はじめに
あなたの人生には、天が閉じてしまったように感じる状況があるのではないでしょうか。祈っても、待っても、断食しても、何も動かないように見える時があります。預言者イザヤもこの沈黙を経験し、こう祈る勇気を持ちました。「ああ、あなたが天を裂いて下ってくださるように」(イザヤ書64:1)。この叫びこそ、突破を求める祈りです。神があなたの頭上の天井を裂き、ご自身であなたの状況の中に下ってきてくださるようにという願いです。
「天における突破」というメッセージは、私たちをシンプルな確信へと導きます。神はあなたのために働くことを、まだ終えておられないということです。あなたの解放、癒やし、救出は、地上から湧き上がるものではありません。それらは上から降りてくるのです、あなたが神と手を取り合って歩む中で。牧師はこのシンプルな言葉を私たちに思い起こさせてくれました。「私たちはいつも二つの奇跡の間にいます。すでに受け取った奇跡と、これから受け取る奇跡の間に。」
メッセージの構成
1. ラザロの墓:失われた状況の上で天を裂かれるイエス
メッセージはヨハネ11章から始まります。ラザロが死んで四日が経っていました。姉妹たちは悲しみの中にいます。弟子たちも理解できません。人間的に見れば、もう終わったことです。しかしイエスはこう言われました。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためのものであり、それによって神の子が栄光を受けるためである」(ヨハネ11:4)。
牧師は重要な点を指摘します。多くの奇跡において、イエスは自分が誰であるかを前もって明かされません。しかしここでは、マルタに対してはっきりとこう告げられます。「わたしはよみがえりであり、いのちである」(ヨハネ11:25)。そして、墓の前でただひとり、死の霊と向き合われます。イエスは叫びます。「ラザロよ、出て来なさい」。すると、まだ布に包まれたままのラザロが出てきました。
あなたの状況も、この墓のようなものかもしれません。壊れてしまった関係、葬られた計画、弱った健康、四十年もあなたを縛ってきた依存症。良い知らせは、イエスが命令を下される時、物事は動くということです。あなたが死んだと思い込んでいたものの上で、天は裂かれるのです。
2. 「道であり、真理であり、いのちである」:突破はひとりの人格によって起こる
イエスはトマスにこう言われました。「わたしは道であり、真理であり、いのちである」(ヨハネ14:6)。説教者はこの三つの言葉を、あなたの突破と結びつけます。
- 道。 あなたは自分の努力によって天を裂くのではありません。あなたが歩む道とは、ひとりの人格なのです。イエスの方向に向かって歩む時、あなたは自分の解放の方向に向かって歩んでいるのです。
- 真理。 この世界はあなたを操り、嘘をつき、疑わせようとします。しかしイエスの真理は、あなたを自由にします(ヨハネ8:32)。敵の嘘の中に囚われたままでいないために、あなたにはこの真理が必要です。
- いのち。 いのちの御霊が、その場所を占めてくださいます。あなたの中で死んでいたものが、再び息を吹き返します。これこそが突破です。あなたが終わったと思っていたものの上に、神のいのちが降りてくるのです。
3. 「イエスは始められたばかりである」:神はあなたに対してまだ終えておられない
説教者は続いて使徒の働き1:1を開きます。「テオフィロよ、私は先の書で、イエスが行い、教え始められたことすべてについて書き記した。」たった一つの言葉がすべてを変えます。イエスはただ始められただけです。まだ終えてはおられません。今日も、行い、教え、癒やし、救い出す働きを続けておられます。
そしてイエスご自身、ヨハネ14:12でこう宣言されました。「まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしを信じる者は、わたしが行うわざを行い、わたしが父のもとに行くので、それよりも大きなわざを行うようになります。」突破は使徒たちだけのものではありません。あなたも含まれています。あなたが病人に手を置く時、ある状況のために祈る時、何かが天から降りてくるのです。
4. コリント人への手紙第二10章:真の突破の武器
ラザロの復活の後、宗教指導者たちはひれ伏す代わりに、イエスとラザロの両方を殺そうと決めます。説教者はここから一つの教訓を引き出します。あなたの人生で天が裂かれる時、敵は武器を捨てません。かえって攻撃を強めてきます。
そこで彼はコリント人への手紙第二10:3-5を引用します。「私たちは肉にあって歩んでいますが、肉に従って戦っているのではありません。私たちの戦いの武器は、肉のものではなく、神の御前で、要塞を打ち破るほどに力があるものです。私たちは、さまざまな議論と、神の知識に逆らって立てられるすべての高慢を打ち砕き、すべての思いを捕らえてキリストに従わせます。」
突破には霊的な戦いが伴います。私たちは悪霊と対話することはしません。イエスの御名によって打ち砕くのです。何も変わらないとささやく議論に、扉を閉ざします。すべての思いをキリストの権威のもとに引き渡すのです。
5. マラキ書3:10:天の窓による突破
説教者は次に、マラキ書3:10へと私たちを導きます。「十分の一のすべてを倉に携えて来て、わたしの家に食物があるようにせよ。……これによってわたしを試してみよと、万軍の主は言われる。わたしがあなたがたのために天の窓を開いて、あふれるばかりの祝福を注ぐかどうかを見なさい。」
