はじめに
2025年12月21日、横浜シオンキリスト教会で捧げられ、沼津シオンキリスト教会とオンラインで中継されたクリスマス礼拝は、マタイの福音書1章にあるイエス様の系図の朗読から始まります。サルモンはラハブによってボアズを生み、ボアズはルツによってオベデを生み、オベデはエッサイを生み、エッサイはダビデ王を生みました。男性の名前が並ぶこの系図の中に、二人の女性の名前が際立って登場します。カナンの遊女と、モアブ人のやもめです。説教者はここで、このクリスマスの本当の問いを投げかけます。なぜ神様は、ご自分の御子をこのような系図から生まれさせることにこだわられたのでしょうか。答えは、この時期によく耳にする言葉の中にあります。「クリスマスは愛するときです」。しかし、それは漠然とした愛ではありません。この説教で語られている愛とは、神様があなたの罪を赦し、あなたに永遠のいのちを与えるために、御子イエス様をこの世に送るように動かした、その愛のことです。
このメッセージは、季節柄の挨拶のような話ではありません。あなたが探し求めている愛、あなたの心が求めてやまないその愛を、神様がすでにイエス様において、先に差し出してくださっていることに気づいてほしいという招きなのです。
説教の構成
1. マタイ1章の系図:神様は誰も拒まれない
説教者はまずマタイ1章を開き、多くの人が読み飛ばしてしまう細部に目を留めさせます。東方の系図では、通常は父親の名前が挙げられます。ところがここには、ラハブとルツを含む四人の女性が登場するのです。ラハブはエリコの遊女でした。ルツはモアブ人であり、イスラエルの民にとっては異邦人でした。どちらにも、メシアの系図に名を連ねる人間的な理由は何一つありませんでした。
それでも神様は彼女たちを選ばれました。これは偶然でも見落としでもありません。一つのメッセージなのです。福音は最初から、社会が脇へ追いやる人々を神様が受け入れてくださることを語っています。あなたの過去は、あなたを失格にはしません。あなたの出自も、あなたを失格にはしません。神様がラハブとルツを、イエス様に至る系図に組み入れてくださったのなら、あなたのこともご自分の家族に組み入れてくださいます。
2. 「愛が欲しい」:遠くから響いてくる叫び
ここで説教者は一つの思い出を語ります。ある教会のクリスマスイブ礼拝で、子どもたちにクリスマスに何が欲しいかを尋ねる場面がありました。小学校3年生か4年生くらいの女の子が手を挙げます。後ろに座るお母さんは、人形やおもちゃ、デザートといった可愛らしい答えを、誇らしげに期待して待っていました。その女の子はマイクを手に取り、会衆全員の前でこう言ったのです。「私は愛が欲しい」(私は愛が欲しい)。
会場は静まり返りました。気まずい笑い声が起こります。それから、本当の意味での戸惑いが広がりました。というのも、この子どもの口から出た言葉こそ、すべての人間が抱えている叫びなのだと、誰もが一瞬にして気づいたからです。プレゼントも、ご馳走も、ツリーを囲む家族も持っていたとしても、愛がなければ、あなたには一番大切なものが欠けています。そしてこの愛は、どんな人間によっても100パーセント満たすことはできません。配偶者も、両親も、子どもも、友人も、それはできません。そこには常に、埋まらない空白が残るのです。
3. ヨハネ3章16節:この叫びに対する神様の答え
ヨハネ3章16節を開きます。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
こうして、マタイ1ヨハネ3章16節のつながりが、はっきりと見えてきます。神様は幾世代にもわたって、すべての人のため、遊女のため、異邦人のため、人生から外れてしまったと感じている人々のために、救い主が来られることを備えてこられました。そしてその救い主こそ、ベツレヘムの飼い葉桶で生まれたイエス様です。クリスマスの贈り物とは、まずあなたが誰かに贈るものではありません。神様があなたに先に贈ってくださったもの、それがクリスマスの贈り物なのです。
4. 聖書が語る神様の力
続いて説教者は、この良い知らせを確かなものとして心に刻むために、いくつかの聖書の出来事を思い起こさせます。イエス様はパンを増やし、女性や子どもを含めて五千人以上の群衆を養われました(マタイ14章13〜21節)。四日間死んでいたラザロは、イエス様の声によって起き上がりました(ヨハネ11章)。モーセが杖を差し伸べると紅海は二つに分かれ、イスラエルの民はエジプトを出て乾いた地を歩いて渡りました(出エジプト記14章)。
これらの奇跡はどれも驚くべきものです。しかし説教者は、聞き逃してはならない一言を付け加えます。神様の最大の奇跡は、パンの増加でも、紅海でも、墓から出てきたラザロでもありません。それは、聖く義なる神様が、あなたのような罪人を赦し、ご自分の子とし、永遠のいのちを与えることを選んでくださったということです。ほかの奇跡は目を見張るものですが、この奇跡は、心を揺さぶるものなのです。
5. 地上の歩み:御霊に導かれ、恵みに満たされて
