新しさではなく、あなたの信仰を形づくるものとなるために。
引用聖句
- ヨハネの第一の手紙 2:18-27
- マタイ 7:15 · 偽預言者たち
- マタイ 24章 · 終末についての説教
- マルコ 13章 · 並行する説教
- テサロニケの信徒への第二の手紙 2章 · 不法の人
- ヨハネの黙示録 13章 · 獣
- ローマの信徒への手紙 8:9 · キリストの御霊
- ローマの信徒への手紙 8:16 · 御霊が証しする
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よくある質問
ヨハネが言う「終わりの時」とは何ですか。
それは正確な瞬間を指す「時」ではなく、キリストの昇天からその栄光の再臨までの間に広がる期間全体を指しています。新約聖書にとって、この期間。すでに2000年続いており、神の忍耐が続く限り続いていく期間。は、すでに「終わりの日」なのです。私たちはすでにこの終わりの時代を生きています。
ヨハネの第一の手紙2章によれば、反キリストとは誰のことですか。
「反キリスト」という言葉はギリシア語に由来し、「キリストに敵対する者」または「キリストの座を奪う者」のどちらかを意味します。ヨハネは三つの要素を挙げています。教会から出て行くこと、イエスがキリストであること(受肉、十字架の上での死、信仰による救い)を否定すること、そしてクリスチャンを惑わそうとすることです。ヨハネは、終わりの時全体を通して、すでに多くの反キリストがおり、これからも常に現れ続けると明言しています。
魔女狩りに陥ることなく反キリストから身を守るにはどうすればよいですか。
ヨハネは、教会の中で反キリストを追い詰めよとは命じていません。彼らは自分自身で正体を現すからです。むしろヨハネは、あなたをクリスチャンたらしめる三つのしるしへとあなたを導きます。あなたは聖霊による油注ぎを受けていること、自分が神のものであることを知っていること、そして初めから与えられている使徒の教えの上に立っていることです。もし誰かが神とあなたの間に割って入ろうとしたり、あなたの良心を無理強いしたり、御言葉に「新しい啓示」を付け加えようとしたりするなら、その人から距離を置きましょう。
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