これは、神が「わたしを試してみなさい」と言われる唯一の箇所です。クリスチャンの寛大さは、税金ではありません。それは、あなたの財政、家庭、計画の上で、神が天を裂かれるのを見るための招待なのです。「私たちの神は貧しくありません」と牧師は思い起こさせてくれます。
6. あなたの突破に向かって歩むための四つの言葉:理解、清め、献身、使命
説教者は会衆に、心に留めておくべき四つのキーワードを残します。
- 理解。 みことばと、あなたが今置かれている季節についての知恵を、聖霊に求めましょう。
- 清め。 隠されているもの、あなたの肩に重くのしかかっているもの、取り除かれるべきものを、神に明らかにしていただきましょう。
- 献身。 本物の決断をしましょう。献身は解放を生み出します。
- 使命。 預言的な言葉を再び取り上げましょう。病人に手を置きに行きましょう。神があなたを遣わす場所で、福音を宣べ伝えましょう。
心に留めておきたいポイント
- あなたの突破は天から降りてきます。地上から湧き上がるのではありません。あなたの役割は解決策を作り出すことではなく、天を渡って来られる方に扉を開くことです。
- イエスは始められたばかりです。福音書の中で行われたことを、今日も、ご自身によって、そしてあなたを通して行い続けておられます。
- 四日経った墓は、イエスにとって何ら恐れるものではありません。「現実が厳しい」状況も、神の力にとって障害にはなりません。
- 突破には霊的な戦いが伴います。あなたを縛っているものと対話してはいけません。イエスの御名によって、それを打ち砕きましょう。
- 解放は、神と手を取り合って歩むことの結果です。それは孤立した出来事ではなく、日々の関係が生み出す実りなのです。
自分自身への適用
- あなたの人生における今日の「ラザロ」の状況とは何でしょうか。もう信じられなくなって、葬ってしまったものは何ですか。
- 自分自身について、神について、家族について、あなたはどんな嘘を受け入れてきたでしょうか。イエスの真理が来て、それを裂く必要があるものは何ですか。
- 神が祈りとみことばという武器を求めておられるのに、あなたは肉の武器(恨み、支配、引きこもり)で戦おうとしてきたことはありませんか。
- マラキ書3:10で語られているように、今週、神はどのような具体的な方法で「わたしを試してみなさい」とあなたを招いておられるでしょうか。
- 理解、清め、献身、使命という四つの言葉のうち、今、神があなたに強調しておられるのはどれでしょうか。
引用聖句
- イザヤ書 64:1 ・「ああ、あなたが天を裂いて下ってくださるように」
- ヨハネ 11:4 ・「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためのものである」
- ヨハネ 11:25 ・「わたしはよみがえりであり、いのちである」
- ヨハネ 14:6 ・「わたしは道であり、真理であり、いのちである」
- ヨハネ 14:12 ・「わたしを信じる者は、わたしが行うわざを行うようになる」
- 使徒の働き 1:1 ・「イエスが行い、教え始められたことすべて」
- コリント人への手紙第二 10:3-5 ・「私たちの戦いの武器は、肉のものではない」
- マラキ書 3:10 ・「わたしがあなたがたのために天の窓を開くかどうかを見なさい」
- ローマ人への手紙 8:28 ・「神を愛する人々のためには、すべてのことが働いて益となる」
よくある質問
聖書によれば「天における突破」とは何でしょうか。
この言葉は、イザヤ書64:1「ああ、あなたが天を裂いて下ってくださるように」に由来します。突破とは、あなたにとって出口のないように見えた状況に、神が上から介入してくださる瞬間のことです。それは何よりもまず、感情でも霊的なパフォーマンスでもありません。神ご自身が降りてこられ、語り、癒やし、解放してくださるのです。ラザロの墓の時のように、神は閉ざされていた案件を、ご自身の栄光のためのわざへと変えてくださいます。
突破は私の信仰の強さによるのでしょうか、それとも神の力によるのでしょうか。
両方が結びついていますが、そこには順序があります。力は神から来るものであり、天を裂かれるのはあなたではなく神です。あなたの信仰とは、神が与えてくださるものをつかみ取るために差し伸べる手のことです。説教者はこうまとめています。「解放は、神と手を取り合って歩むことの結果です。」あなたが自分で突破を作り出すのではありません。それを与えてくださる方に向かって歩むのです。
突破が遅れて、何も動かない時はどうすればよいでしょうか。
牧師はローマ人への手紙8:28を思い起こさせてくれます。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」現実が逆に見える時でさえ、状況が厳しい時でさえ、神は働いておられます。神はあなたに何かを教え、あなたをより堅実に、より信頼できる者に、ご自身にとってより有用な者へと造り変えておられます。祈り続けましょう、歩み続けましょう、求め続けましょう。あなたはいつも、二つの奇跡の間にいるのです。
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