説教者は続けて、今日を生きる信仰者の歩みについて語ります。イエス様を受け入れることは、永遠に対する保証だけではありません。それは、今この地上で、聖霊によって導かれるという約束でもあります。神様はあなたを救った後、あなたを放っておかれるようなことはなさいません。神様はあなたをご自分の恵みで満たし、生きた希望を与え、あなたの心を感謝であふれさせてくださいます。
もしかすると、このクリスマスがあなたの心に触れるのは、まさにここかもしれません。あなたが疲れているなら、乾いた思いで歩んでいるように感じているなら、思い出してください。御子を送るほどにあなたを愛してくださった方は、今日もこれからも、毎日あなたと共に歩み続けてくださいます。
6. 説教者自身の証し
終わりに近づくと、説教者はより個人的な話をします。3歳のとき、イエス様の福音を土台とするキリスト教系の幼稚園(幼稚園)に入園したことを分かち合います。そして力強くこう付け加えます。もしあの幼稚園に入っていなかったら、今どんな人生を送っていたか、想像するのも恐ろしいと。そう考えると、今でも身震いがするというのです。
ここで彼が強調するのは、まだ主イエス様を求めてすらいなかった頃から、神様は彼を憐れんでくださっていたということです。神様は、彼が神様のことを考えるよりも先に、すでに彼のことを思っておられました。そしてこの同じ論理は、あなたにも当てはまります。今日あなたがこの記事を読んでいるのは、偶然ではありません。神様が先に、あなたのことを覚えていてくださったのです。
覚えておきたいポイント
- あなたの過去は、あなたを失格にはしません。 ラハブとルツがそれを証明しています。神様は社会が疎外する人々を受け入れ、ご自分の系図に加えてくださいます。
- 「愛が欲しい」は、すべての人間の心が抱える叫びです。 どんな人間もそれを完全に満たすことはできません。それができるのは神様だけです。
- ヨハネ3章16節は、この叫びに対する神様の答えです。 神様はあなたが生きるために御子を与えるほどに、あなたを愛してくださいました。
- 最大の奇跡は紅海でもラザロでもありません。 それは、罪人であるあなたに与えられた赦しと、神様の家族への養子縁組です。
- 神様は、あなたが神様のことを考えるより先に、あなたのことを思っておられました。 神様の恵みはあなたに先立ち、聖霊による神様の導きは今日もあなたと共にあります。
あなた自身への適用
- あなたの人生の中で、神様に差し出すことなどできないと感じている部分はどこでしょうか。イエス様の系図にラハブとルツがいることは、そのことについて何を語りかけているでしょうか。
- もしあの女の子の言葉(「私は……が欲しい」)を自分なりに続けるとしたら、このクリスマス、あなたは正直に何と答えるでしょうか。
- 神様があなたを先に愛してくださったという事実は、この12月の過ごし方に具体的にどのような変化をもたらすでしょうか。
- あなたの周りの誰に、今週、神様から受け取った愛の具体的なしるしを差し出すことができるでしょうか。
- あなたの人生の中で、神様のどんな「静かな奇跡」を、あなたは見過ごしたまま通り過ぎようとしているでしょうか。
引用された聖句
- マタイ1章 ・ イエス様の系図(サルモン、ボアズ、オベデ、エッサイ、ダビデ)。
- ヨハネ3章16節 ・ 「神は、実に、世を愛された……」
- マタイ14章13〜21節 ・ パンの増加の奇跡。
- ヨハネ11章 ・ ラザロの復活。
- 出エジプト記14章 ・ 紅海を渡る。
よくある質問
なぜイエス様の系図にラハブとルツが記されているのですか。
それは、新約聖書の最初のページから、イエス様による救いが、宗教的な社会から失格と見なされる人々を含めて、すべての人に差し出されていることを、神様が示したかったからです。ラハブはカナンの遊女でした(ヨシュア記2章)。ルツはモアブ人でした(ルツ記1章)。彼女たちがメシアの系図に名を連ねていることは、すでに福音の普遍的な広がりを告げ知らせています。
感傷に逃げ込むことなく、「愛が欲しい」という叫びにどう応えればよいのですか。
その源に立ち返ることによってです。感傷は、この空白を一時的な感情で満たそうとします。福音が差し出すのはそれとは違うものです。客観的で、歴史的で、証明された愛です。神様は実際にイエス様を送られました。イエス様は実際に死んで、実際によみがえられました。あなたは信じるなら、実際に赦されるのです。この愛は、あなたがそれを感じられないときでも、揺らぐことなく立ち続けます。
このクリスマス、何も「感じられない」ときはどうすればよいのですか。
神様の愛を、あなたの感情で測らないでください。神様がなさったことによって測ってください。神様は御子を与えてくださいました。ヨハネ3章16節に立ち返り、ゆっくりと読んで、それがあなた自身にとっての真実となるようにしてください。説教者は、神様があなたのことを、あなたが神様のことを考えるよりも先に思っておられたと語ります。あなたが何も感じられないとしても、その事実は少しも変わらないのです。
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